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テストで○をいっぱいもらいました

 伝統ある王立学院。


 セレスティア王国の開祖、この国を建国した王が広く人材を登用するために開いた学び舎。


 この学院にはいくつもの学科がある。

 騎士を育成する騎士科、剣士を育成する剣士科、魔法使いを育成する魔法科。


 冒険者や戦士を育成する科だけでも5以上あり、学問を専門に学ぶ科を入れると20近い学科に分かれる。


 戦士系の学科は、この国の偉大な冒険者を多く生み出しており、人文学科系の学科も優秀な学者を何人も排出している。


 この国にある魔術アカデミアの教授は、この学院の魔法科系出身で占められており、この国の王立大学の教授は、ほぼ例外なくこの学院出身だった。


 つまりそれくらいこの学院は学問に力を入れているということだ。


 大賢者の孫フィルは、そのような学院に通っているが、彼女もいつか、魔術を極め、大魔道士と呼ばれるようになったり、地下迷宮の奥深くに潜ったりするのだろうか。


 あるいは研究者となり、塔にこもり、魔術の真理に到達するのだろうか。

 それは不明であったが、ひとつだけ確実なことがある。

 それはフィルの進級が危うい、ということであった。

 フィルはこの学院に入ってから初めての試験で、完全無欠の赤点を取ったのだ。


 フィルの答案に並ぶ0の数。なかには8点の答案もあったが、フィルは丸がふたつもあると喜ぶ始末だった。


 その答案を見て、ため息を漏らしたのは、フィルの担当教師である。

 自分のクラスから落第生が出てしまう、と嘆く。

 伝統ある王立学院の教師として恥ずかしい、と天を仰いでいた。

 なにがそんなに悲しいのだろうか? フィルは無遠慮に訪ねた。


「ねえ、先生、どうしてそんなに嘆いているの?」


 フラウ・フォン・オクモニック教諭は、ため息をつきながら言う。


「それはですね、この王立学院にある礼節科の評判が下がってしまうと思ったのです」


「ボクが丸をいっぱいもらったのに?」


「フィルさんが丸をいっぱいもらったからです」


「爺ちゃんはボクがいい解答をすると○をくれたよ。たまに花丸も」


「点数で採点されたことがないのですね。フィルさん、それは○ではなく、ゼロという意味です」


「ゼロなのか」


「ゼロは知っていますよね?」


「知ってるよ。爺ちゃんに習った。数字は全部知ってる」


「ならばゼロは低い点だと分かりますね」


「うん」


「ならばテストの点数でゼロを取るのはどう思いますか?」


「よくないこと……?」


 なぜか疑問形のフィル。


「正解です」


「でも、丸がふたつもあるのがあるよ?」


 8点の答案を指しているのだろうが、それは○ふたつではなく、8だと諭すフラウ・フォン・オクモニック。


「8は9の次に大きい数字なの」


「百点満点ですと限りなく低い数字です」


「なんと、テストは百点満点なのか」


「そうなのです。ちなみに礼節科の別名は知っていますね?」


「花嫁科……?」


「正解です。この学科では魔法科のように難しい試験はありません。古代魔法言語で書くとか、100文字近い禁呪魔法を書き写すとか、そういうのはありません」


 そっちのほうがボクは得意なのだけど、という言葉は飲み込む。


「花嫁科は名前が書ければ入れると揶揄されているほどの簡単な学科なんです。この国の王の名前とか、首都の名前とか、。ドレスの部位の名前とか、花嫁科の乙女ならば誰でも知っているようなことしかテストになかったはずですが?」


「そうかなー、ボクはほとんど知らなかったよ?」


 それはフィルさんが無知だからです! とフラウ・フォン・オクモニックは叱りつけなかった。


 そんなのは先刻承知だからだ。

 しかし、まさかこれほどの無知とは思わなかった。

 答案を改めてみる。


 この国の王様は誰? という問いには、「爺ちゃん!」

 とか、

 この国が誇る円卓の騎士の筆頭は? という問いには、「銀色狼のギンジ!」

 とか、

「パーティで淑女がズボン姿で行くのはマナー違反?」

 と言う○×問題には、○×ではなく、△と書かれていた。


 なんで△なのか尋ねれば、□が正解だった? と真顔で訪ねてくる。

 これは重傷というか、どうしようもない。


 フラウ・フォン・オクモニックはかれこれ五年ほどこの学院で教師を務めるが、フィルのような劣等生を担当したことがなかった。


 文字は書ける。数字も理解している。計算もできる。

 それどころか古代魔法言語や各種亜人の言語まで使いこなすフィル。

 だが、肝心の常識が欠如していた。

 この国の婦女子ならば知っているようなことをひとつも知らないのだ。

 これは礼節科始まって以来の問題児の担当になってしまったかもしれない。

 フラウは嘆くが、フィルは可哀想、とフラウの頭をなでてくれる。


 教師としては叱らなければいけない事案であるが、彼女に悪気はゼロなので、叱る気さえ起こらなかった。


 しかし、それでもいつまでも甘い顔をすることはできない。

 このままでは彼女は放校されてしまうかもしれない。


 そうなればフラウの評価は下がるし、彼女のような野生児がこのまま世間に放たれれば、学院の沽券に関わる。


 進級は無理だとしても落第や放校だけは避けさせたい。

 そう思ったフラウは心を鬼にし、フィルに訪ねた。


「フィルさん、フィルさんはダンスは得意ですか?」


 フィルはダンスという言葉を聞き、それが海のものとも山のものとも分からないようだ。


 それは想定内の反応だったので、失望はしなかった。


「ダンスってなに? 美味しい?」


「食べ物ではありません。ダンスは踊りですね」


「踊りなら知ってる。山では爺ちゃんが酔うと踊っていた」


 フィルはそのときの踊りを再現しようとするが、それはフラウに止められる。

 呪われそうとか、MPが減りそうといわれる。


「私が言っているのはそういう踊りではなく、社交ダンスです。貴人たちが夜会で踊るようなもの」


「ふむふむ」


 フィルは興味を持った。


「フィルさんのテストの結果は惨憺たるものです。追試は避けられません。しかし、追試だけではすまないかも。なので平行してダンスを習っていただきます」


「楽しそう!」


「楽しいかはフィルさん次第。まあ、身体を使うことなので、座学を極めるよりはフィルさんに合っているかもしれません」


「じゃあ、さっそくダンスを教えてください。ミス・オクモニック先生!」


 気持ちよいほどの元気な声と笑顔だったが、残念ながらフラウはダンスが得意ではない。


 ダンスの講師としては不適切だった。


 ならば誰に習えばいいの? フィルは不思議そうに顎に指を添えるが、独身教師フラウには抜かりがなかった。


 婚期は逃しているが、その辺の気配りは学院一であると自負していた。

 フラウは講師の名を伝える。

 その名を聞いたフィルは顔をほころばせた。


「おお、セリカが教えてくれるのか」


「すでにセリカさんには頼んであります。学科が違いますし、中等部の生徒ですが、彼女は侯爵令嬢、きっとダンスも得意なはずです」


 フィルさんも知らない人に習うよりはいいでしょう、と言うと、肯定する。

 元気いっぱいな声で。


「うん、ボクとセリカは仲良しさんなの! ボクに下着をはくように教えてくれたのはセリカなの!」


(その割には淑女はスリップを着けるもの、という問題は間違えていたような……)


 まあ、ドロワーズをはかないよりもましなので、セリカの機知には感謝するが。


 フラウは多少呆れながらもフィルの可能性と、セリカの能力に賭けて見ることにした。


 さて、お手並み拝見、とばかりにフィルをセリカの元に送り出した。

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