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意地悪な男爵令嬢

 王立学院の女子寮、白百合寮はいくつもある寮の中でももっとも格式と権威があるのですわ、とはそこのメイドさんの言葉だった。


 なんでもこの寮は学院が創設された当初からあるらしい。もちろん、何度か建て替えはされたが、それでもずっと同じ場所に立ち続け、多くの学院生がここで寝食をともにし、世に羽ばたいていったとのこと。


 たとえば3代前の女王さまもこの学院に通っており、この寮で暮らしていたとか。

 ならば次の女王様も一緒だね、思わずそんな言葉を出してしまうが、シャロンはそれを冗談と受け取ったのだろう。笑った。


「そうですね。もしかしたらそうなるかも。そうでなくてもこの学院は多くの后妃を輩出しています。この国の内外問わず。そう言った意味ではフィルさんも名を残されるかもしれません」


「それはないかな。ボク、数か月したら山に帰るしね」


「ならば山で一番の淑女となることでしょう」


 とシャロンは結ぶ。

 次いで彼女は白百合寮を案内してくれた。


 まずは寮の一階。一階には来客用の受付、それに応接室、生徒たちが使える談話室、食堂、厨房、洗濯室に使用人たちの部屋などがあった。


 生活に必要な施設全般と共有スペースがあるらしい。


 使用人や寮長室以外は自由に立ち入ってもいいが、厨房などは食糧が保存されているため、むやみに立ち入るとつまみ食い常習犯と見なされるとのこと。


 つまみ食いで捕まれば寮長室で正座をさせられ、反省文を何十枚も書かされるらしい。


 気を付けねば。


 二階と三階は寮生たちの部屋がある。初等科、中等科、高等科、それぞれごちゃまぜであるが、席次上は高等科の生徒が偉いので、敬意を払うとのことだった。


 挨拶を欠かさず、風呂などの順番も譲らなければいけないらしい。


 爺ちゃんも、

「目上のものには敬意を払うものじゃ!」

 と何度も言っていたのでそのシステム自体は納得である。


 ただ、上級生と下級生が同室となり下級生が上級生の世話をする、というシステムが納得いかない。姉妹制度というらしいが、なぜ、そのようなことをしなければいけないのだろうか。


 シャロンいわく、それが伝統とのことだが。


「まあ、その辺は気にしないでください。フィルさんは中途入学なのでそのシステムの例外ですし、姉があてがわれるのはもう少し先かも」


 とのことだった。

 まあいいか、と納得すると、フィルは自分の部屋に案内される。

 確かにその部屋はふたり部屋でベッドがふたつ、机もふたつあった。

 部屋にはシャワー室などもある。


「ここは基本、寝泊まりしたり、勉強するだけの部屋ですね。備品は過不足なくそろっているはずですが、なにか足りないものはありますか?」


 と尋ねるシャロンだが、フィルはすでにベッドの上で飛び跳ねていた。

 びよん、びよん、ベッドのスプリングと戯れている。

 注意するとすぐに止めた。


 その代わり疲れたので寝るー! と、うつぶせになると、9秒くらいで寝息を立てる。


「まったく……」


 とシャロンは溜息を漏らす。これから部屋の鍵などの説明をしなければならなかったのだが。


 だがこのように無警戒に、気持ちよさそうに寝る少女を起こすことはできない。

 鍵や諸注意などは明日話すか。

 そう思ったシャロンは彼女に毛布を掛けると、静かに部屋を出た。

 フィルは眠る。ぐっすり眠る。


 フィルの体力は馬車馬並みであったが、山から出てきて色々なものを見、色々な経験をした。今日も慣れぬ学校暮らしで精神を疲弊させていた。


 身体こそ元気であったが、脳のほうが悲鳴を上げている。

 フィルは全身をリフレッシュさせるため、それから朝まで眠り続けた。

 途中、夕飯を食べていないことに気が付いたが、それでも再び眠る。

 夕飯は夢の中で食べればいいか。むにゃむにゃ。

 夢の中で出てきたのはセリカの作ってくれたシチューだった。

 山羊の肉がたくさん入っていた。





 朝、起きるとフィルはシャロンに案内され、食堂に連れていかれる。


 昨晩は夕食にありつけなかったから、さぞおなかが空いていることでしょう、と言われたが、その指摘は的を射ている。


 フィルの背中とおなかはくっ付きそうであった。

 ぎゅるぎゅる~、という音がこだまする。

 なので食堂に行くと、用意されたサンドイッチをあっという間に消し去る。


 その速度はとても女の子のそれではなかったので、周囲のものはもちろん、シャロンは目を丸くしたが、食堂のおばちゃんは「元気なお嬢様だね」と頬を緩めた。その後、お代わりとして特大のサンドウィッチとデザートをもらうと、それも平らげ、両手を合掌させ、


「ごちそうさまでした!」


 とお礼を言う。


 その声は厨房のおばちゃんに届いたのだろう。「あいよー」という小さな声が聞こえた。


 食事を終えると、寮を出る。


 昨日から制服のままだが、まあ、着替えは不要だろう。フィルはあまり汗をかかない。セリカなどにフィルの汗は柑橘系の匂いがしますと言われるし。


 セリカにばれて怒られたらそのときはそのときだ。

 そんなことを思いながら、鞄を持ち、登校。


 フィルは朝一番で起き、最初にご飯を食べ終えたので、この寮では一番乗りの登校だ。


 校舎への道は人でまばらだった。

 小鳥たちのさえずりだけが響き渡る。

 朝の心地よい陽光がフィルを包み込む。


 良い朝だった。この世界に最良の入学二日目というやつがあれば、このような天気を指すのだろう。そう思ったが、それも永遠には続かなかった。


 後ろから小走りにやってくる存在に気が付く。


 最初はセリカかと思ったが、すぐに違うと気が付く。侯爵令嬢である彼女はこのようにはしたなく走らない。


 それにその走りからは如実に敵意のようなものを感じた。

 まるでフィルを捕食しようとしているドラゴンのような悪意を感じた。

 振り返るとそこには昨日、フィルに喧嘩を売ってきた少女がいた。


 名をテレジアと言っただろうか。テレジアはフィルが自分に気が付いたことに気が付くと、ぴしり! と指を伸ばしてくる。


「さすがは山育ちの田舎者ね。人の足音を聞き分けるなんてネズミみたいじゃない」


 反論する前に彼女は続ける。


「わたしの名はテレジア。先日はお世話になったわ。だけどやられてばかりじゃなくてよ。このままでは男爵令嬢の名がなく。というわけで勝負よ!」


「勝負?」


 勝負ってなにをすればいいのだろう。

 山での生活が浮かぶ。


 お猿さんたちとは木登りの速さを、熊とは相撲を、鳥たちとは飛躍力を競ったことはあるが、だんしゃくれいじょーと勝負をしたことはない。


 手を反り返して口元に添え、「おほほほー」と高笑いを上げる勝負をするのかな。そんな想像が浮かんだが、それは外れていた。


「勝負とは剣術に決まっていますわ。あなたは魔法の天才児かもしれませんが、我がアードノス男爵家は武門の家柄、剣の勝負なら負けません」


「ほえ、剣か……」


 たしかにフィルは剣が苦手だ。子供の頃からダガー以上に長いものは持ったことがない。爺ちゃんの教育方針だからだ。


 剣ならばたしかにテレジアが勝てるかもしれないが、でも、剣の勝負などどうすればいいのだろうか。この学院では決闘は駄目だとセリカが言っていたような。


 素朴な疑問を口にすると、テレジアが答えてくれる。


「当然ですわ! この学院で私闘は厳禁! でも、授業での勝負は別。わたしたちは礼節科に通っていますが、礼節科にも剣術の授業はあるのよ。というか、今日の授業表を見ていないの?」


 と言われて一週間の予定表を見るが、たしかにそこには剣術の項目があった。


「礼節科の娘は多くが貴族に嫁ぐ。本人に剣術の素養は不要でも、子供に必要になるかもしれない。また、夫を見る目を養うという意味もある」


 ご高説ありがたいが、なぜ、勝負をしなければいけないのだろう。


 と質問をすると、

「それはわたしとあなたが宿命のライバルだから! ですわ!」

 と高笑いを始めた。


 その後、登校中の生徒の注目を集めたのでやめたが、最後にこんな台詞を残す。


「いいこと、必ずほえ面を書かせてあげるからね。ぎゃふんといわせてやる」


 ぎゃふんなんて本当に言う人いるのかな。そんな疑問を感じながら、フィルはテレジアの背中を見送った。

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