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スカイドラゴンも一撃です

 山道に行くとそこにはふたりの人間がいた。

 ……たぶん、人間だと思う。


 フィルと爺ちゃんのように二足歩行しているし、服も着ている。この山には猿もいるが、あまり二足で歩かないし、服も着ていない。


 それに彼らは体毛がなく、代わり頭に毛がたくさん生えていた。


「……そういえば爺ちゃんから聞いたことがあるぞ」


 爺ちゃんの言葉を思い出す。


「ワシは例外じゃが、男という生き物は基本、短髪、女は長髪じゃ。覚えておけ」


 山道を歩いているふたり。どちらも長めの外套を着ていたが、ひとりは髪が短く、ひとりは髪が長かった。


 たぶん、短いほうが男というやつだろう。


 外套の下には鎧を着込んでいる。爺ちゃんいわく、男は戦いが得意だから、たぶん、剣も持っているはず。


 思わず警戒してしまう。


 もうひとりのほうは髪が長い。黄金に輝く太陽のように綺麗な金髪を持っていた。たぶん、女というやつだろう。


 こちらのほうは鎧は着けていないが、胸が膨らんでいる。

 なにか武器のようなものを隠し持っているのかもしれない。

 それに件の花の匂いも女と思わしき人間からした。


 女はお洒落とかいう戦いに長けているという話も聞いたことがある。長い髪には髪留めのようなものもあるし、あれがお洒落というやつなのだろう。


 もしかしたらそのお洒落で山の仲間たちに危害を加えるかもしれない。


 そう思ったフィルは旅人たちを追い返そうと呪文の詠唱を始めたが、それは途中で止まる。とあることに気がついたのだ。


 旅人ふたりに襲いかかる影の存在だ。

 ふたりの旅人は「小飛竜」に目を付けられていた。

 上空を旋回し、獲物がないか物色していたワイバーンに襲われたのだ。

 空から急降下するワイバーンの体当たりを受けていた。


 ワイバーンの奇襲、旅人は死んだ。――フィルはそう思ったが、それは旅人を舐めすぎだった。髪の短い人間、男は腰から剣を抜き放つと、それを袈裟斬りにし、ワイバーンに反撃をしていた。


 髪の長い女は呪文を詠唱し、《火球》の魔法を放っていた。

 焦げ上がる飛竜の皮膚。

 彼らの実力ならば余裕でワイバーンなど撃退できるだろう。

 実際、ワイバーンは男の剣によって見事に倒されていた。

 急所を剣で突かれ、絶命する。


「見たか、お嬢様に仇成す邪竜め。貴様など我が剣の錆にしてくれる」


 と、名乗りを上げていた。


 なかなかに見事な名乗りであった。ワイバーンなどものの敵ではない、という態度だったので、フィルはそのまま見物を続けようかと思ったが、そういうわけにもいかなかった。


 ワイバーンは退散していくが、その代わりワイバーンよりも厄介で強大な敵がやってきたのだ。


 辺りが暗くなる。上空からやってきたそれはそれくらい大きかった。

 フィルは慌てて飛び出すと、《火球》の魔法を放った。無詠唱で。

 フィルの手のひらから広がった火球は火球というレベルではなかった。

 まるで小さな太陽のようであった。


 それを見ていた女は、


「す、すごい、魔法を無詠唱で。それにそんなに大きい火球なんて見たことがありません」


 と感嘆の声を漏らす。


 ていうか、魔法を無詠唱で放つなんて当たり前だし、爺ちゃんならばこれの三倍の火球を放つ……、そう説明したかったが、そんな暇はなかった。


 今は先ほど放った火球の行方に集中したい。


 フィルの放った火球は上空に飛び、今まさにかぎ爪を開こうとしていた飛竜に直撃する。



 ぐおぁああああ! 



 上空にいた黒い影、巨大な竜が泣き叫ぶ。


 それは痛みのためか、それとも火という自分の得意技で攻撃された屈辱のためかはわからなかったが、ひとつだけわかることがある。


 それはこの飛竜。


 スカイドラゴンと呼ばれる魔物が、フィルたち三人に殺意を抱いているということだ。


 その充血した目は獲物を見る目から殺意に変化していた。

 


 目を充血させ、凶暴化するスカイドラゴン、フィルの一撃が相当堪えたようだった。


 それについて男は解説する。


「それはそうだ。あのような炎で攻撃されればドラゴンもプライドが傷つくわい」


 男はそう言うと自己紹介を始める。


「申し遅れた。小さな大魔法使いよ。我の名は円卓の騎士のひとり叡智の騎士ローエン。セレスティア王国の貴族に騎士として仕える老木」


「老木?」


「じじいのことですな」


「じじいか。それは知ってる。ならおじさんはオトコ?」


「たしかに自分は男ですが」


「爺ちゃんの言った通りだ。オトコは髪が短いのに髭が生えてる。それにごつごつしている」


「まあ、すべての男がそういうわけじゃないがな」


 とローエンが言うと、次に声を掛けてきたのはオンナだった。

 凜とした鈴虫のような声だった。綺麗だ。


「わたくしの名はセリカ。セリカ・フォン・セレスティア。この国の名前を冠していることからもわかるとおり、わたくしはこの国の――」


「村娘?」


 フィルの問いにセリカはよろめいてしまう。


 フォンという貴族の称号、それに国姓を持っているのだから、わかりそうなものなのに、と漏らすと、こほん、と軽く咳払いをする。


「わたくしはこの国の王家の分家の娘です。侯爵家なのでご令嬢ですね」


「令嬢?」


「お姫様の一個下の身分です。貴族の娘のことです。……貴族はさすがに知っていますよね?」


「知っている」


「ならば国の偉い人の娘です」


「なるほど」


 と納得したが、フィルは特に口調や対応を変えなかった。なんでも貴族が偉いというのは爺ちゃんに聴いているが、貴族が偉くてもその子供は関係ない、とのことだった。尊敬して貰いたければ自分自身で努力すべきだ、と語る。


 その言葉に思わずセリカは目を見張る。


 悪い気持ちがしたわけではない。その逆でその思想は自分の根底にあるものだった。


 貴族の子に生まれたからといって、無自覚になんの責任もなく、その地位に安穏としていれば、やがてその身と心を腐らせるのは自分自身だ、というのがセリカの考え方だった。


 セリカの思想とフィルの考え方は合致するわけである。セリカは思わずフィルと握手をしたくなったが、それはできなかった。


 スカイドラゴンがこの世のものとは思えない咆哮を上げ、襲いかかってきたのだ。

 


 がおぉぉおお!!



 地に前足と後ろ足を着けたドラゴンは、地を這いながらこちらに襲いかかってくる。


 その牙でこちらを捕食してこようとする。

 ローエンは剣と盾をかまえるが、ふたりの身体の大きさは絶望的であった。

 巨木と小枝、牛と犬くらいの差があった。

 このままでは質量の差で強引に吹き飛ばされてしまうだろう。

 そう思って援護をしようとするが、それはできなかった。

 魔法使いに肩を掴まれたからである。

 魔法使いはフィルと名乗る。


 中性的な顔だち、落ち着いた雰囲気、自分よりも年下だろうに、その悠然とした態度はどこからくるのだろうか。


 スカイドラゴンなど恐るるに足りないということだろうか。

 それを確認しようと話しかけるが、その前に魔法使いから声を掛けられる。


「キミがお嬢さまだってわかった。仲間を助けようとする優しい気持ちも理解した。ただ、ひとつわからないことがあるんだけどそれを今、確かめさせてくれない?」


「……別に構いませんが、戦闘中にできることなんですか?」


「できる」


 と魔法使いは言うと、セリカの元に無言で歩み寄ってくる。

 そしてなんの前ぶりもなく、無遠慮に、唐突にセリカの胸に触ってきた。


「え……」


 あまりのことに言葉を失ってしまう。


 平手打ち、という反撃ができなかったのは、突然すぎたこともあるが、魔法使いの目に悪意がないことでもあった。魔法使いはただ純然に興味本位でセリカの胸を揉んでいた。


 10秒ほど堪能すると、魔法使いはありがとう、と微笑んだ。


 思わず、どういたしまして……と返してしまうが、どうしてそのようなことをするのだろうか。


 尋ねてみる。

 魔法使いは即答する。


「キミがオンナかどうか確かめたかった。爺ちゃんが言うには、オンナか確かめるには胸を揉むか、股間をパンパンすればいいんだって」


 なるほど、この子は野生児なのか……。


 ならば仕方ないと思った。それにもしかしたらこの子はセリカたちが探し求めていた人物かもしれない。


 そう思ったセリカは魔法使いの無礼を許す。


「……ええと、魔法使いさん」


 と尋ねると、魔法使いは首を振る。


「ボクは魔法使いじゃない、賢者。賢者フィル」


「賢者さんでしたか。それにフィル、素敵なお名前です。フィルさんはあの暴走するスカイドラゴンをどうにかすることができるんですか?」


「可能。というか今からやる」


「倒してくださるというわけですね」


「倒すわけじゃない。消し去る」


 フィルはそう言うと一瞬で消えた。一瞬でローエンの前に現れ、ドラゴンに胸を晒す。最初、《転移》の魔法を使ったのかと思ったが、そうではなかった。フィルは高速に移動しただけでセリカの視界から消えたのだ。


 人間業ではなかった。驚いてしまうが、まだ驚くのは早かったようだ。

 見ればフィルの身体全体からとんでもないオーラが沸き上がっている。

 大地を揺らし、大気を振るわせる強大なパワーだった。

 近くにいた鳥たちが逃げていく。

 フィルはそれを解放すると、魔法に変換してそれを解き放つ。


 フィルから放たれた魔法は《炎嵐》と呼ばれる中級魔法だったが、その威力は桁違いであった。まさに地獄の業火のような火力でスカイドラゴンに襲いかかった。


 あれほど巨体で暴れ回ったドラゴンが、数秒後には消滅していた。

 その姿を見たセリカはフィルの背中に語りかける。


「……す、すごい、とても人間業じゃない」


 その言葉を聞いたフィルは、顔だけを振り向き、にかっと笑った。

 その笑顔にはあどけなさが多分に残されていた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 襲い掛かってくる、いや、襲い掛かって来ているドラゴンを前に、会話+お胸モミモミで合計数十秒も放置していたら、余裕で喰われていると思うんですよね。 ドラゴンとキャラ達の距離、どれだけ離れ…
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