必殺! フィル・フィンガー!!
戻らずの森で始まったゴブリンとの戦闘、賢者であるフィルには楽勝モードと思われたが、それは違ったようだ。
一匹目のゴブリンは難なく倒せたが、二匹目、三匹目はそれなりに苦戦した。
木の棒では倒せず、《火球》と《衝撃》の魔法を使ってしまう。
撃ち漏らしたゴブリンがセリカとシャロンを襲う始末であった。そのゴブリンたちはセリカの魔法によってなんなく倒されたが。
「こいつら、普通のゴブリンじゃない!?」そう思ったが、それは当たった。
よくよく見ればゴブリンたちの額には皆、青い入れ墨があった。
爺ちゃんの言葉を思い出す。
「いいか、フィルよ。ゴブリンは雑魚じゃが、雑魚もピンキリ。ゴブリンの中には青い入れ墨をしたブルーキャップと呼ばれている連中もおる。そいつらはなかなか統制が取れていて強敵じゃ。相手にするときは気をつけるのじゃぞ」
ブルーキャップ。頭にある青い入れ墨が青い帽子に見えることから名付けられたゴブリンの上位種。その実力はハイオークに匹敵するとか。
道理で苦戦するわけであるが、そうと分かれば話は簡単であった。フィルは己のギアを入れ替える。今まではゴブリン用の力で戦っていたが、レベルを上げるのだ。
森に被害がでないように下級魔法しか使っていなかったが、ここからは中級魔法を使う。
「燃え上がれ! 紅蓮の炎よ! 炎の柱となってその身を焦がせ!」
ぶわあ! と燃え上がる炎。その一撃でゴブリンたちは大やけどを負った。
ただ、直撃はしていないので死んだものはいないはず。
集団の中心に放たれた炎の柱はゴブリンたちの戦意をくじいたが、それでも彼らはまだ戦う。指揮官がよほど怖いらしい。
フィルは指揮官を確かめる。
そこには筋骨隆々のゴブリン、ホブゴブリンがいた。
鎖帷子と戦斧で武装した小鬼がいた。
あいつを倒せばゴブリンたちを指揮するものがいなくなる。
そう思ったフィルは《縮地》の魔法を駆使し、接近する。
ゴブリンもさるもの、フィルの接近を拒もうとするが、それでもフィルは猿のように機敏な動きで接近すると、ホブゴブリンに言い放った。
「あなたに恨みはない。だから殺しはしないけど、今から思いっきりぶん殴るよ」
「ダル! エルバ!! エマッホ!!」
相手はゴブリン語で返答してくる。
その意味は「この男女め!」だった。大賢者の孫はゴブリン語も習得していた。
「いってくれるね。でも、それは正解かも。少なくとも淑女にはこんなパンチ放てない」
フィルが断言すると、フィルの右手が真っ赤に燃える。
ホブゴブリンを倒せと轟き叫ぶ!!
「必殺!! フィルフィンガー!!」
そう叫ぶとフィルの拳が爆縮し、盛大にエネルギーが飛び散る。
その威力はドラゴンの尻尾の一撃に相当する。
ホブゴブリンなどひとたまりもない。
真っ赤な炎に包まれたフィルの右手がホフゴブリンのこめかみを掴む。
フィルはそのままゴブリンに問う。ゴブリン語で。
「選びなさい。このまま頭蓋骨を破壊され、死ぬか。それとも仲間に撤収を命じるか。生きるか死ぬかを選びなさい」
ホブゴブリンはなにか言いたげであったが、なにも言わない。
最初は見上げた根性だと思ったが、違うようだ。
ホブゴブリンは苦痛のあまり言葉を発することができないようだ。
フィルの膂力があまりに凄まじく、舌を動かすことができないようだ。仕方ないので力を緩めると、ゴブリンは言った。
「め、命じる。撤退を命じるから、命ばかりは助けてくれ」
その言葉は本気だろうか。ゴブリン族の表情は読みにくく、分からない。しかし、両手両足は震え、生まれたての小鹿のように震えていた。
その心の中は恐怖で一杯のようだ。
少なくともこの場は撤退するだろう。そう思ったフィルはホブゴブリンを解放する。
フィルの右手から解放されたホブゴブリンは、「お、おぼえていろよー!」という捨て台詞と共に去る。
その後ろには手下のゴブリンどもも一緒だ。
こうしてフィルはゴブリンどもを追い払うことに成功した。
その姿を見ていたセリカとシャロンは口々に言う。
「これがフィル様の力。何度見ても素晴らしい」
「これがフィルさんの力。さすがは学院一の魔術師」
美辞麗句ばかりが溢れてくる。褒められるのは嫌いではないので嬉しいが、こそばゆくもある。
それにゴブリン退治くらい誰でもできるような気がするのだが。
「そんなことはありません。ホブゴブリンはゴブリンの上位種、あれだけの群れを率いているということはその実力は騎士並みです。それを手玉に取るなんて信じられない」
セリカは言う。
シャロンは補足する。
「実は古代エルフの友人と手紙のやり取りをしているのですが、あのホブゴブリンは森のエルフたちを悩ませる外憂でした。それをこうも簡単に除去するなんて信じられません」
「外憂?」
「森の住人を悩ませる害虫のことです」
と断言をするシャロン。
「エルフたちはあの小狡いゴブリンたちに悩まされていたのです。今回、その外憂を取り除いてあげられるかも、と思ってたけど、まさかこうも早く退治するなんて。フィルさんはすごい」
「えへへ」
と照れる。しかし、それを戒める声が。
「そこの銀髪の賢者! 戦いはまだ終わっていない。あの狡猾なゴブリンがあの程度で逃げるわけがない」
そう叫んだのは森の木々の上にいる耳の長い少女だった。
それがエルフであると説明されるのはあとになるが、彼女が敵ではないとすぐに分かる。
その瞳には敵意はないし、あのような奇麗な女の人が敵のわけがない。それに彼女はフィルに危険を知らせてくれたのだ。
いや、それだけではなく、物理的な援護もくれる。
彼女は弓を弾くとそれを放った。
彼女の放った矢は、まっすぐにこちらに飛び、フィルの後方に刺さる。
そこには先ほどのホブゴブリンがいた。
ホブゴブリンは撤退したと見せかけ、騙し討ちを仕掛けてきたのだ。
降伏したというのに攻撃をしてくるとは、フィルの常識の範疇外である。
もしも援護がなければフィルは攻撃を食らっていたかもしれない。
エルフ様様であるが、礼を言うよりも先に攻撃すべきだろう。
。
ホブゴブリンは肩に矢が刺さったのにもかかわらず戦意旺盛であった。斧を振り上げてくる。フィルは身構えるが、それは無駄に終わった。なぜならばホブゴブリンの目標はフィルではなく、シャロンだったからである。
先ほど圧倒的差を見せたフィルに襲い掛かるほど間抜けではなかったようだ。まともに戦ったら負けると判断したのだろう。
セリカに襲い掛からなかったのは、彼女が魔術師だからだろう。
ホブゴブリンは相手の力量を判断できる知性を持っているようだ。
場違いなメイド服、武器も持っていない少女を狙うのは必然だったのかもしれない。
「グルゲー!」
と唸り声をあげ、攻撃を加えるホブゴブリン。
このままではシャロンの命は危ないだろう。戦斧を回避することも受け止めることもできないはずだ。
シャロンは逃げ出すこともできず、その場にたたずんでいる。
いや、腰を抜かしている。
ホブゴブリンは彼女を目掛け、襲い掛かるが、それが命取りになった。
フィルを襲う分には一向にかまわない。
フィルの身体は頑健であったし、ゴブリンの一撃くらい耐えて見せる。
山にいた頃もよくゴブリンの弓矢に射られたものだ。
しかし、山にいたときもそうであるが、ゴブリンがフィルの仲間を虐めるのだけは許せなかった。山にいた頃、友達になったカーバンクルの母親をゴブリンに射殺されたことがあった。
ゴブリンはカーバンクルを食べもしないのに、ただ楽しみにのためだけに殺したのだ。
それは許せないことだった。
人として、生き物として、やってはならないことだった。
このゴブリンもあのときと同じようなことをしようとしている。
シャロンを食べるためではなく、自分のために殺す。
フィルに負けた腹いせに、部下に自分が強いことを証明するためだけに武力を使おうとしている。人間を殺そうとしている。
そんなやつに手加減など不要であった。
フィルは今まで、『人間用』の魔力で戦っていた。相手を殺さないようにだけ注意した。
だけどもう手加減はしない。対ドラゴン用の魔力で戦うことにした。
音も置き去りにするような速度で移動する。
ホブゴブリンの後ろを取るとその襟首をつまみ上げる。
巨漢のホブゴブリンを片手で持ち上げる。
ぎょっとした顔をしているゴブリンを片手で放り投げる。
遥か上空に。
本気で投げれば星々のかなたまで飛ばす自信があったが、そこまではしない。
ここでホフゴブリンを仕留める。
右手に魔力をためるとそれを解き放つ。
フィルの右手からまばゆい光が放射線状に広がる。
《爆縮魔法》
フレアと呼ばれる無属性の魔法。
この地上に小さな太陽を召喚する魔法で、それを食らったものは太陽に飲み込まれたも同義であった。地上の生物が耐えられるわけもない。
ましてやろくに魔力も持たないホブゴブリンが耐えられるわけもなく、フレアの光に触れたホブゴブリンは悲鳴を上げる。
「く、くそおおおおぉ! 俺がどうしてこんな小娘に」
ゴブリン語で言っているわけであるが、それに対してはこう返す。
「あなたの敗因はひとつ。それはボクの友達を傷つけようとしたこと。それ以外ない!」
そう叫び、ホブゴブリンに伝えたが、その言葉は彼には届かなかったようだ。
フィルの放った一撃は轟音をともなう。ゴブリンのひ弱な断末魔の叫びなど消し飛ばしてしまう。
それほどまでの一撃を受けたホブゴブリンの肉体は一瞬で四散する。
こうしてゴブリンの群れのリーダーを倒したフィル。
ゴブリンたちは退散し、代わりにエルフがやってきた。
さてはて、彼女たちはフィルを迎え入れてくれるだろうか、それはまだ分からないが、古代エルフと思われる女性は弓弦を緩めることなく、話しかけてきた。




