魔法適性∞
魔法学院入学試験、午前中の結果。
ロッテンマイヤー家の策略により教養のテストは33点。
入学には3科目総合で200点以上の点数が必要でこの時点で入学は不可能に思われたが、フィルは実技でゴーレムを見事に破壊すると100点の評価をもらった。
これで現時点で総合評価133点、魔力測定で67点取れば入学は決定する。
セリカいわく、それは余裕とのことだった。
魔力測定とは魔術師たちの叡智を結集して作った装置に入り、個人の魔法使いとしての才能を測定するものだった。
目の前に置かれている丸い機械に入り、目をつむっていると機械がそのものの能力を測定してくれる。
正直余裕である、とセリカはもちろん、試験官たちでさえ思った。
なぜならばフィルは先ほど、強力なゴーレムを手玉に取る大活躍をしている。
その際、魔法を使用し、身体強化などをしていたが、無詠唱で唱えるその様は賢者そのものであった。
そんな規格外の少女の魔力が低いわけない、というのが衆目の意見であった。
この部屋で焦っているのはロッテンマイヤー家の息の掛かった試験官くらいだった。
なので彼女は最終手段にでる。
(もしもこのことが学院長にばれたら追放だけど……)
このままフィルの入学を許したら、それはそれでこの学院にはいられなくなる。ならば小細工は弄しておくべきだった。
試験官はなにげなく測定装置に近づくと、唇を動かし、小さな声で魔法を詠唱する。
その魔法はプログラム型言語、この魔法装置を動かす言葉であった。
試験官はこんなこともあろうかと測定装置にも小細工をしていたのだ。
(……ふふふ、私って天才。これでこの測定装置は本来の値を測定できなくなった。誰が入っても魔力は十分の一に測定される)
十分の一ならばどんな魔術師も箸にも棒にもかからない点数、いや、測定さえ困難かもしれない。無能力者としての烙印を押されるはず。
そうなればフィルは試験には合格できず、入学も不可能となる。
そんな算段をする試験官。完璧な計画であるが、フィルは気にした様子もなく、測定装置に入る。
「わー、小さい。ここで目をつむればいいの?」
測定担当の男の試験官はうなずく。
「そのとおりだ」
「痛くない?」
「痛痒も感じない。ただし、キーンという音がするかも」
「あはは、かき氷を食べたときみたい」
笑うフィル。測定担当試験官が静かに、と言ったので「はーい」と黙る。
言われたとおりに目をつむると、精神を集中させる。
すると球体の測定装置が青白く輝き始める。
装置自体にびっしりと書き込まれた魔法陣が浮かび上がる。
あとは3分ほど待てば測定できる。
皆が注目する。
このような才能溢れる少女の数字はいったい、何点なのだろうか、と。
3分後、測定装置のモニターに浮かび上がる数値。
それを担当試験官が読み上げる。
「フィル、魔力適性67点」
な、67点!?
ざわめきが巻き起こる。
強力なゴーレムを瞬殺するような少女にしては低い。しかし、合格点には達しており、けなすところはない。
そもそもこのテストは67点でも高いほうに分類される。
もっと高い数値を期待していたセリカはなにかの間違いではないのですか?
と詰め寄るが、そんなことはない、と返される。
「……まあいいでしょう。合格は合格です」
と気を取り直すと、フィルにねぎらいの言葉を掛けた。
「フィル様、お疲れ様でございます。見事合格ですよ」
「でも、ぎりぎりだったね」
「そうですね。でも、それでいいのです。フィル様は魔法科に通うのではなく、礼節科に通うのですから」
「そだね。よく分からないけどがんばる」
と両手の握り拳に力を込めふんばる。
「その意気ですわ」
とセリカはフィルの頭を撫で褒める。
えへへ、と喜ぶフィル。
仲むつまじい光景であるが、そんなふたりを信じられない、といった表情で見つめる試験官がいた。ロッテンマイヤー家の手下である。
彼女はぶつぶつと独り言を言っていた。
「……あ、ありえないわ。あの装置は魔力が十分の一になるようになっていたのよ? つまりあの子の本来の魔力の才能は670点ということなの!?」
そんなの聞いたことがない。確認のため、装置のモニターを見るが、やはり彼女の点数は67だった。
バグ?
そんな可能性を考え、属性別才能の項目も見る。
属性別才能とは、魔術師の属性魔法の才能を見る項目である。
火、水、風、土、闇、光などいくつかの項目に分かれるが、それらすべての項目で彼女の才能はSランクと判断されていた。
これ自体、有り得ない評価である。こんな評価、入学以来、誰も付けられたことはない。
それでも試験官は一縷の望みに賭け、プログラム魔法を掛け、機械をもとの状態に戻すが、そこに表示された数値は試験官の希望を打ち砕くものだった。
「フィル、魔力適性測定不能。高すぎて本装置では測定できません」
無情に表示される∞のマーク。
それを見て試験官は諦めの境地に達したが、それでもまだ、やるべきことがあった。
(……まだだ、まだよ、ここで『事故』が起こればいい)
例えば実技試験のために用意されたゴーレムが暴走、それがフィルに襲いかかるとか。
あるいはもう直接的にセリカを襲わせるという手もある。
あの娘が死ねばフィルは後ろ盾をなくすだろうし、ロッテンマイヤー家も究極的にはセリカを排除したいはず。
ここまでの失態を演じてしまった以上、そこまでしなければ名誉挽回の機会はない。
もしもばれれば試験官は縛り首であるが、彼女は今、冷静な判断力を失っていた。
夢遊病患者のようにゴーレムに近づくと、試験官専用のパスコードを入力し、ゴーレムを起動させる。
プログラム言語で敵をセリカに設定すると、ゴーレムの目は赤く光り、セリカを敵と認識した。
ごごご!
緩慢な動きで起き上がるゴーレムだが、立ち上がればあとは俊敏であった。
大股で動き出すとあっという間にセリカのもとまで近づく、
そして見たこともないような光量によってゴーレムは塵芥となった。
それは敵意あるゴーレムの存在を確認したフィルの咄嗟の反応であった。
彼女は大人である試験官たちでさえ行動できなかったのに、セリカに襲いかかるゴーレムの前に立ちはだかると、無詠唱で魔法をぶっ放し、ゴーレムを破壊した。いや、消滅させた。
彼女は呪文を詠唱しなかったが、眉をつり上げ、怒りに満ちた表情でこう言い放った。
「セリカを傷つけるものは絶対、許さない!!」
その姿は凜としており、おとぎ話に出てくる聖女のようであった。
ロッテンマイヤー家の試験官は、その表情、その力、その台詞に飲まれてしまった。
(……もはや私ごときにどうこうできる相手じゃない)
と肩を落とし、その場で辞表を書き、それを学院長室へ持って行った。
こうして王立学院に最強賢者、と後の世にいわれることになる少女が入学することになるのだが、本日の試験と活躍はあっという間に学院内に広まることになる。
それは「普通」の学生生活を送らせたいセリカにはちょっとした計算違いとなった。




