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これをあげるよ

 古代エルフさんたちの歓迎会。

 酒池肉林ならぬ、酒池茸林の大歓迎であった。

 まるでステーキのようにジューシーなキノコ。


 コトコト煮込んだチーズにパンを付けて食べるチーズ・フォンデュ・エルフ風などの御馳走をいただき、ご満悦。


 それはセリカたちも同じようで、エルフの御馳走、持てなす気持ちを素直に喜んでいた。

 宴会は夜中まで続くようだが、最後まで参加できないのが残念、セリカは言う。


「最後まで参加できないの?」


「はい、フィル様。明日には学校がありますし」


「そうか」


 道中、一泊したのでそろそろ帰らないといけないそうだ。


「でも、また木を投げて帰れば数時間で帰れるよ?」


 その提案を聞いたセリカとシャロンは青ざめる。


「そ、それはやめましょう。エルフの森で木を切り倒すのは禁忌です」


「たしかに」


 じゃあ、帰りは歩きになるのか。ならばそろそろ出立しないと行けないかもしれない。

 それを古代エルフさんたちに伝えると、彼女たちは名残惜しげに別れの握手をしてくれた。


「また会えると思いますが、しばしの別れです」


 さようならはいいません、と続ける。


 またね! と元気よくみんなの手を握りしめるが、エルフは苦痛に顔を歪めるものもいた。どうやら握手が強すぎたようだ。気をつけねば。


 そんなふうにエルフさんたちと別れを終えると、里を旅立つ。

 森の端までウィニフレットさんに案内される。


「この森を抜けてまっすぐ進めば王都に最短距離で行けます」


 と帰り道も教えてもらった。

 その通りにすると半日で王都が見えてくる。

 ここで無理をして歩いてもいいが、最後に一泊することにした。


 夜中に寮に帰るのは迷惑だろうし、日程には余裕がある。日曜の朝帰れば、宿題などもできる。そんな論法になった。


 そこで宿場町で宿を取ったわけだけど、フィルはそこで運命的な出逢いをする。


 フィルが宿屋の一階の酒場兼食堂でご飯を食べていると、料理を持ってきてくれる給仕の女の子の首にボードが掛かっていることに気がついた。


 そのボードには黒板があり、チョークも置かれている。

 こんな文字が書かれていた。


「私は言葉がしゃべれませんが、耳は聞こえます。なにか用があるときはお声がけください」


 その文字をじっと見ていると、彼女はにこりと微笑み返してくれた。

 黒板に新たな文字を書く。


『なにか追加オーダーはありますか?』


「もうおなかいっぱいです」


『料理は美味しかったですか?』


「はい!」


『それは良かったです』


 その後、フィルは小一時間ほどその子と雑談する。彼女は冒険をしたことがないらしく、フィルの話を延々と聞いてくれた。


 フィルがエルフの森での冒険譚を話し終えると、彼女は再び黒板に文字を書き始める。


『楽しいお話、ありがとうございました』


 と再び微笑むと、料理場にいる女将さんに呼ばれ、そこに向かう。

 その様子を不思議そうに見ていると、酒場の常連さんが教えてくれる。


「あの子は幼い頃に母親を盗賊に殺されてしまったんだ。そのときに声をなくしてしまってな。いたわしい」


「……可哀想」


 とエルフの秘薬の小瓶を握りしめるが、それはセリカに止められる。


「この世界にはしゃべれない人などたくさんいます。フィル様がしなければいけないのは、その人たちひとりひとりにエルフの秘薬を渡すことではありません。その人たち全員が秘薬を買えるくらいに国を富ますこと。まずは自分の病気を治すことを優先してください」


「……う、うん」


 その言葉に納得したわけではないが、理解をしたフィルはそのまま二階の宿屋へ向かうと寝た。


 寝付きが良くない。昔、爺ちゃんがそんなことを言っていたが、フィルは初めてその感覚を味わった。




 

 一泊し、王都に戻ると、フィルはさっそくカミラ夫人に面会を求めた。

 彼女は祝日だというのにフィルの申し出を受け入れてくれた。


 エルフの長老さんはもっとも緊張する場面で飲みなさい、と言っていた。ならばカミラ夫人の前で飲むのが一番、と思ったのだ。


 フィルはそのことを説明する。


「なるほど、この休日を利用してエルフの森に行っていたのですね。そしてアレルギー性言語を治そうというのですか」


「はい。これを飲めばボクは、ボク以外の一人称を使っても蕁麻疹ができなくなります」


「薬に頼る。というのは一見、卑怯なように見えますが、その薬を求め、旅立ち、得るには修練を重ねて克服するのと同じくらいの艱難辛苦がある。それに結果的に治るのであれば方法は問いません」


 とカミラ夫人は薬で治す許可をくれた。

 ほっとするフィル。

 あとは飲み干せばいいだけだが、小瓶に唇を添えたとき、右手が止まる。

 それ以上角度が上げられず、瓶の中の液体は口にそそがれることはなかった。


「なにをしているのです? ミス・フィル」


 カミラ夫人が怪訝な顔で問うてくる。

 怪訝なのはフィルも同じだ。

 なぜ、手が動かないのだろう。それになぜ、目頭が熱いのだろう。

 フィルの目には涙が溜まっていた。


「泣いているのですか? ミス・フィル」


「……泣いているみたいです。あのカミラ夫人」


「なんですか?」


「ボクがこの薬を飲まず、ずっとこのままボクと言い続けたらどうなりますか?」


「進級できなくなるかもしれません。礼節科では落第点があると進級できませんから」


「なるほど、じゃあ、命までは取られないのか」


 フィルはそこで言葉を句切ると言った。


「この薬は昨日会った友達にあげることにします。ボクの言語アレルギーは治りませんが、そっちは根性でなんとかします」


「根性でなんとかなるものなのですか?」


「します!」


 とフィルは言い切ると、そのまま小瓶を持ち、昨日泊まった宿場町に戻った。


 フィルは宿屋に行くと、そこで黒板を抱えている少女に小瓶を渡し、それを飲ませる。これを飲めば話せるようになると説明する。


 普通、一回会っただけの人物から渡された薬など飲まないものであるが、少女は飲んだ。なんの疑いもなく飲んだ。


 フィルとは僅かに会話しただけだが、フィルが嘘をつくような子ではないと分かっていたからだ。


 少女が秘薬を飲み終えると、フィルは尋ねた。


「……しゃべれる?」


 覗き込むように尋ねるが、彼女は振り絞るように声を出す。


「……あ……あ……うぅ……ああ……しゃ……しゃべ……れる?」


 その言葉を言い終えると、次から次に溢れる言語。


 無論、それらのすべてはまだたどたどしいが、時間が経過すればするほど普通におしゃべれるようになるのは明白だった。


 彼女は涙を流しながらフィルの手を握りしめ、頭を下げてくる。

 再び放つことができるようになった言葉を駆使し、フィルに礼を言う。

 フィルはもちろん、礼は受け取るが、謝礼は受け取らない。

 必ず薬の代金はお支払いします。

 と少女は言う。

 そんなものはいらない、というフィル。

 いつか渡す、いらないの、平行線が続くので、フィルはこのまま去ることにした。

 彼女には名前は伝えていない。

 名前さえ分からなければ返しようがなかった。

 フィルは風のような速度でその場から去ると、学院に戻った。

 一緒に冒険したセリカたちには事情を話したが、呆れられることはなかった。


「フィル様らしい」

「フィルさんらしい」


 それぞれの口調ではあるが、同じ種類の言葉をもらうと、一緒に言葉遣いの練習をした。


 ただし、

「わたし」

 と、しゃべると蕁麻疹が出るのは治らなかった。 

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