フィルとセリカ
テレジアに取り憑こうとした悪魔を退治したフィル。
彼女の身体に大きな傷はなかったが、それでも悪魔が取り憑こうとしたその身体は激しく消耗していた。
学院にある医療施設に連れて行くと、そこで加療する。
そのとき、看護婦さんにどうしてこのようなことが起きたか、説明を求められたが、フィルは返答を窮する。
ここは正直にテレジアが悪魔召喚をしようとしたことをいうべきか、黙っているべきか。
フィルの常識としては話すべきである。爺ちゃんに嘘は駄目だと教わっているし、嘘をつくと心が痛むからだ。
ただ、正直に話せばもっと心が痛むかもしれない。
もしもこのことが露見すれば、テレジアは学院を追われることになるはず。
それくらい常識がないといわれるフィルでさえ、分かりきっていた。
フィルとテレジアは敵対していたが、今は友達、できることなら彼女をかばってあげたいというのが人情であった。
フィルの頭は沸騰する。顔が真っ赤になり、頭から湯気が出そうであったが、その知恵熱を抑えてくれたのはセリカだった。
いつの間にか駆けつけたセリカは機転を利かせてくれた。看護婦にこう言う。
「テレジアは決闘場で魔法の練習をしていたら、事故に巻き込まれてしまったのです。そこを通り掛かったフィルが助けた。もちろん、学院に無断で決闘場を使用したことは罪になりますが、報告はこのセリカ・フォン・セレスティアにお任せあれ」
セリカが王家に連なる侯爵令嬢であることは周知の事実。またその公明正大な性格も知れ渡っていたので、看護婦は不審に思うことなく、テレジアの治療を始めた。
治療が始まればあとはフィルもセリカも出る幕はない。
ここは専門家である看護婦と医師に任せるべきだった。
医務室を離れるとき、フィルは医師にテレジアの容態を聞いたが、問題ないという言葉をもらった。
初期対応がよかったと褒められる。
フィルはテレジアが倒れたあと、回復魔法を使い、迅速にここに運んできたのだ。
その判断は間違っていなかったようである。
そのことを嬉しく思ったが、ことさら自慢するようなことはなく、セリカとふたり、寮に帰ることにした。
フィルの住む白百合寮までは歩いて十分ほどであるが、その間だけでもセリカと一緒にいられるのは心強かった。
フィルには彼女の訪ねたいことがあるのだ。
「ねえ、セリカ。どうしてテレジアは悪魔と契約なんて馬鹿なことをしようとしたのかな」
セリカは答えにくそうに言う。
「それははたぶん、嫉妬でございましょう。人は自分よりも圧倒的に優れた存在、無視でないほどの個性を目の前にしたとき、極端な行動をします」
「極端な行動?」
「二者択一を自らに迫るのです。それは進んで相手の庇護下に入るか、もしくは相手を完全否定し、排除するか。テレジアさんは後者を選んだようですね」
「ボクはただ彼女と友達になりたいだけだったのに」
「結果的に友達になれたからよろしいではありませんか」
「……うん、そうだね。うん、そうだ。最後は友達になれたし、問題はないか」
いつまでもくよくよしないのがフィルの長所である。今回もそれがいいように働きそうだ。
セリカはそんな彼女の屈託のない性格を今日ほど愛しいと思ったことはなかった。
なので彼女にこんな提案をする。
今日、フィルはなかなか寝付くことができない。そう感じたフィルは彼女にこんな提案をする。
「セリカ、よかったら、今日は一緒に寝てくれない?」
上目遣いに尋ねてくるフィル。
テディ・ベアこそを握りしめていないが、その潤んだ瞳はまるで幼児のようだった。
そのような目をされてしまって拒絶することのできる人間がこの世界に何人いようか?
セリカはその少数派に入ることはできない。
本来、この白百合寮は外部生のお泊まりは禁止である。
しかし、寮長の許可を得れば泊まることも可能だった。
幸いとセリカはこの寮を作った貴族の末裔。フィルは現在のところひとり部屋。
許可を出せば案外、簡単に泊まれるような気がした。
「やれやれ、フィルは甘えん坊さんですね」
セリカはそう言うと寮に泊まることにした。
その言葉を聞いたフィルは、お正月と冬至祭が同時にきたような笑顔を浮かべた。
セリカはその表情に思わず引き込まれる。
彼女は今後、その魅力的な表情で多くの人を引きつけ、多くの人を幸せにするはずであるが、その笑顔の最初の犠牲者はたぶん、セリカだった。
セリカはその花のような笑顔に魅了され、その笑顔をこの世界で一番希少なものだと思っている。
願わくは、その笑顔を今後も見られますように。
願わくは、ずっと彼女の傍らにいられますように。
セリカは神にそう願うと、フィルと一緒に寮に向かった。
神に願ったわけではないだろうが、寮で同じベッドで寝ると、フィルは一晩中抱きつき、離してくれなかった。
それでも彼女のぬくもりは気持ちよく、セリカは安心して朝まで眠ることができた。
朝、起きるとネグリジェに彼女のよだれのあとが付いていたが、そんなことは小さな幸せの前ではわずかばかりの瑕疵にもならなかった。




