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閑話 兎とカブトムシ

 王立学院にも夏休みはある。


 寮に住んでいる生徒はせっかくの長期休暇なので実家に帰るが、王都から通っている子供たちは持て余すことが多い。


 いつでも家に帰れると思うとあらためて実家に帰ろうとは思わないようだ。


 セリカなど実家から学院に通っている勢はさらに持て余す。


 家でのんびりする気にもならず、やることもないのに学院に顔を出したりする。


「ふぁ~あ……」


 と淑女にあるまじきあくびをかいたりしてしまう。


 それを見てフィルも「ふぁ~あ」と大口を開ける。


「…………」


 いけない、いけない、これでは示しが付かない、と襟元を正すセリカであったが、暇なのも事実であった。


 夏休みはあと二週間もある。


 このまま自堕落に過ごしては危険と思ったセリカは、なにかイベントをやることにした。


「イベント!」


 フィルは目を輝かせるが、


「夏休みの宿題を集中的に終わらせる会はいかがでしょうか?」


 と提案するとげんなりする。


「うげー」


 とこれまた淑女にあるまじき表情をする。


「夏休みの宿題は大切なんですよ。最終日まで貯めるのはよくありません」


「ちゃんと毎日やってるよ。特に自由研究は力を入れてるの!」


 どんな研究をしているのか、「じゆうけんきゅー」と書かれたノートを覗き込むが、そこに書かれたタイトルは、



「兎さんとカブトムシは同じ檻で飼ってもいいのかな?」



 というものであった。


「…………」


「すごいけんきゅーでしょ?」


「実験中なんですか?」


「うん、今のところ共食いはしてないよ」


「まあ、どっちも草食系ですから」


 よくカブトムシが逃げないな、と思うが、突っ込んだら負けなのだろう。


 そのように思っていると、メイドのシャロンがやってくる。


 彼女は少しだけおこである。


「フィルさん!」


 と腰に手を当て声を発する。


「わ、シャロンが怒ってる」


「なにをしたのですか? フィル様」


「セリカが弁明も聞かずにシャロンについた」


「日頃の行いの差です」


 そのように纏めると、シャロンは苦情を言う。


「食物倉庫に入れてあった人参を勝手に持っていきましたね」


「ぼ、ボクは食べてないよ」


「兎さんに上げましたね」


 兎の話をした直後にしらを切り通せるとは思っていないのだろう、フィルはしゅんと「ごめんなさい」と謝る。


「ちゃんとおっしゃってくださればくず野菜をあげますのに」


「でも、うさぎさんも新しいのを食べたいと思うの」


「そうでしょうが、新しいのは生徒が食べるのです。フィルさんの夕食が減ったら困るでしょう」


「むう、それは困る」


「以後、勝手に持っていかないでくださいね」


「はーい」


 素直に謝るとシャロンは許してくれた。


 その後、小一時間ほど談話するが、それによって気がつく。全員暇なことに。


 セリカとフィルだけでなく、シャロンもやることがないようだ。


「まあ、大半の生徒は実家に帰ってしまったので、仕事がほぼないのです」


「たしかにお世話をする生徒がいなければメイドさんも暇でしょう」


「はいな。というわけで皆さんとスイカ割りをしたいです」


「スイカ割り?」


 きょとんとするフィルに説明する。


「スイカ割りとは目隠しをしてスイカを割る遊びですね」


「食べ物で遊んじゃ駄目なんだよ」


「割った後はちゃんと食べますよ」


「スイカ割り! スイカ割り!」


 意訳するとすぐやろう、ということらしい。


 テンションが上がっているフィルを見たシャロンはさっそく寮からスイカとはちまきと棒を持ってくる。


「おお、これがスイカ割り」


「雅な遊びですね。さっそく、このセリカめが」


「え? ボクじゃないの?」


「いや、だってフィルさんがやったら、スイカが木っ端微塵になっちゃうでしょ」


「そだった」


「そういうことです。なので僭越ながらこのわたくしが」


 と目隠しし、指示をあおぐセリカ。



「まっすぐなの!」

「あは~ん、違うわ。そこじゃない。もっと下よ」」



 スイカが食べたいフィルと面白いものがみたいシャロン、正反対のふたりによってゲームは混迷するかと思ったが、すぐにシャロンの意見を無視すればいいと気がつき、ゲームのコツを掴む。


 セリカはフィルが「そこ」と行った場所に立つと、棒を振りかぶり、それを振り下ろす。


 棒はぶあん、と振り下ろされるが、セリカの剣術の成績はかんばしくない。へっぴり腰の一撃では割れなかった。


 スイカの位置は合っているのだが、へろへろの打撃ではひびすら入らない。


 それを見かねたフィルは、

「もう、見ていられないの!」

 とセリカから棒を奪い取ると、

「えい!」

 と振り下ろす。


 フィルの剣術の腕は一流、さらに天下無双の馬鹿力の所有者。


 そんな少女がスイカ割りをすればどうなるか、自明の理である。


 勢いよく振り下ろされた棒によってスイカは木っ端微塵になる。


「……やりすぎたの」


 てへぺろするフィルであるが、当然、お説教となる。


 小一時間ほど説教をするセリカ。


 それを楽しげに見つめるシャロン。


 三人の夏休みは始まったばかりだった。



 さて、このままではフィルが食べ物を粗末にした悪い子になってしまうので、補足。

 木っ端微塵になったスイカは「スタッフが美味しく頂きました」ので、無問題。



「木っ端微塵になったスイカは兎とカブトムシが食べましたとさ」



 シャロンは「チャンチャン♪」と纏める。 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] フィルの力と速度ならば木っ端微塵にならず、真っ二つに割れる気が。
[一言] 「スタッフ(棒状の武器)が美味しく頂きました」かと思った。
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