大きな猪
ふたりはなんなくクリームとバターを手に入れる。あと卵も。
ただ、小麦粉を買おうとしたとき、薄力粉と強力粉があることに気が付く。
「小麦は小麦ではないのでしょうか……?」
「二種類もあるんだな。どっち買おうかな」
ふたりは顔を付き合わせて「うーむ」と悩むが、結局、
「強力」
なほうでいいんじゃね? となる。
理由は言うまでもなく、強力粉のほうが格好いいからだ。
ホワイトもダークもベースはフィルであり、基本格好いいほうを選ぶ傾向があった。
ちなみにケーキは基本的に薄力粉で作るものである。――強力粉で代用できないわけではないが、格好いいからと強力粉を選ぶ娘たちが最初から例外を選択するとどうなるか、それは寮に帰ってから判明する。
「シャロン! 台所貸して!」
「貸してくださいな!」
元気よく、礼儀正しいふたり。その笑顔を見ればふたつ返事である。そもそも白百合寮の調理室は申請すれば誰でも借りられるのだ。
シャロンが代わりに申請して上げると、ふたりを手伝おうとする。
――それは拒否されるが。
ちょっと困り顔のシャロン。なんでもホワイトとダークは自分たちの力だけでケーキを作り上げたいらしい。
シチューひとつ作れない娘たちが、いきなりケーキなど無謀である。
ハイヒールで登山するようなものだ、とシャロンは主張するが、フィルをベースとする生物が他人の意見など聞くわけもなく……。
白いフィルと黒いフィルによって調理室から追い出されると、ふたりは調理を始める。
シャロンも「あとでシャロンにも美味しいケーキを作ってあげるから」と言われてしまえばそれ以上、介入できず、自分の仕事に戻る。
調理室を背にしたとき、奥から、
「料理のさしすせそってなんでしたっけ?」
「馬鹿だななあ。ホワイトは、
砂糖、シュガー、水筒、セリカ、そうめん、に決まってるじゃん。
と言う声が聞こえる。両方、納得しているのが怖いが、まあ、そうめんも揚げて砂糖をまぶせばお菓子になる、と言い聞かせるとその場を去った。
――しかしそれは後の後悔に繋がる。
あのとき無理でも残って指導しておけば……。そう確信することになるシャロンだった。
さて、そのような技量のふたりが調理するのだから、調理室は大変なことに。
必要以上にボウルが散乱し、フライパンが焦げる。
オーブントースターからは黙々と煙が上がり、ふたりは小麦粉まみれ、卵まみれ、砂糖まみれになる。
ふたりは互いに汚れた顔を見て笑い合うが、できあがった料理を見ても笑った。
――余裕の笑いだが。
ふたりの作ったケーキは明らかに不細工で、焦げており、不味そうだったが、基本自信満々のふたりはそれが失敗作だと疑わなかった。
セリカたちが帰ってくる前に、シャロンにご馳走しよう、と食べさせるまでは。
「……あれ? これケーキ?」
不穏な表情を浮かべるが、にこにこの少女の頼みを断れる多はずもなく、一口だけ試食すると、すうっとシャロンの口から魂が漏れ出る。
五分ほど気を失うと、シャロンははっと目覚める。
「し、死んだおばあちゃんが川の向こうで手招きしていました」
その様子、言葉を見てふたりはさすがにこれが料理でないことに気が付く。
試食すらしなかったのか! シャロンは突っ込みたくなったが、ふたりは深刻な顔をしていた。
「……やばい、セリカたちに喜んでもらおうと思ったのに」
「ふたりの努力が最高の調味料、という展開もありえないくらいの不味さです」
やっと試食するホワイト。おえーっとやっている。
ダークもむせている。
ふたりは産業廃棄物を捨てると、どうするか迷った。
「困ったな、セリカに最高のケーキを食べさせようと思ったのに」
「ケーキは我々には早すぎたのでしょう」
「だな。山で作っていたものを作るか」
「それがいいですね。あ、そうだ、これから森に出掛けて山菜と猪を取りに行きませんか?」
「お、いいじゃん、いいじゃん、猪鍋を作ろうか」
というわけでふたりはさっそくお出かけするが、この散乱した調理室の片付けはシャロンが行うことになった。
「なんかどっちもダークなような……」
とシャロンはつぶやきながら、ふたりの尻拭いをした。
ふたりは学院の子に、森の場所を聞く。大まかな方向と距離を聞くと、ばびゅーんと《飛翔》の魔法で移動する。
「魔術師はこれがあるから便利だよな」
「ですね」
と数分ほどで到着すると、まずは山菜を集める。茸も。
この森は山菜が豊富、茸も豊富だった。
山でもなかなか手に入らない稀少な茸を入手する。
「マイマイダケに、ウレシイタケ、サッタケもあるな」
「どれも鍋に合います」
と一通り山の恵みをゲットすると、猪を探す。
「肉のない鍋ほど悲しいものはないです」
「だな」
と、やりとりしていると、その肉が現れる。
目の前に現れたのは大きな猪だった。
――いや、大きななんてものじゃない。まるで岩、いや、竜のように大きな猪だった。