古代エルフの長老
セリカたちと別れ、世界樹へ向かう。
世界樹の周りには人工的な木の階段が設置されていて、周囲に空いている穴に入ることができた。
エルフの長老は一番上にいるらしい。
ウィニフレットの後ろを着いていくと、五分ほどで最上階に着いた。
そこにある穴に長老さんはいるらしいが、事前に注意を受ける。
「古代エルフ族はエルフの中でも特別。いにしえの神々とともに邪神と戦った一族。それは伝承ではなく、長老クラスの人たちは本当に神代の時代から生きています。なかば霊体と化し、神々に近い存在になっているので、無礼がないようにお願いします」
「分かった。パンパンはしない」
「……パンパン?」
不思議がっているが、彼女はそれ以上尋ねることなく、木のドアをノックした。
「……失礼します。長老、入っていいでしょうか」
遅れて声がする。
「もちろんだとも。お前たちがやってくるのを待っていた。そこに古き友人の孫。大賢者のザンドルフの孫がおるね」
ザンドルフ!
懐かしい爺ちゃんの名前を聞いたフィルは、喜び勇み、中に入る。
するとそこにいたのは黄金色に包まれた森の美しいエルフだった。
神代の時代から生きていると聞いたけど、その容姿は若々しく、ウィニフレットよりも年下に見える。
本当に爺ちゃんの友達だろうか。
尋ねる。
「私は前の魔王が復活したとき、お前の祖父と共に戦ったこともある。今ではもう前線に出ることはないがね。いわばザンドルフは戦友だ」
「戦友……かっこいい」
「ザンドルフは今、元気かね?」
「元気元気。今、あの世ってところに言ってるの。数ヶ月は帰ってこないけど、帰ってきたら山に帰って色々話してもらう」
その言葉で長老はすべてを察したようだが、なにも言わなかった。
ただ、わずかに目をつむり、黙祷を捧げると、こう言った。
「……ザンドルフには世話になった。それにお前には森を助けてもらった。エルフの秘薬は貴重であるが、お前に授けようと思う」
「ほんと!? 嬉しい!!」
長老がそう言うと奥から従者が現れ、秘薬をフィルに手渡した。
小さな小瓶に入っており、不思議な色をしていた。
「これを飲めばボクのボク病が治るのか」
ごくりと唾を飲む。
「声に関することならば万能だ。しかし、お前はそれを飲むことがないだろう」
「どういうことですか?」
と尋ねたのはウィニフレットだった。
「今朝、夢を見た。この森に大賢者の孫娘がやってくる夢を。彼女はゴブリンを倒し、森を助けてくれた。私は彼女に秘薬を渡す。だが夢の彼女はそれを飲むことはなかった」
「どういうことでしょうか?」
「さあ、それは分からないが」
長老も分からないようだ。ただ、こうは付け加える。
「私の夢は当たる。ただ、外れることもある。後者に賭けるのだな。さて、これからお前はその秘薬を飲むことになるが、先ほど言ってた言語の病気を治すならば、街に行ってから飲みなさい。実際に一番緊張するときに飲んだほうが効果的だ」
「分かった! おばあちゃん」
「……おばあちゃん」
厭な顔をする長老様。それを見てウィニフレットは笑うが、長老が睨むと謹厳実直な顔をする。
「さて、森を助けてくれた恩人、それに戦友の孫に秘薬を渡しただけで返したとあってはエルフ族の名がすたる。これから軽い宴を開くから、それに参加してから帰りなさい」
「宴ってパーティーのこと?」
「そうだ。旨いキノコや果実酒、山羊のチーズなどが出る」
「美味しそう」
「そうではなく、美味しいだな」
「セリカとシャロンも食べていい?」
「もちろんだ、パーティーは世界樹を降りた場所、広場でおこなう。というか、もうやっている。彼女たちも参加しているだろう」
「ならすぐにそこに行こう!」
とフィルは長老の許可を取ることなく、彼女を抱きかかえる。
そして勢いよく世界樹から飛び降りる。
ウィニフレットは叫ぶ。
「こ、ここは三〇メートルの樹の上ですよ!」
だが、フィルはもちろん、長老も気にしていないようだった。
いざとなれば風精霊の力を借りられるし、それに長老はフィルの力を熟知していた。
いや、力だけでなく、その宿命も。
この娘はやがてこの国を救う。そして世界をも救う。
このくらいの高さから飛び降りることなど、朝飯前だと知っていた。
それに今朝、夢で見た彼女は長老を抱きかかえ、ここから飛び降りたのだ。
長老はなんでもお見通しであった。
ただ、ひとつだけ知らなかったというか、今、分かったことがある。
大賢者ザンドルフの孫。
フィルという少女のなんと邪念のなきことよ。
その精神の清らかさは神々にもっとも近いといわれている長老並みであった。
彼女がきて以来、世界樹が活発になっている。活き活きとし始めた。
きっと彼女はこの先、そんな元気さを世界中にばらまくことになるだろう。
これは予言ではなく、定められた未来であった。