ふ、普通の女の子だよ?
セリカと別れ、ひとり教室へ向かう。
フィルの通う礼節科は校舎の一階にあった。
なんでも礼節科は非力なお嬢様ばかりなので階段の上り下りをさせない処置らしい。
階段なんて山育ちのフィルには舗装された道路のようなものであったが、非力な女の子には辛いもののようだ。
変なの。
と思いつつも教室のドアを叩く準備をする。
ドアの前に立つと固唾を飲む。
ノックというやつをするからだ。
ノックは数週間前、セリカと初めてあったときに教えてもらった。
他人の部屋におもむくとき、入っていいか尋ねる儀式、それがノック。
この教室の中にはフィルの知らない人たちがたくさんおり、ノックをし、入室していいか尋ねるのが「普通」であったし、「淑女」の基本であろう。
なのでノックをするが、それにも細心の注意。
なにしろフィルは爺ちゃんの部屋をノックするときもその力でドアを破壊してしまったほどだ。普通の女の子はドアを破壊しないことくらい、フィルも知っていた。
ここは最小限の力でドアを叩く。
こんこん
小鳥のとまっている木々を軽くする揺らすくらいの気持ち。決してドラゴンと対峙するときの力は使わない。
そんな気遣いが奏功したのだろうか、フィルはなんとかドアを破壊せず、中からこんな声をもらう。
「どうぞ」
という声だった。
軽やかな女性の声だった。
もっともパンパンしたわけではないので自信はなかったが。
ただ、中に入っていいことは分かったので、遠慮なく入ることにする。
フィルはドアを軽く押し、中に入ろうとする。
しかし、ドアは開かない。
「なんでだろう?」
と首をひねっているともしかしたら引くのか、という結論に達する。
なので引くが、ドアは開かなかった。
なんでじゃろう? と思っていると、再び中から声が。
「フィルさん、どうかされましたか? 中に入ってきていいのですよ?」
担任の教師と思われるその声は焦ってはいなかったが、フィルは焦っていた。
押しても開かない引いても開かない。このままではドアひとつ満足に開けられない子だと思われてしまう。
それは普通の子を目指すフィルとしては初っぱなから大きなマイナスだ。
そう思ったフィルは力一杯ドアを押した。
すると、
どっか~ん!
という音がこだまする。
力を込めすぎたせいでドアが壊れてしまったのだ。
ドアは勢いよく室内に飛び込み、散乱する。
その姿を唖然と見守る担任教師、それとクラスメイトたち。
空気を読めないことで定評のあるフィルも、彼女たちの視線の意味を悟った。
フィルは慌てて弁明するため、抗弁する。
「ち、違うの、今のは立て付けが悪かっただけなの! そ、それと窓から強風が吹いただけなの!」
「………………」
その弁明を沈黙によって見守られる。
こんなときはどうすればいいんだろう。
フィルはセリカの言葉を思い出す。
そういえば彼女は最初の挨拶でその人物の印象が決まる、と言っていた。
ならばここはこう言い訳をしておくべきだろう。こう自己紹介しておくべきだろう。
「……ええと、ボクの名前はフィルです。ご、極々普通の女の子だよ……?」
最後はなぜか疑問系であったが、このクラスの生徒たちはこう思っていた。
(((うそだー!)))
と。
なかなかに連携の取れたクラスである。
こうしてフィルはクラスメイトとファーストコンタクトを果たしたわけであるが、その印象を後日、彼女らから聞くとこのような感じだったらしい。
「常識知らずの野生児、あらわる!」
と。
ただ、こうも思ったらしい。
「なかなか綺麗な子がやってきたな」
とも。
いきなりドアをぶっ壊して教室にやってくるフィルであったが、その破天荒さはともかく、見た目は噂どおりの人物だったらしい。
フィルは入学前から噂の的だったのだ。
学院創設以来、最高の実技成績を収めた美少女がやってくる、と。
フィルのその容姿は器量よしの多い礼節科でも際立つほどであったらしい。
その銀色の髪は同世代の女の子の憧れを詰め込んだみたいに奇麗だとか、その顔立ちは学院の中でも上位にランクされるとか、色々とお褒めをもらった。
祖父は人間、見た目ではなく、中身とのことだから、容姿を褒められてもそこまで嬉しくなかったが、それでも少しこそばゆい。
さて、話がずれたが、こうして初っ端からやってしまったフィル。だが、気にしたりはしなかった。やってしまったものは仕方ない。後悔先経たず、今さら誤魔化すこともできない。
なので愛想笑いを浮かべると、周囲を観察した。
まずは担任と呼ばれている女性を見る。
(……いや、オンナだよね?)
いまだに性別を見分ける自信のないフィル。担任の教師は髪が長く、胸もあり、優し気な感じがした。少しふくよかであるが、それは胸がでかいからだろう。胸にスイカを抱えているようであった。
たぶん、女性である。パンパンはできないので女性だと仮定して話を進める。
彼女は自分の名を名乗る。
「私の名はミス・オクモニックです。フラウ・フォン・オクモニック。今日からフィルさんの担当教師になります」
穏やかでたおやかな笑顔、一目で気に入ってしまった。たぶん、この人はいい人。全身から善い人オーラを発している。
一方、生徒たちのほうはというと、こちらも全員女性のようだった。
礼節科は女の子しか入学できないとセリカは言っていたし、皆、セリカと同じ制服を着ている。皆、興味深げにフィルを見ていた。
フィルは感慨深げに彼女たちを見る。
「この子たちがボクの級友になるのか……」
入学するとき、どうせ学校で勉強するならば同じ学び舎で学ぶ人間たちと友達になる、と目標を定めたフィル。具体的には友達を百人作る予定であった。
山に帰れば100匹の動物たちが友達としているから、下界でも同じくらい友達を作りたかったのだ。
名付けて友達100人計画!
さてはて、『ちょっと』常識知らずであるフィルにそんなに友達ができるか、それはまだ定かではないが、フィルは満面の笑みで再び挨拶をした。
大きく頭を下げながら言った。
「ボクの名前はフィル! 改めてよろしくね!」
と、その大声を聞いた級友たちは、等しくフィルに好意を抱いてくれたようだ。
山でもそうであったが、元気な挨拶というやつは、都会でも通用するものらしい。
まだ常識を知らぬフィルであったが、幸先のいいスタートを切ることができたようだ。