白百合の君
授業が終わる。本日は半日授業というやつで午後の授業はなかった。
授業が終わると皆、鞄を持ち、家に帰る。
王都内から通っているものは馬車、あるいは徒歩で帰る。
寮に住んでいるものは歩いて寮まで行く。
彼女たちの後ろを付いていけば帰れるような気がしたが、それは明日以降。今日はセリカと待ち合わせをしていた。
彼女と寮に行く約束をしてるのだ。
フィルは約束通り、今朝、待ち合わせ場所に指定した聖女像前まで行く。
聖女像とはこの国の国教・聖教会の聖人のひとりである。
マグダラといっただろうか。
なんでも数百年前に実在した人で、王都の民を守るためにその身を捧げた偉い人らしい。その笑顔は慈愛にあふれている。
今朝見たとき、とても優しそうな人だな、と思ったのを覚えていた。
その印象は今も変わらないが、今朝とはちょっとした変化があった。
空いていそうだからと指定した聖女像前、事実、今朝は誰もいなかったのに、今は黒山の人だかりだった。
その中心にはセリカがいて困った表情を浮かべていた。
「ああ、セリカ様、相変わらずお美しい」
「……ありがとう。あなたも素敵よ」
「セリカ様の髪は相変わらず綺麗です。まるで太陽の光を紡いだかのよう」
「あなたの金髪も綺麗よ」
セリカは王立学院の生徒たちに取り囲まれ、褒められている。
最初、褒めるとクッキーでもくれるのかな、と思ったが、そうではないようだ。
いつのまにか横にいたクラスメイトが教えてくれる。
「どうもー、クラスメイトのシエラです」
「こんにちはシエラ」
「花嫁科ではごきげんようですよ、フィルさん」
「そだった。てへへ」
「まあ、それは教師の前だけ。放課後はどうでもいいのですが。ところでフィルさん、セリカ様のあの姿、気になりますか?」
「なるなる。あの人だかりはなに? セリカから樹液でも出てるの?」
樹液に群がるカブトムシを想像する。
「はっはっは。まさか。でも山育ちのフィルさんらしい表現だ。今度、学内新聞の見出しに使わせて頂きましょう」
彼女は大声で笑うと、真実を教えてくれる。
「彼女は王立学院魔法科中等部に通う才媛なのですが、その人気は絶大なのです。初等部の子はもちろん、同じ中等部、いえ、高等部の子たちからも、「お姉さま」と呼ばれ慕われています」
「ふーん」
「興味がなさそうですね」
「そんなことないよ」
「じゃあ、続けますか。彼女は中等部なのにこの学院の人気を独占、特に女子からの人気が高く、「白百合の君」などと呼ばれています」
「そういえばセリカは白百合の匂いがする」
「みたいですね。同性からはお姉さまと慕われ、異性からは求婚される毎日だそうです」
「女の子ばかりだけど」
セリカを囲んでいる女生徒たちを見る。
「それは親衛隊のお陰でしょう。彼女に言い寄る異性はまず親衛隊と呼ばれる非公認の組織に妨害されます」
よく見えれば腕に「お姉さま命」「白百合の君・親衛隊」と書かれた生徒が何人かいた。
「ふぁ!? すごいね、セリカは」
「すごいのです。そんなセリカ様と一緒に帰ろうだなんて、フィルさんは勇気がありますね」
「勇気もなにもセリカに呼ばれてるしなあ。そもそも、ボクたち姉妹だし」
フィルはそう言い切ると、セリカの名前を大声で呼ぶ。
「おおーい! セリカー! じゅぎょーおわったよ!」
その声を聞いたセリカはフィルのほうへ向く。
花が咲いたかのような笑顔をした。
セリカは周囲の生徒をふりほどくと、フィルのところまでやってくる。
彼女はこう言った。
「お待たせしましたわ、フィル様。さっそく、寮に向かいましょうか」
「うん!」
と、頷くとそのまま去る。
その姿をセリカのファンは呆然と見送っていたが、すぐにこんな感想を浮かべる。
この子はなにものなんだ?
と――。
詮索が始まる。
情報交換が始まる。
すぐにフィルが礼節科の初等部に入学した新入りであると分かるが、問題なのは「お姉さま」であるセリカにどうしてあんなにも馴れ馴れしいか、ということだった。
それにセリカのほうもフィルに対して親しげ過ぎる。
あのような笑顔、他の生徒には決して向けない。
セリカのファンたちは、紛糾に紛糾、議論に議論を重ね、抜け駆けしてお姉さまに近づく物は死、という結論に至ったが、それはいけない、と思ったシエラがこう言った。
「いやね、あたしは礼節科の級友で、セリカ様ファンじゃない中立の人間なんだけどね」
と前置きした上でフィルをかばう。
「あの子はとある山からやってきたちょっと常識のない子でね。訳あってセレスティア侯爵家が後見人をやっているんだ。あの子はセリカのことを実のお姉ちゃんのように思っているだけだよ。君たちのように惚れているわけではない」
と説明すると、なんとかその場は収まった。
さらに追撃する。
「あの子がセリカ様のお気に入りなのは変わらないし、逆にあの子を可愛がれば、セリカ様の覚えもめでたくなるんじゃないかな」
その言葉を聞き、女生徒たちの目がぎらりと光ったとか、光らなかったとか。
それはさだかではないが、翌日以降、フィルは廊下を歩いているとクッキーなどをもらうようになっていた。もちろん、毒は入っていない。
ともかく、クラスメイトシエラの機転でフィルは孤立せずに済んだし、より多くの友人を得ることになった。
フィルはそのことを知らなかったが、同級生の新聞部部員シエラとは友人と呼べるような関係になる。
シエラは学内新聞を配る活動に命を捧げているが、シエラはジャーナリストとしてフィルに興味を覚えていた。
この時期にやってきた常識知らずの入学生。
その見目は麗しく、学院のお姉さまとも知己。
ふたりに恋愛感情はないようだが、その裏にはもっとすごいものがあるような気がした。
それを暴き出し、新聞に載せる。
それが目下の目標であったが、それと同時にこうも思っていた。
あの天真爛漫な少女と友達になりたい、と。
好奇心の塊のようなシエラにとってあの銀髪の娘は興味の尽きない存在だった。
学院創設以来の実技の成績。
山の奥から都会にというギャップ。
入学初日、引き戸を押し戸と間違えて破壊してしまう破天荒さ。
どのエピソードも最高にそそる。きっと彼女はこれからもシエラを。いや、この学院の関係者全員を楽しませてくれること必定だった。




