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ボクは普通の女の子ですから!

 学院生活二日目、フィルは同級生に決闘を申し込まれる。

 この学院は私闘禁止なので授業中にやるらしい。

 3時間目、剣術の授業で剣によって優劣を付けるとのこと。


 実際、3時間目になるとテレジアは真っ先に体操服に着替える。礼節科は女子だけなので教室で着替える子が多数だったが、彼女のやる気はまんまんで、誰よりも早く体操服に着替えた。


 自分のマイ木刀をロッカーから取り出すと、


「逃げるんじゃないわよ」


 と言葉を残し、学院にある闘技場へと向かった。そこで授業が行なわれるからだ。


 その言葉を聞いたクラスメイトたちは、

「まあ、怖い」

 と震えたが、とあるクラスメイトはこんな忠告をしてくる。


「フィルさん、今日は先生に言って剣術を休んだほうがいいのでは?」


「どして?」


「テレジアさんは性格は悪いですが、剣術の腕は一級品です。先日のこともありますし、なにをされるか」


「うーん、でもズル休みはダメって爺ちゃんも言ってたしなあ」


 山にいた頃、魔法の修行が辛くてズル休みをしたらこってりと絞られたことを思い出す。


「ならばせめて先生に言って対戦相手にならないようにしてもらいましょう」


「うーん、まあ、そうしてみる」


 と無難に答えて闘技場へ向かうと、フィルは一瞬でクラスメイトの忠告を忘れた。

 フィルが鶏頭だったからではない。

 闘技場で懐かしい人物と再会したからだ。

 闘技場には鎧を装着した騎士がおり、自分がこの授業の教官だと名乗った。

 フィルはその教官を指さす。


「あ、Hの騎士ローエンだ!!」


 きゃっきゃ、と飛び跳ねるが、ローエンは謹厳な表情で返す。


「叡智の騎士ですな。フィル嬢、貴殿とは旧知の仲ですが、今、ワシは指導教官、指を差すものではないし、呼び捨ても感心しないな」


 ただ、すぐに口元を緩めると、

「久しぶりですな、フィル嬢。その体操服、似合っている」

 と旅をしたときの笑顔を向けてくれた。


「うん、久しぶり、ローエンせんせ。うんとね、ボク、魔法科ってところに合格したんだけど、礼節科にしてもらったの。セリカは淑女になってもらいたいんだって」


「たしかに一国をになうには魔法よりも知識だろう。その点、セリカお嬢様の戦略は間違っていない」


 ――が、と続ける。


「それにしても入学早々、敵を作ることになるとは、フィル嬢も大変ですな」


「敵?」


「あそこで剣を振るってる生徒、名をテレジアと言ったかな。嬢ちゃんと対戦したいといってきかないのです」


「おお、テレジアか」


「怨恨入り交じった一戦はさせたくないんだが、もしも対戦できなかったら、その場で首をかっきって死ぬと言われてな。悪いがフィル嬢、あの子と対戦してやってくれないか?」


「いいよ」


 あっさり答えるフィル。

 叡智の騎士ローエンはほっと溜息を漏らす。


「まあ、嬢ちゃんの実力なら万が一ということもないだろうが。一応、気をつけてくれ。それと相手をボコボコにするの控えていただきたい」


「分かってるよ。弱体魔法(デバフ)を自分に掛ける。それに木刀をふにゃふにゃにしておく」


「そいつは助かる」


 ローエンは皺に包まれた顔をほころばせる。


「フィル嬢の魔法の腕は何度も見たが、剣術のほうも楽しみにしているぞ」

 ローエンはそう言うとテレジアを呼び、フィルとふたり、闘技場の中心に立たせる。

 すると木刀を「えいや!」と振るっていた生徒たちの動きが止まる。

 皆、フィルとテレジアの決闘に興味津々のようだ。

 口々に噂をする。


「フィルさんの勝ちですわ。彼女は実技試験で100点を取った天才。剣技にも長けているはず」


「ですが山育ちで剣は初めて握るといっていました」


「フィルさんは天才ですが、テレジアさんも天才です。少なくとも剣術に関しては。彼女が騎士科に入らなかったのは、家是で女が騎士になることはできないからだ、とうかがいました」


「つまり魔法の天才と剣術の天才の対決ということね」


 果たしてどちらが? とは口にはしないが、皆が心に抱いている言葉である。

 緊張感が闘技場を包むが、それが最高潮になると、試合は始まった。

テレジアは木刀を構える。


 上段だ。しかも木刀は持参でオクモニック家の銘がある。目は殺気に満ちており、まるで真剣を構えているかのようだった。


 剣術の心得がないフィルは正眼にかまえる。これが一番、対応できそうだと思ったのだ。


 ローエンはフィルの作戦を正しいと思ったが、それでもフィルはテレジアの初撃に即応できなかった。


 彼女が木刀を振り下ろしても一秒くらい、きょとんとしていた。

 通常、その時点で負けであるが、フィルに一撃が振り下ろされることはなかった。

 肩口に振り下ろされた一撃をあっさり跳ね返してしまったからだ。


 フィルが攻撃をはね除けられたのは、ひとえにその動体視力のお陰だった。フィルはテレジアの一撃をスローモーションを見るかのように観察していた。


 そしてフィルの筋力は尋常ではない。


 テレジアの一撃が間近に迫ってから行動に移しても、十分間に合うほどの剣速を持っていた。


 フィルはテレジアの振り下ろした木刀めがけ、自分の木刀を当て返す。

 思いっきり返せば木刀ごと粉砕する自信があったが、それは駄目。

 あまりにも圧勝しすぎると目立つし、それにテレジアのプライドも傷つける。


 理想としてはなんとか辛勝できる程度がいいのだが、そんなに器用なことは無理だ。


 なのでフィルは負けることにした。

 正直、剣術試合で負けたところで痛痒も感じない。


 ここで勝ってしまうと一生、テレジアにつきまとわれそうな気がしたし、ここでテレジアに花を持たせて和解するに越したことはない。


 ただし、明らかな手抜きはしない。彼女にも自尊心はあるだろうし、ある程度接戦を演じてから、あまり痛くない一撃をもらい、


「や、やられたー!」


 と負けを宣言するのがいいだろう。


 そう思ったフィルは、あまり痛くない一撃を待つが、それはなかなかやってこなかった。


 テレジアの一撃は皆、急所を狙ってくるからだ。


 頭、目、首、喉、心臓、内臓、どれも必殺の一撃だった。わざと喰らうわけにはいかない。


 フィルはその攻撃すべてを反射神経と怪力でいなす。


(……この子はボクを殺す気まんまんなのだろうか)


 それともフィルならばこの程度の一撃、避けると信頼されているのだろうか。

 それは定かではないが、フィルにも限界がやってくる。


 もともと剣術など初めて、今までは身体能力でカバーしてきたが、それも終わる。


 テレジアはさすがに剣術を幼い頃から修練しているらしく、いつの間にかフィルを壁際に追い詰めていた。


 このままでは一撃、いいのをもらってしまうかもしれない。

 フィルは痛いのが嫌いだ。かなり嫌いだ。


 幼い頃、木の上から落ちて骨折してしまったことを思い出す。もしもテレジアの一撃を食らえば骨折ものだ。


 そう悟ったフィルは、軽く反撃する。

 間合いをもとに戻して仕切り直し、と思ったのだ。

 それには相手を吹き飛ばすのが一番、と木刀に魔法を付与する。

 風魔法だ。

 斬属性を解除し、吹っ飛ばし属性を付与すると、それを振るう。

 その姿を見ていたテレジアは叫ぶ。


「な、なに、この子、付与魔法が使えるの!?」


 周囲の生徒も口にする。


「ま、まさか、魔法武器以外に付与魔法を付与するなんて、魔法剣士科の子でも難しいのに」


 そんなものなのか、と聞き流すが、フィルが魔法を付与した剣を横なぎにしたとき、周囲の人間はさらに驚く。



 ばびゅん!



 と突風が巻き起こると、防御したはずのテレジアの身体が吹き飛ぶ。闘技場の端から端に。


 いや、テレジアの身体は闘技場の反対側の壁に激突する。


「ぐ、ぐええ」


 と白目を剥き、倒れるテレジア。


(あ、やばい、やり過ぎた)


 中央に押し戻し、仕切り直しをしようとしただけだったのに、テレジアは一撃で戦闘不能になってしまった。


 淑女にあるまじき悲鳴を漏らすと、ぴくぴくと痙攣している。

 その一撃を見ていた同級生たちは感嘆の声を上げる。



「す、すごいですわ! 礼節科一の剣士を一撃でやっつけるなんて」

「実技試験100点はまぐれではなく、実力でしたのね」

「魔法使いではなく、賢者ですわ。フィルさんは小さな賢者です」



 そのような感想が聞こえてくるが、フィルとしては頭をかきながら、こう言うしかない。


「ま、まぐれだよ? 今の突風は自然のものだから、風精霊さんがくしゃみをしただけだよ」


 クラスメイトはその言葉を謙遜としか受け取らなかった。


 ことあるごとに普通の女の子を主張するフィルであったが、その言葉を信じているのはもはやこの学院にひとりもいなかった。


 こうしてフィルの実力は本物であると学院中に広まり、認知される。

 噂を聞きつけた他の学科の教師。


 騎士科、戦士科、魔法科、魔法剣士科、冒険科、その他、複数の武力を重んじる学科の教師に勧誘を受けるが、フィルはこういうしかなかった。


「ボクは普通の女の子ですから!」


 ただし、その戯れ言を信じたものは誰もいなかったという。

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