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ちょっとエルフさんの森まで行ってくる

 古代エルフの蜂蜜は古代エルフが持っている。

 当たり前であるが、だからといってすぐに見つかるわけではない。


 古代エルフとはいにしえの神話より存在するエルフのことだ。神々と共に邪神と戦った一族で、古代エルフの族長は神話の時代から生きている。


 その数は少ないが、その精霊力は半端なく、幼児でも精霊王を使役する、らしい。

 まあ、精霊王ならばフィルでも召喚できるが。


 そんな一族であるが、極度の人間嫌いらしく、普段は森の奥で誰とも交わらない生活をしているらしい。


 シャロンはその森を知っており、エルフのひとりと友達なのだという。

 それは頼もしいが、エルフの森は近場にあるのだろうか。


「冒険許可を取れば生徒でも冒険の旅は可能ですが、礼節科の生徒ではなかなか冒険許可が降りないでしょう。ならば週末の休暇を使って旅をするしかありませんが、二泊三日で帰ってこられる位置にありますか?」


「うーん、ぎりぎりといったところですね」


 シャロンは地図を取り出すと、森を指さす。


「結構、遠いですね……」


 自分とフィルだけならば半日あれば到着できそうであったが、今回はシャロンがいる。メイド服姿の彼女は旅慣れしていなそうだった。


 ただ、その点については安心して、とフィルは断言する。


「要はこの森に到着すればいいんでしょ。すぐいけるよ」


 地図上の森を指さす。


「魔法を使うのですか?」


「そだね」


「ではその辺はフィル様にお任せしましょう」


「お任せされた」


「ならばあとは旅の準備ですね。食料、燃料、寝間着、寝袋、ランタン、たいまつを揃えないと。まあ、これは侯爵家ですぐ手配します」


「それは助かります。わたしはメイドさんなのでその手の道具は持っていません。ですが、調理はお任せあれ、冒険中でも舌を満足させて見せます」


「それは嬉しい」


 とフィルが言うと散開した。

 決行は明日の放課後。授業が終わったら、寮の庭に集まり、そこから旅立つ。

 それまでに各自、寝間着、替えの下着、歯ブラシなどを用意しておくこと。


 とセリカがまとめると、残りふたりは、

「はーい!」

「はいな♪」

 と自室へ戻った。



 翌日、すべての授業が終わる。


 花の金曜日、明日から土日は休みなので生徒たちのテンションは心なしか上がる。皆、土日はなにをするか今から相談しているのが微笑ましい。


 フィルも一緒に遊ばないか誘われたが、それはできない、と断る。なぜかと問われるが、正直に話す。



「ボク、今から古代エルフさんに会いに行くの!」



 その言葉は突拍子で現実感も乏しかったので、フィルは不思議ちゃんと間違われてしまった。


クラスメイトは「がんばってね、うふふ」と笑うとそれぞれの場所に戻った。


(嘘じゃないんだけどなあ)


 フィルは両手を組みながら校舎を出て、寮に向かった。

 


寮に帰るとすでにそこにはセリカがいた。

 初めて会ったときと同じ格好だ。

 動きやすい衣服に外套を羽織り、荷物が入れられる袋をかついでいる。

 シャロンもいた。

 彼女は冒険には似つかわしくない格好。つまりいつものメイド服だった。


 いわく、メイドからメイド服を取り上げたら、ただの女中になってしまうではないですか、とのことだった。


 メイド服を脱ぐのはベッドの上とお風呂場だけらしい。

 彼女はメイド服の上から大きなリュックを背負っていた。


 シャロンは武器を持っていなかったが、彼女の場合は下手に武器を持つほうが危ない。今回は純粋にメイドとして道案内、料理などに徹してもらうことにする。


 そんな役割を彼女に振っていると、セリカが尋ねてくる。


「ところでフィル様、魔法の力で森まで連れて行ってくれるそうですが、飛竜でも召喚されるのですか」


「まさか、ボクは召喚魔法は苦手なの」


「ならばどうやって?」


「ちょっと待ってね」


 口で言ってもいいのだけど、行動に移したほうが手っ取り早い。そう思ったので寮の庭にある巨木のところまで行く。


 フィルは巨木にぺこりと頭を下げる。


「巨木さん、今から切り倒させてもらうね。あ、巣を作ってるリスさん、ごめんね。あとで他の木に巣を作って上げるから」


 というとフィルは「ふんっ!」と手刀を加え、巨木を切り裂く。

 手刀に斬撃属性の魔力を込めたのだ。


 フィルの怪力、それと途方もない魔力によって巨斧のような切れ味を得た右手は、一撃で大きな木を切り倒した。


 それを軽々しく持ち上げると、ふたりの前まで持っていて、目の前に置く。

 セリカは見慣れた光景なので平然としているが、シャロンは目を丸くしていた。


「……これがフィルさんの実力。規格外過ぎる」


 開いた口がふさがらない。そんな顔をしていたが、フィルは気にした様子もなく、シャロンとセリカに木にまたがるように指示する。


セリカは乗馬慣れしていたので気にしないようだが、シャロンはスカートで大股になることに抵抗があるようだった。それでも最後にはまたがってくれるが。


 ふたりが木にまたがったことを確認すると、フィルはそれをそのままひょいと持ち上げる。


 南東の方を向く。そちらにエルフの森があるからだ。


「距離は地図上だとこれくらいだから、力加減はこのくらいかな?」


 ぶつぶつつぶやくと、シャロンは不思議そうな顔でセリカに尋ねる。


「力加減ってなんでしょうね?」


「さあ?」


 と言うしかないが、ふたりはすぐに分かった。

 フィルは助走を付け始めると持っていた巨木を大空に投擲したのだ。


 ものすごい速度であった。まるで駿馬十頭に引かれた馬車に乗っているような、巨大な竜の背中に乗っているような勢いを全身に感じる。


 巨木を必死で掴んでいないと振り落とされそうであったので、乱れるスカートを押さえる暇はなかった。


「こ、これは!?」


 シャロンは必死に周りを見るが、巨木は空を飛んでいた。フィルが投擲したからである。巨木は恐るべき速度で南東に向かう。


 そう、フィルは人を乗せた木を投げることによって目的地に到着しようとしたのだ。


 有り得ないというか、なんと常識のない娘なのだろう。

 シャロンはそう思ったが、フィルの常識はさらに凡人の上を行く。

 なんと彼女は投げつけた巨木の上にみずから飛び乗ったのだ。


 《飛翔》の魔法を使い、ひょいっとシャロンの後ろに乗ると、シャロンの腰に手を回す。


「セリカより太め」


 と失礼なことをしゃべっていた。

 舌を噛みたくないので非難はできないが、シャロンは呆れる。


 その、のうのうとしたところもだが、規格外の力にはただただ舌を巻くしかなかった。


(この子は王立学院創立以来の天才児だ。それに創立以来の野生児でもある。カミラ夫人は彼女を淑女にしようと躍起のようだけど、わたしもそれには賛成)


 この子は将来、絶対特別な子になる。

 もしかしたらこの世界を救う勇者になるかも。


 その実力にはなんのケチも付けられないが、将来、公の場や世間に出たとき、常識や礼節がなければ彼女はさぞ難儀することだろう。


 庶民出身のシャロンには礼節は教えられないが、常識は教えられる。

 今後、なるべく彼女の側にいて常識を教え込もう。


 数分後、目的の森に到着し、そのまま近くの湖に突っ込んだとき、シャロンはそう決意した。

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