幽霊屋敷にGO!!
セリカを呼び出すことに成功したフィルはそのまま学院にある喫茶店に向かった。
この学院は設備が充実しており、バイキング形式のラウンジ型の食堂、それに喫茶店が二軒もあった。
この学院に通う生徒ならば誰でも利用できる。
もちろん、タダではないが、フィルはセリカからお小遣いをもらっており、毎日、喫茶店に通っても問題ないくらいには裕福だった。
喫茶店におもむくと入り口のお姉さんにシルを渡す。
「これで美味しいモノをください!」
と元気よく言うが、お姉さんは困惑、セリカは苦笑していた。
セリカが説明してくれる。
「こういうお店は基本的に後払いなのよ」
「おお、そうなのか」
じゃあ、と五シルを引っこめると、「でも、美味しいのをちょうだい」と微笑んだ。
フィルの長所のひとつに可愛らしい笑顔というものがある。
それに魅了されたものは無条件でフィルに好意を抱いてしまうのだ。
セリカが「この子は山育ちで常識を知らないのです」と説明すると、店員は、
「今日はアップルパイとシナモンティーがお勧めです」
と言った。
「それではシナモンティーを二杯、アップルパイをひとつお願いします」
とセリカは言うと、フィルが反論してくる。
「あれ? 二個でなくていいの?」
「わたくしはおなかがいっぱいで」
時計を見ればまだ四時、一二時に昼食を取ったのでおなかに余裕がない。
そう語るが、フィルは、それは知っている、と言った。
ああ、そういうことか、と悟ったセリカは店員にもうひとつアップルパイを頼む。
フィル用のを。彼女は二個食べる気だと分かったのだ。
小食のセリカにしてみればその食欲は常識を越えているが、食欲旺盛なことは悪いことではない。フィルの身体には肥満の兆候がまったくなく、とてもスレンダーだ。
今さらパイを二個食べたところでなんの問題もなかった。
アップルパイが席に並べられ、シナモンティーが注がれたカップが並ぶ。
アップルパイの甘い香りとシナモンの良い香りが鼻腔をくすぐる。
フィルはそれらにフォークを慎重に刺しながら口に運ぶ。
今のところ皿も机も壊していない。
セリカもドキドキしながら見守っていたが、パイを一切れ食べ終える頃には安堵していた。
彼女はシナモンティーのカップに口を付けると、言葉を放つ。
「ところでフィル様、今日はなに用でしょうか」
「なに用って?」
「なにか用があるから呼び出されたのでは?」
「用? このパイを食べるんじゃないの?」
むしゃむしゃはむはむ。ここのパイは甘くて酸味が効いていて美味しい。
「それはこの喫茶店での用事かと。ここにくる前は違うなにかがあったはずです」
「ええ? そうかなー?」
と腕を組んで首をひねるが、フィルはすぐに思い出す。
「ああ、そうだった。そうだった。セリカは頭が良いね。ボクが忘れたことを知っているなんて」
「恐縮です」
「あのね、あのね、この学院の山のほうに放置された館があるんだって、そこが「幽霊屋敷」と呼ばれてるらしいの。セリカ、一緒に探検して!」
「幽霊屋敷、ですか」
「セリカは知ってる?」
「ええ、一応は。たしかかつてそこで何十人もの生け贄が捧げられて、『悪魔』復活の儀式に使われたとか」
「悪魔ってなに?」
「かつてこの国を恐怖のどん底に落とし込んだ、悪しき魔術師のことです。彼らは悪魔と契約を交わし、絶大な力を得る代わりに人でなくなりました」
「ふむふむ。悪い人のことなんだね」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、倒さないと」
「もしもまだこの世界にいるのならばそれもいいかもしれません」
「どういう意味?」
「悪魔はもうこの世界にいません。フィル様のお爺様の世代が駆逐されました」
「おお、爺ちゃん、つええ」
「はい。ですのでその悪魔の館には悪魔はいません。それでも行きますか?」
「行きたいな。なんでも幽霊屋敷って呼ばれてるらしいの。ゆーれーを見てみたい」
「そういうと思っていました。それに止めたりしたらひとりで行ってしまうことも存じ上げています。だから今回に限り、わたくしも同伴しますが、今後は危険なことは控えてくださいね」
「危険なの?」
「まあ、危険ではないですが、淑女は幽霊屋敷を探検しません」
「じゃあ、これで最後。ゆーれーを見たら飽きると思うの」
「見られるといいですね」
セリカはその館に、幽霊もなにもでないことを知っていたが、あえて黙っていた。好奇心旺盛なフィルをそのような言葉で止められるとは思っていなかったのだ。
一度行って、そこになにもないと分からせたほうがいいだろうという結論に達したのだ。
それにセリカ自身、幽霊屋敷に興味がないわけでもなかった。
学生たちの間で噂が広まっていたからだ。
いわく、悪魔に生け贄にされた人々の幽霊が出る。
退治された悪魔の魂がさまよっている。
あの館自体が竜脈となっていて霊を引き寄せる。
多種多様な噂があった。魔法科に通う魔術師の端くれとしては確かめて起きたいことでもあった。
ただ、セリカは優等生で通っているし、侯爵令嬢である。幽霊屋敷を探検するなんてとてもできない。
そこでフィルから声を掛けてくれたのは、ある意味、天佑であった。
簡単な言葉に言い換えると、とても都合が良かった。
フィルの保護者として堂々と幽霊屋敷を探索できるのである。
セリカはフィルに気取られないよう、声色に気をつけながら、幽霊屋敷を探索する準備をするように指示した。
フィルは、
「はーい!」
と元気よく挙手した。
その後、店員に銀貨で代金を支払うと、寮に戻り、ランタンを取ってきた。
幽霊屋敷はとても暗いはずだ。灯りは必須かと思われた。




