外伝 金魚
セリカは一人で金魚すくいに挑戦していた。一人といっても少し離れた所に護衛の騎士たちがいた。彼らは顔には出さなかったがセリカを遠くから応援していた。何故セリカが金魚すくいをしているのか。それは数日前のフィルの一言であった。
「ボクが部屋にいない間、金魚が一匹で寂しそう」
ぽつりと小さく言った。まるで自分自身に重ねているようなそんな響きがあった。セリカはフィルにもう金魚の友達をプレゼントしようと放課後に金魚が売っているというペットショップに向かった。まずは熱帯魚や金魚が売られている水槽のスペースで金魚を吟味した。何個も水槽がありそれぞれの水槽に金魚たちが泳いでいた。赤色、黒色、白色、よく見かける金魚やふっくらした金魚などがいて見飽きることはなかった。しかし、セリカの琴線に触れる金魚はいなかった。セリカは店員を見つけると話しかけた。
「すみません。水槽にいる金魚以外にも金魚はいませんか?」
「申し訳ありませんが、水槽にいる金魚しかいません。今日仕入れたばかりで、新しい金魚が届くのは来週ですね」
「そうでしたか……。お忙しいところありがとうございます」
「いえいえ、気に入った金魚を大切に育ててくださった方が我々も嬉しいですから」
セリカは店員に優雅に淑女のお辞儀をすると水槽のスペースから出た。出たちょうどの所に金魚すくいの旗が立っていた。旗の下を見ると金魚すくいの水槽があった。セリカはそれを覗き込んだ。元気に泳ぎ回る小さい金魚やゆっくり泳ぐ黒い金魚。水面近くにいる金魚もいれば水槽の底にいる金魚もいた。セリカは自分の近くの金魚を見終わると遠くにいる金魚を見た。
「まぁ! 素敵な金魚さん!」
離れた所で泳いでいた金魚にセリカは目を奪われた。その金魚は真っ白な鱗に形の整ったヒレを持ち優雅に泳いでいた。セリカは店員さんを呼びに行った。
「すみません。金魚すくいがしたいのですが……」
「金魚すくいですか?」
店員は目を白黒させた。セリカのようなお嬢様が金魚すくいをやるとは露にも思っていなかったらしい。
「今日は金魚すくいをしていないのでしょうか?」
「いえ、やってますよ。少々お待ちください」
店員は金魚すくいのポイとすくった金魚を入れる小さな桶を取り出した。セリカと店員は一緒に金魚すくいの水槽の前に行った。
「こちらの水槽の中にいる金魚なら買取ができますよ」
「いえ、金魚すくいでとります。……実はやってみたかったんです」
セリカは恥ずかしそうに微笑んだ。それならばと店員は金魚すくいの成り行きを見守ることに決めた。
「一回シル三枚です」
「一ゴルお渡しします。金魚すくいは初めてなので失敗すると思いますので」
店員が出した手のひらに輝く金色の金貨を置いた。金貨を見た店員は首を傾げた。シルってこんな色だったか? と。
「一ゴル!? いやいや受け取れませんって! レジに返せるほどのシルがありませんから!」
「受け取ってください。この金魚さんに出会えたお礼です。後ほどセレスティア家からもこちらのペットショップに支援させていただきます」
「セレスティア家!? 支援!?」
「金魚をすくうポイという物をください」
「あ、はい!」
慌てふためく店員をそのままにセリカはポイを要求した。店員はポイとすくった金魚を入れる小さな桶を渡すと説明した。
「当店の金魚すくいのポイは、金魚をすくう部分に最中というお菓子の物を取り付けたものになります。ポイですくった金魚はこの桶に入れてください。桶に入れたら連れて帰れます」
「最中の皮を使っているのですね。では、さっそく……」
セリカはしゃがんでポイを金魚のいる水の中に入れた。すると最中は溶け始め、金魚たちが最中を食べようと群がった。何十匹の金魚がセリカのポイを襲った。その光景にセリカは驚きポイを持っていない方の手で口元を抑えた。
「最中が金魚に食べられてしまいましたわ……」
「すみません。この最中、金魚に害がないように金魚も食べられるもので作られてまして……」
「簡単に金魚をすくわれないようにするためですね。なるほど」
セリカは次こそはと店員からポイをもらった。セリカのポイを襲った金魚は浅いところにいた金魚たちのようで、その中には白い金魚はいなかった。白い金魚は近くに泳いでいた。セリカはその金魚の近くにいくとポイを水の中に入れた。他の金魚はもう食べに来ないだろうと踏んで行ったのだ。しかし、水槽の中には金魚はまだまだ沢山いた。さきほどの最中を食べ損ねた金魚がポイに群がった。
「……ちゃんと餌をあげてますか?」
「はい、決まった時間にあげています。……この時間にいつも餌をあげているので、その、今の金魚たちはお腹が空いていると」
店員は申し訳なさそう言うとセリカに新しいポイを渡した。
「餌やりの時間でしたか……。それは失礼しました」
「先に餌をあげてから金魚すくいを始めるべきでした。申し訳ありません。処罰はうけます」
「いいえ、私がお店の事を調べずに金魚すくいをやったからです。ですが、餌の時間ならチャンスですね」
「ありがとうございます。最中を食べに来た金魚をすくうんですね。とても良い案です」
セリカは新しいポイを再び水に入れる。わらわらと金魚たちが集まり嬉しそうに溶けた最中を食べていった。
「金魚さんたちは美味しそうに食べますね」
セリカは新しいポイをもらって、金魚たちの様子を窺っていた。
「このモナカ? 美味しいよ。だから金魚も美味しそうに食べるんじゃない?」
いつも聞いているセリカの好きな声が隣から聞こえた。セリカはすぐに隣をみるとパリパリと最中の皮を食べるフィルがいた。
「フィルさん! どうしてここに?」
「セリカの匂いを追ってきた!」
屈託のない笑顔でフィルは答えた。セリカは驚いたが、フィルの嗅覚が優れていることを思い出して感心した。
「フィルさんの嗅覚は凄いですわ!」
褒められたフィルは凄いだろうと胸を張った。その時にフィルの食べかけの最中からぽろっと大き目な欠片が水の中に落ちた。落っこちた欠片に白い金魚は気が付いたようで食べに水面に泳いで近づいてきた。
「金魚さんが来ました……!」
セリカは慌てず丁寧に白い金魚を目掛けてポイを水の中に入れた。美味しそうに食べてる白い金魚を横から最中の皮で捉えるとすくった。
「すくえました!」
「セレスティア様! 桶に入れてください!!」
セリカは狙った金魚をすくえたことに喜んだ。しかし、ポイですくうだけでは持って帰ることができない。店員や護衛の物たちがセリカに小さな桶に入れるように声を出した。セリカは慌てて小さな桶を探した。見つける前に濡れた最中が金魚の重みで千切れると誰しもが思った。
「はい、桶」
フィルが小さな桶をポイの真下に置いた。水槽に落ちるはずだった白い金魚は小さな桶にちゃぽっと小さな水音をたてて入った。セリカは小さな桶を覗き込んだ。そこにはセリカが狙った白い金魚が泳いでいた。
「やりましたわ! フィルさん、ありがとうございます!」
「セリカ、よかったね」
「店員さん!」
「セレスティア様、おめでとうございます!」
店員は自分のことのように喜び、丁寧に小さな桶を受け取った。持ち帰れるように袋に入れるとお店の中に入っていった。セリカとフィルは店員の後ろについていくと持ち帰り用の袋に入れるところを見ていた。にこにこと嬉しそうに微笑むセリカを見てフィルもにこにこ微笑んでいた。その姿を見た他の客は「微笑む天使が二人、ペットショップに降臨していた。」と噂を広めた。そのおかげでペットショップが繫盛したのはまた別の話。
「はい、フィルさん!」
店員さんから金魚の入った袋を受け取るとセリカはフィルに渡した。フィルは目をぱちくりさせた。
「え? セリカの金魚でしょ?」
「フィルさんの飼ってる金魚さんのお友達を、と思っていましたが……迷惑でしたか?」
「迷惑じゃないよ! セリカ、ありがとう!」
フィルは笑顔で白い金魚を受け取った。二人で白い金魚を見て微笑み合った。店員さんが二匹飼うならと気をつけることを二人に教えた。それを聞いてセリカは水草と水をきれいに保つためのろ材やエアレーションなどを買って帰った。
「仲良くできるでしょうか……?」
フィルの部屋に着くとセリカはさっそく金魚の入った袋を金魚鉢にゆっくりといれた。赤いフィルの金魚が袋越しの白い金魚を見つけてゆっくりと近づいていった。赤い金魚と白い金魚が互いに見つめ合っていた。相性が悪いと攻撃したり、追いかけまわしたりするというのを店員から聞いていたので、フィルとセリカは真剣に金魚たちを見ていた。赤い金魚と白い金魚は間に袋一枚があるとは思えないほど寄り添って休んでいた。
「大丈夫そうだね!」
「そうですね。ふふ、さすがはフィルさんの金魚さんですね」
フィルとセリカは顔を見合わせてほっと一息をついた。この日から白い金魚はフィルの家の子になった。フィルは一匹の時と変わらず甲斐甲斐しく世話をした。
セリカのフィルの部屋に行くたびに元気に泳ぎ回る赤い金魚を見つめるという日課は、赤い金魚と白い金魚が仲睦まじく泳ぐ姿を見つめる日課に変わった。