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寮のメイドさん

 フィルたちは学院の校舎を出るとそのまま南に向かった。

 フィルが住まう予定の寮は学院の南にあるのだ。

 同じ敷地内だからすぐかと思ったが、意外と遠い。

 この学院は敷地面積がとんでもなく、フィルの住んでいた山よりも大きかった。

 もっとも平地にあるため、難儀はしないが。


 フィルにとって舗装された道など、魔法の絨毯のようなもの。なんの苦労もなく歩ける。むしろ、歩きの遅いセリカに歩調を合わせるほうが辛かった。


 その苦労は一〇分後に報われる。

 校舎から出て約十分後、寮と思わしき建物が見えてきた。

 いくつもである。


 いったい、あの建物のうちどれが寮なのだろうか、考察したが、セリカがすぐに教えてくれる。


「あの建物はすべて寮ですわ。この学院は生徒だけでも数百人住んでいます。出入りの教師や業者などを含めるとその規模は小さな町。必然的に宿舎は多く、立派になります」


「なるほど」


「ちなみに寮は東と西に別れていて、男女別々です。右手にあるのが女子の住まう一角ですね。それぞれ花の名前が付けられています。手前から赤薔薇寮、秋桜寮、桜寮、藤棚寮などです」


「おお、ちなみにボクが住むのはどれ?」


「あそこにある建物ですね、屋根が白いやつです」


「白百合寮だ」


 建物の看板に名前が書かれていた。


「フィルさんは目が良いですね」


「うん、鷹よりも目が良いって爺ちゃんが言ってた」


「羨ましいですわ。わたくしは遠くのものがよく見えません」


「そういえば白百合ってセリカと同じ名前だね」


「それはわたくしの二つ名ですね」


「白百合の匂いがするから白百合の君なの?」


「さあ、それはどうか分かりませんが、我がセレスティア侯爵家の家紋は白百合です。また、あの白百合寮を寄贈したのも我が家です」


「なるほど! だから白百合の君で、白百合寮なのか」


「安直ですね」


 他人事のように笑うと、セリカはそのまま白百合寮に入った。

 フィルも続く。

 白百合寮の庭にはたくさんの白百合が植えられていた。





 寮に入る。立派だ。

 少なくとも爺ちゃんの工房よりも広く、綺麗だった。

 今日からここで寝泊まりするのかと思うと、ちょっとドキドキである。

 セリカが受付にある鈴を鳴らすと、奥からメイド服を着た女性がやってきた。


 彼女は、

「初めまして」

 と、にこやかに頭を下げる。直角に、一〇秒くらい。


 顔を上げると自己紹介を始めた。


「わたしはこの寮のメイド、シャロンと申します」


「これはご丁寧に、わたくしはセリカ・フォン・セレスティアと申します」

「まあ、白百合の君さま」


 と唇に手を添え、驚く。


「この寮はセレスティア侯爵家に寄贈された建物なのですよ」


「先々代の当主が贈ったという話はうかがっています」


「してそのような身分のお方が今日はなぜ?」


「それはわたくしの身内。――妹のように目をかけている少女が今日、入寮するので付き添ってきました」


「入寮……たしかフィルという女の子が入寮すると寮長さまからうかがっています」


 この子がフィルさんでしょうか? メイドのシャロンはセリカの後ろに隠れているフィルを覗き込んでくる。


「ええ、この子がフィルです。フィル、なにを怯えているの? いつものように挨拶なさい」


 そううながされてやっと一歩前に出る。


 フィルは基本的に人見知りはしないが、シャロンは他の生徒とは違う格好をしていたので観察してしまったのだ。フィルたちと同年代と思われたが、彼女はフィルたちとは違う制服を着ている。


 メイドと名乗る少女にそのことを尋ねてみる。


「初めまして、シャロン。シャロンはどうしてボクたちと制服が違うの?」


「ああ、これですか」


 シャロンは気を悪くした様子もなく、メイド服の裾をつまむ。


「これはメイド服というのです」


「メイド服?」


「メイドというのは上流階層に仕える女の使用人のことですね。女中ともいいます。みな、わたしのような格好をし、雑用などをします」


「なるほど」


「わたしはこの学院に仕えるメイドです。この寮専属ですね。この学院の寮生が快適に暮らせるようにサポートするのがお仕事です」


「おお、すごい」


「というわけで、フィルさん、困ったことがあったら、なんでも尋ねてくださいね」


 屈託のない笑顔で言うシャロン。

 フィルはさっそく尋ねる。


「シャロンがメイドだって分かったけど、その頭に付けているひらひらはなに?」


 仕事内容でなく、尋ねるのはそこか、と思ってしまったシャロンだが、快く答える。


「これはホワイトプリムというものです。メイドさんの帽子のようなものですね。昨今、これを省略するメイド服が多いですが、それは邪道」


「邪道?」


「粋ではないということです。無粋です。そもそも、メイド服というものは雇い主がその財力と権勢を世間に示すために作ったもの。制服を統一することにより、連帯感を醸成するためにあるのです。なのに肝心のホワイトプリムを省くなんて、本末転倒もよいところ。それはハンバーガーからトマトを抜くような行為だと思いませんか?」


 そのメイドさんの主張に沈黙するふたり。

 どちらもメイド服のこだわりはない。

 そもそもフィルは初めて見たし、セリカはトマトが苦手だった。


 ただ、それでも熱心にメイド服の素晴らしさを語る少女に反論することなどできず、その後、10分ほど講義を受けると、ふたりはメイド服の種類と部位を全部覚えた。


 セリカは役に立たないし、常識ではないので、忘れてもいいと言ったが、たぶん、数年は忘れないだろう、そう思った。


 そういえば自分たちはなにをしにきたのだろう。メイド服を愛でにきたのだろうか、そんな感想が芽生えると、セリカは思いだしたかのように口を開いた。


「そうでした。わたくしは付き添いにきたのでした。話がそれましたが、この子、フィル様の入寮手続は済ませてあると思うのですが、今日から入寮可能ですか?」


 メイドも本来、働き者にして有能を自負するもの。即座に肯定する。


「ええ、もちろん、すでに話は届いておりますし、ベッドメイクも済ませてあります。業者から身の回りのものなどが届いていますが、すべてクローゼットの中にしまってあります」


「さすがはシャロンさんです」

 

 というと彼女は「えっへん」と胸を張った。


「それでは今からフィルさんを案内しますが、セリカさまも一緒にこられますか?」


「是非そうさせてください、といいたいところですが、先約がありまして」


「先約って用事のこと?」


「そうですね。実は家に帰ってやらなければならないことがあります。無事、寮に送り届けられましたし、わたくしはここまでで」


 それは寂しいことであるが、用事があるのならば仕方ない。


 それにフィルはもう立派な大人だった。寮の説明くらいひとりで聞けるし、夜、ひとりで眠ることもできる。


 そう思ったフィルは、大きな声で、

「セリカ、ありがとう!」

 と微笑んだ。


 セリカはどういたしまして、と会釈し、寮を出て行った。


 後ろ姿もぴんとしており、まるで一輪の白百合のようである、とはシャロンの言葉だが、それにはフィルも同意だった。


 互いに頷いていたが、シャロンはすぐに自分の役目を思い出す。

 フィルに寮を案内するのだ。

 そのことを伝えるとフィルは子供のように無邪気に喜んだ。

 しかし、なぜかうずうずする自分を戒めている。

 おトイレでも我慢しているのかな、と尋ねたら違うようだ。


「実は今、シャロンをパフパフしたくてしょうがないの」


 と彼女は正直に話すが、パフパフとはなんだろう。尋ねても教えてくれなかったので深く聞かなかったが、その後、我慢できない! 


 と、胸を揉まれた。


「やっぱりシャロンは女だったか。そうじゃないかと思った」


 と、にこりと言った。


 なるほど、これがパフパフか。非礼であるが、怒りはしない。先ほど、別れ際にセリカに耳打ちされたからだ。


 この子には常識はありませんが、悪気も一切ありません。

 とても良い子なのでなにとぞ、お許しを。


 寮の寄贈者の子孫であり、侯爵家のゆかりのものにこの程度で怒ったりしては損であるので怒らないが、それでも今後、誰彼かまわずパフパフするのはよくない。


 それに彼女はパンパンもするという。それは伝統と格式のある白百合寮には相応しくない行為。なので間接的にそれを止める。


「フィル様、この寮に住まうものは使用人も含め、みな、女ですからね」


「分かった!」


 彼女は無邪気にうなずく。

 セリカは彼女に邪気はないと言うがその言葉に嘘はないようだ。

 フィルの心には邪気どころか淀みが一切なく。天使そのものの心を持っていた。


 こうしてこの白百合寮に天使が舞い降りたわけであるが、さて、その天使をどこから案内すべきか。シャロンは迷った末にその場所を決めた。

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