ユニコーンはフィルが好き
古代エルフさんたちに話しかけられるフィルたち。
エルフさんは最初、古代エルフ語で話しかけてきたが、セリカとシャロンには通じないようだ。
「なにをおっしゃっているのでしょうか? シャロンさん、分かりますか?」
「古代エルフのひとりと友達ですが、さっぱりです」
エルフもそれに気がついたのか、すぐに共通言語に切り替えようとするが、その前にフィルは言った。
『こんにちは、古代エルフさん、ボクはフィルと言います』
フィル以外の人間はすべて驚く。
「フィル様は古代エルフ語が分かるのですか?」
「す、すごい、アホの子……いえ、野生児かと思ったら、意外とインテリなんですね」
「そんなことないよ、爺ちゃんに日常会話を教わっただけだよ」
と称賛を受け流すと、エルフ語で会話を続けようと思ったが、古代エルフの娘さん、ウィニフレットは笑顔で共通言語に切り替える。
「初めましてフィルさん、それにお供の方々」
「どちらかといえばセリカさまとそのお供なんだけどね。身分的に」
シャロンはそう言うが、セリカは訂正する。
「フィル様とその一行ですよ」
「じゃあ、間を取ってボクとその仲間たち! で」
と言うと皆は笑みを漏らした。
「それではフィルさん、わたしの名前は古代エルフ族のウィニフレット。この森の自警団の団長をしております。このたびは醜悪なゴブリンを退治して頂きありがとうございます」
「いえいえ、火の粉を振り払っただけです」
「そんなことはありません。あの大軍と対峙するには勇気がいったでしょう。それにフィルさんはご友人を傷つけられそうになったとき、心のそこから怒られ、その力を解放させた。わたしたちエルフ族は自分のためではなく、他人のために力を出せる勇者を尊敬します」
「ありがとう!」
と頭を下げる。爺ちゃんに褒められたら返礼しろと言われているからだ。
深々と頭を下げるとウィニフレットもそれにならう。
互いに頭が上がるとそれを見計らったかのようにセリカが尋ねる。
「あの、ウィニフレットさん、わたくしたちはエルフの秘薬を求め、遙か遠方の王都からやってきました。ただいまエルフの秘薬が入手困難なのは知っていますが、なにとぞ、分けていただけないでしょうか? お金に糸目はつけません」
「まあ、そのようなことですか。ならば我が里にお立ち寄りください。いくらでもお分けします」
その言葉に一同は喜ぶが、ウィニフレットは、ですが、と続ける。
「――そう言いたいところは山々なのですが、エルフの秘薬はなかなか手に入らないのです。エルフの秘薬を採取できる乙女が減少しているということもありますが、世界樹の成長速度も悪く、肝心の朝露がなかなか手に入らなくて」
「そ、そんなー……」
と落胆するフィル。
「そんなに落ち込まないでください。取りあえず我が里へきてください。なにか突破口が開けるかも」
「エルフの里へ人間が入ってもいいのですか?」
そう尋ねるのはシャロンだった。
ウィニフレットは返答する。
「エルフは人見知りが激しいですが、恩人を持てなす心も知っています。フィルさんたちは客人、手厚く持てなしましょう」
そう言うとにこやかに森の奥へ案内してくれた。
森をひた進む。
樹木の密度が高くなり、木々によって太陽がさえぎられていくが、不思議と暗くはならない。 いや、薄暗いのだが、じめっとした感じは一切なかった。
それはこの周辺にいる光の精霊、ウィル・オー・ウィスプのお陰らしいが、精霊力の乏しいシャロンにはなにも見えないようだ。
セリカにもうっすらとしか見えないらしい。
フィルがそこらを漂う光精霊を観察していると、シャロンがウィニフレットに尋ねる。
「そういえばウィニフレットさんの里にわたしの友達がいるはずなのですが、元気でしょうか」
「ティターニアですね。元気ですよ。今は他の森に使いに行っていていないのですが」
「あら、残念、会えないのか」
でもまあ、ウィニフレットさんと友達になれたしいいか、と言う。
ありがとうございます、とウィニフレットが返していると、鬱蒼としていた周辺が開ける。
森の中が急に開けると、そこがエルフの里だと分かる。
目の前に広がる巨大な空間、数十メートル先にある巨大な樹。
あれが世界樹だろうか。
王立学院の建物のように大きな樹。その周りにあるそれよりも小さな木の上にエルフたちは家を作っていた。
ウィニフレットの説明によると、あの世界樹の木がエルフの王宮代わりのようだ。
中の空洞に村長が住んでいるらしい。
さっそくそこに挨拶させてもらえばいいのだろうけど、ウィニフレットに止められる。
「里には案内できますが、世界樹の木には選ばれたものしかいけません。先ほども言いましたが、世界樹には清らかな乙女しか近寄れないのです。俗人が近づくと世界樹の活力がなくなるのです」
「あらまあ」
とセリカは残念がる。
「俗人とは失礼な言い方かも知れませんが、まあ、エルフの少女でも近寄れないほどなので、気にしないでください。ちなみにみなさんは清らかな乙女ですか?」
ユニコーンの背中に乗れますでしょうか? と尋ねてくる。
ユニコーンは清らかな乙女しか乗れないことで有名である。つまり処女であるか、尋ねられているのだが、セリカは恥ずかしげに、シャロンは自信ありげに挙手をした。
ウィニフレットの視線がフィルに注がれるが、セリカは慌てて挙手させる。
「ショジョってなあに?」
的な顔をしているが、フィルに教えるのは早い、ということで一致した。
「ならば三人とも世界樹に行く資格がありますが、それでも念のため、ユニコーンを用意します。もしも背中を撫でて暴れる娘がいたら、その方はご遠慮ください」
ちなみにウィニフレットの飼っているユニコーンは人嫌いが激しいらしく、清らかな乙女でも心が僅かでも汚れていると暴れるらしい。
ならば自分は大丈夫かな、とシャロンは自信ありげに一番に触ったが、びっくりするくらい暴れた。ムカツクくらい暴れられた。
「そ、そんな馬鹿な」
と両膝をつくが、その次はセリカ。なんと彼女も暴れる。
これは厳しすぎないか、シャロンは思った。もしかして誰が触っても暴れるんじゃね? と思ったが、そんなことはなく、フィルには嬉しそうに背中を撫でさせていた。
「これで決まりですね。フィルさんだけを連れて世界樹に行きます。そこで長老にエルフの秘薬を分けてもらうよう頼みますが、もらえるか否か、半々だと思ってください」
「分かりました」
と、うなずくと、フィルの手を握りしめ、応援するセリカ。
フィルは感じ入ったのか、
「がんばる!」
と闘志を燃やしながら世界樹へ向かった。
道中、ウィニフレットに、
「ねえねえ、ショジョってなに?」
と尋ねまくっているのが一抹の不安であるが、もはや彼女にすべてを託すしかなかった。
シャロンとセリカはそんな純真無垢な少女の背中を見送った。




