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嘘の苦手な女の子

 ダガーとランタンを鞄に詰め込む。

 それとお菓子も。

 最初は旅用の外套も用意しようかと思ったけど、お出かけ先は学内。

 そこまで気を張る必要はないと思われた。

 なので制服で行くことにする。

 それでもちゃんと髪をとかし、制服についた毛玉などを取る。

 セリカは小言はいってこないが、会うたびにフィルの身だしなみをチェックするのだ。


 カミラ夫人のように小言をいわれるよりも、温和なセリカにじいっと凝視されるほうが怖かった。


 準備を終えるとそのまま寮を出ようとしたが、メイドのシャロンに話しかけられる。


「あら、フィルさん、お出かけですか?」


 箒を持ったメイド服のシャロンは不思議そうな顔をしていた。


「うん、お出かけ。なんで分かったの?」


「ちょっとお洒落さんでしたから」


「おお、分かる?」


「分かります。分かります。髪をちゃんとブラッシングしてありますし、制服の着こなしがお出かけ用でした」


「おお、さすがはメイドさん」


「メイドさんはすごいのです。――で、どこにお出かけですか?」


「うんとね、裏山にあるゆうれ――」


 フィルの言葉は途中でとまる。

 セリカの言葉を思い出したからだ。



「フィル様、このことはくれぐれも内密に。幽霊屋敷には生徒の立ち入りが禁じられています。このことが学科長の耳にでも入れば、カミラ夫人にこってり絞られますよ」



 危ない危ない。

 フィルはシャロンのことを信頼していたが、それはその心根だけ。

 彼女の口は羽毛のように軽いことを知っていた。


 もしも話してしまえばその日のうちに寮中に伝わり、翌日には学内に伝わり、明後日にはカミラ夫人に呼び出されることだろう。


 ちなみにカミラ夫人に呼び出されることは学生の間では、

「カミラの部屋行き」

 と呼ばれている。


 お団子頭のカミラ夫人にマンツーマンで説教されるからそんな名称で呼ばれるのだ。ちなみにあのお団子の中に飴を隠しているという噂があるが、本当だろうか。


 ――それはおいておいて、ここでおしゃべりなシャロンに打ち明けるのは悪手であると判断したフィルは嘘をつくことにした。 

 

「あ、あのね。ボクこれから裏山に行ってお花を摘むの」


「あらあら、お花ですか」


「う、うん、ぜったい、幽霊屋敷には近寄らないよ。セリカと一緒に幽霊屋敷を探索したりなんてしないから」


「うふふ、そうですか」


 シャロンは怪しげな笑みを浮かべたが、フィルの言葉を信じてくれたようだ。


 少々お待ちください、というと、厨房に行き、水筒にハーブティーを入れて持ってきてくれた。


「『お花摘み』に行くと喉が渇きますでしょう。これをお持ちください」


「わーい! ありがとー!」


 と遠慮なく水筒を受け取ると、シャロンはにこにことしている。

 なぜか彼女も手荷物を持っていた。

 鞄の中には水筒とお弁当箱が見える。

 彼女もどこかに出掛けるのかな?

 と尋ねたら、シャロンは幽霊屋敷に行くのだという。

 フィルは慌ててそれを止めるが、彼女はすました顔で言う。


「あらあら、フィルさんは裏山でお花摘みをされるのでしょう? わたしとは違うことをされるのだから、そんなに気にしなくても」


「で、でも、幽霊屋敷は危険だよ? が、学院の生徒は近寄っちゃ駄目らしいし」


「わたしは学院の生徒じゃないですしね、OKです」


「そ、そんな論法ありなの?」


「ありなのです。さて、ここで話し合っても仕方ないですし、早くセリカさまの待っている場所まで行きましょうか」


「な、なぜに、セリカと待ち合わせしていることも知っているの?」


 きょとん、としてしまうが、彼女は答えてくれなかった。


 ただ嬉しそうに、

「フィルさんは嘘がお下手ですね」

 と微笑むだけだった。



待ち合わせ場所に行くとセリカは案の定という顔をしていた。

 第一声もそれに準じる。


「――やはりフィル様には隠し事は難しかったようですね」


 その言葉を聞いてフィルは弁明する。


「ち、違うの。ボクはちゃんと幽霊屋敷には行かないっていったの! きっと、シャロンは大魔法使いなの! 賢者のボクの心を《読心》の魔法を使わずに読み切ったの!!」


 その主張は虚しいというか、皆が、なんと嘘が下手な娘だろう、と再確認するだけだった。


 ただ、セリカもシャロンもフィルが嘘が下手だというのを短所だと思っていないところは共通している。


 セリカはシャロンに目配せすると、吐息とともに言った。


「まあ、こうなることは七割方予想していたので、驚きもしませんし、止めもしませんが、シャロンさん、このことは絶対内密にしてくださいね」


「はいな。もちろんです。だからわたしも参戦するんですよ。当事者になれば吹聴することもできませんしね」


「たしかに寮のメイドさんが仕事をさぼって幽霊屋敷を探索するというのもまずいですよね」


「寮長にばれればお小言が飛んできます」


「ならばやはりシャロンさんの随行は断らないほうが賢明ですね」


 セリカは微笑むと、フィルもうなずいた。


「シャロンはお弁当を作ってくれたの! あとでみんなで食べよう!」


「……フィル様は先ほどアップルパイをふたつも召し上がったのに」


 そんなに食べると夕飯を食べられなくなりますよ、とは注意できなかった。


 なぜならばフィルの胃袋の丈夫さは周知の事実であったし、彼女はお弁当を平らげた上に夕食もお代わりすることだろう。


 先ほども言ったが彼女の身体は引き締まっている。この王都にきてからカロリーの固まりを採取しまくりだが、彼女に肥満の兆候は一切見られなかった。


 今さらアップルパイを二個、お弁当に夕飯を食べたところで彼女のおなかに贅肉ができるとは思わなかった。


 それどころかそのささやかな胸が成長してくれるかもと思ったセリカは、そのまま出発することにした。


 それを察したフィルは先頭を歩き、

「出発しんこー!」

 と叫ぶが、セリカとシャロンは着いていかない。


 数メートル歩いたところで振り向くフィル。


「どうしたの? 急に怖くなった?」


 まさか、と首を振ると、そちらが裏山とは正反対の方向であると伝える。


 彼女は後頭部をかきながら、


「……えへへ、山じゃないから方向感覚が狂うの」


 と誤魔化していたが、たしかに彼女はこの王都にやってきて以来、その野生パワーを弱めつつあった。


 それが良いことか悪いことかは分からないが、初めて出逢った当初よりも女の子らしくなったような気がした。

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