実技試験100点満点
王立学院の建物はとても立派だった。
爺ちゃんの工房の30倍は大きいだろうか。その作りも新しく、工房のように床も腐っていない。そもそも建物が石造りで腐ることもない。
空気も澄んでおり、一定だった。たぶんだが、魔法によって空調が整備されているのだろう。一年間、同じ室温、湿度が保たれているようだ。
そんな立派な外観、立派な内部構造の教員棟に入る。
入学試験が行われる場所は二階にあった。
そこには選考会場と呼ばれるスペースがあり、広々とした場所があった。
今日、フィルがやってきて試験を受けるという話が伝わっているのだろう。会場には検査装置などが置かれていた。
それを見て不審な顔をしたのはセリカだった。
試験官に食って掛かる。
「試験官殿」
「なんですか、ミス・セレスティア」
意地の悪そうな試験官は皮肉を込めてミスを強調した。
「試験官殿、この装置はなんなのですか?」
「なんですか、と言われても。あなたは分からないのですか? これは魔力の強さなどを測定する装置です」
「それは知っています。ですが、フィル様は……、いえ、フィルはこの学院の礼節科の試験を受けにきたのです。魔力測定など不要でしょう」
「あら、それは初耳ですね。私は魔法科を受けると聞いていましたが」
「まさかっ」
とセリカは試験官が持っていた入学希望書を取り上げると、そこにはたしかに魔法科志望、と書かれていた。
「礼節科ならば、読み書き算数ができれば入れますが、魔法科はそうにあらず。この国の魔法科は諸国の中でも抜きんでて優秀な人材を輩出しています。魔力だけでなく、教養もなければ入れません」
「そんなことは知っています。く、謀りましたね」
「なんのことでしょうか?」
つん、と答える。
「フィルは魔力はともかく、教養はない。これではフィルが不合格になってしまいます」
「資格なきものはこの学院に入学できない。それだけです」
「うそ! あなたはセレスティア侯爵家のライバル、ロッテンマイヤー家の手のものでしょう。わたくしに嫌がらせをしたいからってこんなことをするなんて」
「ミス・セレスティア、口を慎みなさい。これ以上はいくらあなたが門閥貴族でも看過できませんよ。王家に連なりしものでもこの学院内では教師に敬意を払う。それが始祖アルフォンス様の遺訓です」
アルフォンスの遺訓にはこのような策略を弄しろ、という言葉はない! そう反論しようとしたが、それは飲み込まれる。
抗議を発するよりも先にとある少女が言葉を発したからだ。
「セリカ、もういい。というか、なにを怒っているの? ボクがこの学院に入学できればいいんでしょ? テストに合格して」
「それはそうですが……、ですが、魔法科ではなく、礼節科に入ってもらいたいのです」
「その礼節科ってのは魔法科のテストで入れないの?」
「入れますよ。合格さえすればね。ふふふ……」
試験官は口元をゆがめる。
「なんだ、なら話は簡単じゃん。ボクがこの試験に合格すればいいんでしょ。よゆーよゆー」
「よゆーって、魔力測定や実技はともかく、教養のテストは……」
「ちなみに何点で合格なの? おばさん」
おばさんって……、試験官は青筋を立てるが、答えてくれる。
「魔力測定、実技、教養、それみっつの合計で200点以上の点数を得れば合格です。ちなみにどの科目も最大100点です」
「なんだ、そんなんでいいのか」
フィルは余裕の笑顔を見せると、そのまま服の袖を捲し上げ、腕をぐるぐる振る。
щ(゜Д゜щ)カモーンという感じである
。
それを見た試験官はさらに不機嫌になるが、それでも口に出しては不平を言わなかった。
ただ、心の中でこう思っているようだ。
(生意気な娘ね。でも、このような山出しが万が一でも合格するはずがなし、今のうちに吠えさせておけばいい)
心の中でそう言い終えると、試験官は再び口角をゆがめた。
その姿は悪役そのものであったが、事実、彼女は悪役である。セリカの指摘どおり、彼女はセレスティア侯爵家のライバル貴族の息が掛かっているのだ。
(ふふふ……、絶対不合格にしてあげる……)
試験官は、まずはペーパーテストから、とフィルを個室へ連れて行くと、テスト用紙を差し出す。
それは昨晩、試験官が徹夜で作った高難度のテストであった。通常の試験で用いられるものの三倍難しい。これは学業優秀な侯爵令嬢セリカでも苦戦するもの。このような田舎者に解けるわけがないものである。
事実その問題用紙を見たフィルは一瞬で黙りこくり、戦意を喪失していた。
名前と解ける部分だけ埋めると鉛筆をくるくると指で回したり、鼻と唇の間で弄んだりしていた。
駄目生徒まんまの行動である。
これは良くて30点だな。そう思ったが、その勘は外れる。フィルの点数は33点だった。
ただ、嘆いたりはしない。33点でも十分落第点である。
この入学試験は合計で200点以上とらなければならない。
あと2科目で200点取るには魔力測定と実技で平均85点近く取らなければならない。
それは不可能である。
なぜならばかつてその両方の科目で100点を取った人物などいないからだ。
それらの科目の平均点数は70がいいところ。よほど優秀でも80点とればいいというほど辛めのテストだった。
皆、教養のテストで高得点を取り、残り2科目の穴埋めをする、というのが実情なのだ。
その逆はありえなかった。
なので試験官は安心していたが、彼女の実技のテストが始まると軽く青ざめた。
入学試験は公平を期すため、それぞれ別の試験官が採点するのだが、他の科目の試験官はロッテンマイヤー家の息がかかっていない。全員、反セレスティア侯爵家というわけではないのだ。そんなことをしなくても小娘の入学くらい阻止できると思っていたのだが、それは甘かったようだ。
フィルは実技の試験のために用意された魔法の泥人形、ゴーレムを手玉に取っていた。
「あれ? これってゴーレムなの? 爺ちゃんが作ったのはもっと強かったよ」
と、きょとんとしている。
「てゆうか、これ本当にゴーレム? ただの人形じゃ」
そ、そんな馬鹿な! その人形は学院が試験のために用意させた一級品である。
騎士団の上級騎士のために用意される最高級のゴーレムで、生半可な人間は傷つけることができないほどの強度を誇る魔法生物。
それをこうも簡単に倒すなんて……。
フィルは俊敏な動きでゴーレムの頭部、腹部に拳や蹴りを放つとゴーレムをいともたやすく破壊していた。
数秒後にはゴーレムはすべての関節を破壊され、動く泥人形から動けぬ泥人形となっていた。
その姿を見た試験官は冷や汗を垂らす。同僚の試験官は神妙な面持ちで、「……100点を付けるしかないわね」と漏らしていた。
その判断に誤りはない。
あのような見事な姿を見せられたら誰でも100点を付ける。
もしかしたら自分はとんでもない生徒に喧嘩を売っているのかもしれない。試験官は改めてフィルの顔を見た。
あどけなさが残るが、どこか上品な顔立ちをしていた。
強力なゴーレムを倒したというのに「実技ってこれだけ?」と涼しい顔をしていた。