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ボクはやっぱりボク

 フィルは声の出せない女の子にエルフの秘薬をあげてしまった。 

 それによって『ボク病』は完治することはなかった。

 なんとか根性で治そうとしたが、それも無理でお手上げ状態である。

 このままでは進級できないけど。


 それどころか学科長であるカミラ夫人に呼び出されてお叱りを喰らうに違いない、と周囲のものは予想したが、その予想は見事に外れる。


 カミラ夫人はその後、フィルを呼び出すことはなかった。


 担任のフラウ先生も、

「無理して言葉遣いを変える必要はないのよ。あなたはあなたらしく生きて」

 と微笑むだけだった。


 なんでも裏ではこんなやりとりがあったらしい。



「ミス・フラウ。あなたのクラスにフィルという娘がいましたね」


「はい。あの子ですね」


「先日、あの子に一人称を変えるように伝えましたが、それは取り消します。今後は好きに名乗らせてあげてください」


「しかし、学科長、よろしいのですか? あの子を淑女の中の淑女に育て上げると張り切っておられましたが」


「そうですね。無論、それは今も諦めていませんが、私は思うのです。

 淑女とは言葉遣いではなく、生き方そのものなのだと。

 あの子は自分の言語アレルギーを治すため、エルフの森まで旅立ちました。

 そこで手に入れたエルフの秘薬をたった一度だけ話した娘に惜しげもなくあげました。

 自分よりも不幸だと思ったからでしょうか。

 いえ、きっと彼女の性格ならば、その娘が自分よりも幸福でも秘薬を譲っていたことでしょう。

 私は他者を思いやるその気持ちこそが淑女の本質だと思っています」


「ならば彼女はもう淑女だと?」


「それはまだまだですが、少なくとも育てる価値はあります」


(カミラ夫人がそこまで言うなんて珍しい)


 フラウはそう思ったが、口には出さなかった。



 と、このようなやりとりがあったので、フィルの一人称は不問となった。

 それはフィルにとっても周囲のものにとっても好影響しかなかった。


 フィルは蕁麻疹に悩まされずに済んだし、周囲の友人たちもいまさらフィルが、

「わたくし、趣味は刺繍とピアノですの。おほほほ」

 というような言葉遣いをされても困惑するだけであった。


 なんだかんだでフィルの一人称は『ボク』が一番相応しいのである。


 こうして一人称が確定したフィルであるが、フィルは先生たちからも信頼され、生徒にも好かれる存在となっていた。


 礼節科で一番の人気者なのではなかろうか、それを証明するかのようにクラスメイトに話しかけられるようになった。



「フィルさん、よろしかったら焼き菓子を食べませんか?」


 と小さな袋に詰められたクッキーをもらう。

 とても美味しい。ほっぺが落ちてしまいそうだ。



「フィル、良かったらうちの部活に入らない? マジック・ボール部なんだけど」


 マジック・ボールとは、箒に乗った魔法使いが、魔術を駆使して相手のゴールにボールを運ぶ遊びらしい。楽しそうではあるが、セリカから「運動系」の部活には入らないように釘を刺されているので丁重に断る。


 いわく、フィルが運動系の部活に入ると学内のパワーバランスが崩れるというか、グラウンドが使いものにならなくなるらしい。



「フィルさん、知っています? この学院の山奥には使われていない実験室があって、そこに幽霊が出るんですよ」


 ほほう、それは初耳というか、楽しそうな話だった。

 フィルは大賢者の孫、その手の知的好奇心は人並み以上にあるのだ。

 魔術の真理とは、知的探究の末にある、とは爺ちゃんの言葉であった。

 なのでフィルはクラスメイトに幽霊屋敷の場所を聞き出すと、放課後、セリカに相談に行くことにした。あわよくば一緒に着いてきてもらう算段である。



 放課後、授業が終わると真っ先にセリカの教室に行く。

 教室の入り口で顔だけ覗き込ませると、セリカを探す。

 キョロキョロと周囲を確認、目印は綺麗な金髪。

 セリカは黄金色の綺麗な髪を持っており、たくさんの人間の中でも目立つのだ。

 すぐにセリカは見つかった。

 校舎の窓から差し込む陽光に照らされた金髪。

 お人形のような顔だち。

 それに朗らかな笑顔を持っているのですぐに彼女だと認識できる。

 フィルはそのまま大きな声で「セリカー!」と叫ぶと、手を振る。

 ぶんぶん、手を振る。

 近くにいた生徒が何事かと見つめてくるくらい。

 声も大きかったので、教室中の生徒がこちらを見ていた。

 この子は一体だれだろう? リボンの色から初等科の生徒だとは分かるが。


 教室の生徒たちはそう思ったことだろうが、フィルの名はまだ中等科には鳴り響いていないようだ。


 セリカはそれを確認したが、とうのフィルはなにも考えずに大声で手を振っていた。


 大声で名前を呼ばれるのは気恥ずかしいが、礼節科に通っているフィルが大声で手を振るのもいかがなものであるので、それをやめさせるため、静かに、優雅に席を立ち、フィルのところに向かう。


 一応、そこで注意。


「フィル様、淑女は大きく手を振りません。それに大声も出しません」


「じゃあ、セリカをどうやって呼べばいいの?」


「このようなときはクラスの生徒に伝言を頼むのです。礼節科のフィルと申しますが、セリカにお取り次ぎ願えませんか、と」


「おお! その手があったか!」


 彼女はポンと手を叩き、納得するが、伝言を使うようになるまで、大声呼び出しが数度続くことになる。


 フィルは、頭はいいが、肝心なところが抜けている女の子であった。

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