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悪魔も一撃です

 フィルの通う王立学院は広い。


 広大な敷地に様々な施設を持っており、古代文明が所有していたような闘技場も所有している。


 昔、古代の剣闘士たちが獣やドラゴンと戦っていたような闘技場だ。


 現代では主にゴーレムの試験やモンスター同士での決闘をおこなわせ、活用しているが、希に人間同士の決闘も行なわれることがある。


 今宵ももしかしたら人間同士の戦いがおこなわれるかも。

 そんな予感を覚えたが、フィルはそれを振り払う。


 テレジアとはもう戦いたくなかったからだ。それにもしも戦いがおこなわれるとしたら、それは人間同士ではなく、人間VS悪魔ということになるだろう。


 そのような気がした。

 そしてその予感は外れなかった。

 遠島闘技場に入ると、そこは異様な邪気で満ちていた。

 まるで人間界ではないような、魔界の一部に迷い込んでしまったかのような雰囲気だ。

 そこには本を持った少女がいて、夢遊病患者のようにたたずんでいた。

 テレジアだった。

 彼女は人間とは思えない重低音の声で叫ぶ。


「よくぞ、きた。小娘よ。我は嫉妬の悪魔エンヴィー。我を召喚した主の願いを叶えるため、お前の命を頂く」


「召喚!? やはりテレジアがあなたを呼び出したの?」


「否! この娘にそんな力はない。ただ、意欲はあった。そして波長も合った。だから我の思念体がこの娘の身体を借りた」


「ということはまだテレジアは悪魔になってないのね」


「まだだ。まだ悪魔にはなれない。しかし、お前を殺せば我と娘はひとつになれる。嫉妬にまみれた依り代を手に入れた俺は最強無敵!」


 テレジアはそう言うと、がくり、とその場に崩れ落ちる。

 そしてその身体から邪気が解き放たれる。

 暗黒物質のようなそれはやがて人の形。いや、悪魔の形になると雄叫びを上げる。

 どうやら思念体だけでも戦えるようだ。

 とても強そうであるが、フィルは安堵した。

 テレジアがまだ悪魔になっていないことに。

 テレジアを傷つけずに済みそうなことに。

 そして久しぶりにパワー全開で戦えそうなことに。

 フィルは爺ちゃんの形見である古代魔法文明のダガーを取り出す。

 刀身には古代魔法言語がみっちり書かれていた。

 このダガーは持ち主の魔力を効率的に変換し、エネルギーに変換してくれる。


 常に付与魔法が掛かっているようなものであった。それも持ち主の魔力が強ければ強いほど膨大なエネルギーを呼び出す。


 まさしく、フィルのために用意された最高の武器だった。


 悪魔はそんなことも露知らず、なんの工夫もなく襲いかかってくるが、かぎ爪の一撃でフィルののど笛を掻ききろうとするが、それは無駄に終わった。


 フィルはダガーでそれを受けとめると、空いた左手で悪魔の腹に拳をめり込ませる。

 ぐふう!

 と、苦悦の声を上げる悪魔。

 嘔吐しなかったのは思念体だからだろう。

 肉体があれば胃液をすべて吐いていたはずだ。

 それほどまでにフィルの本気パンチは重い。


「くそ、くそ! 小娘め。我は古代の悪魔ぞ!」


「ボクは最強の大賢者の孫だ!」


 そう返すとかぎ爪をはね除け、ダガーを見舞う。

 フィルに剣の素養はない。

 護身術の心得も。

 だが山で駆け回った日々、ドラゴンと戦ってきた日々は無駄ではない。

 獣のような動き、山で戯れる精霊のような動きでダガーを振り回すと、連撃を加える。

 


 一の太刀。

 軽い袈裟斬りで相手をひるませる。

 二の太刀。

 横薙ぎの一撃で相手にダメージを与える。

 三の太刀。

 渾身の突きで相手の命を奪う。

 


ドラゴンと戦うときに編み出した戦法であるが、その戦法は悪魔に対しても有効だった。

 血こそ流さないが、大ダメージを喰らっていることは明白だった。

 苦渋に満ちた表情でうめき声を漏らしている。

 これで終わりか。

 このまま悪魔は消え去るかと思われたが、そうはならなかった。

 悪魔は悪魔らしい手段に出る。


「ええい、口惜しい。これもあの糞娘が資格もなしに我に近づいてきたからだ。せめてあの娘も道連れにしてやる」


 フィルには敵わないと思った悪魔は、標的を変更する。

 召喚主であるテレジアを殺そうとしたのだ。


 ちょうど、意識を取り戻し、一部始終を見ていたテレジアは「ひい」と恐怖に歪むが、それも一瞬だった。


 フィルは目にもとまらぬ速さで印を結ぶ。

 珍しく呪文を詠唱する。



「清らかな生命の風よ。鋭き槍の姿に形を変えよ、ホーリーランス!!」



 いわゆる《聖槍》と呼ばれる魔法。

 この魔法は上位の司祭にしか使いこなさないとされるもの。


 古代魔法、精霊魔法、神聖魔法、それらすべては系統が違うのだが、フィルはすべてに精通していた。


 なぜならば大賢者の孫娘だからである。

 大賢者の孫にとって聖なる槍を放つなど朝飯前であった。

 しかもフィルの放った聖なる槍は通常のモノよりも遙かに大きい。

 悪魔などすっぽり覆ってしまうくらいの大きさだった。

 まさに光の固まりであるが、それを喰らった悪魔は最後にこんな絶叫を漏らした。


「く、くそう! 現代にもこんな化け物の賢者がいるなんて聞いてなかったぞ! まるでこいつは大賢者ザンドルフの再来ではないか」


 嫉妬の悪魔エンヴィーはフィルがそのザンドルフの孫娘であることを最後まで知らずに滅び去った。


 こうして悪魔はこの世から消えたが、悪魔を呼び出したテレジアはぽかんとした顔をしていた。


「……す、凄すぎる……。これって夢じゃ……」


 しばし放心するが、数十秒後、彼女は自分がフィルに救われたことにようやく気がついたようだ。


 それでも意地っ張りな彼女。素直に礼を言うことはできない。


 もじもじ、きょどきょど、フィルの顔を見たり見なかったりしながら、なんとか言葉を探していた。


 これが彼女の性格。素直になれないけど、本当はみんなの輪に加わりたい女の子。

 だから誰かが常にこう声を掛けてくれることを待っているのだ。

 そう察したフィルはその言葉を口にする。


「テレジア、良かったらボクと友達になって」


 そう言って右手を差し出した。

 その言葉を聞いたテレジアは、朝日が差した向日葵のような笑顔を浮かべ。


「わかりましたわ!」


 と右手を差し出した。

 その握手はとても力強いものだった。

 力強い握手から力強い友情が生まれる。

 爺ちゃんが昔言っていた言葉を思い出した。

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