クローズド・サークル
ボールドウィン伯爵と一緒にモルネット男爵邸を訪問することになった。
フィルにそのことを話すときゃっきゃと喜ぶ。
「ランスロートのおじいさんとお出かけ!」
まあその通りなのだが、セリカは気を引き締める。
ランスロートは、モルネットを信頼しているようだが、そのあと、セリカはさらに調べを進めた。
モルネット自身とモルネット邸について。
モルネットは一介の商人から出世をし、とある男爵家を買い取った男だ。別にそれ自体珍しくないが、その買い取った男爵家にいわくがあるのだ。
なんでもその男爵家は、一家惨殺の憂き目に遭っているのだ。
ある日、別荘に出掛けていた旧モルネット家の一族は、殺人鬼に襲われ、一族が皆殺しにあったのだという。
――不穏な話である。
モルネットは彼らの魂を鎮めるため、その別荘の跡地に慰霊の碑を立て、そこに新たな別荘を建て、一族の魂を慰撫している、との噂だった。
あるいは一族惨殺を裏で指示をしていた、男爵家を簒奪した、などという噂も流布している。
モルネット本人が社交界に顔を出さないので、貴族たちが面白おかしげに流した情報であるが、すべてが嘘だとも言い切れなかった。
少なくともモルネット邸が断崖絶壁に建てられており、そこに至る道が一本しかないのは事実である。
セリカたちは谷のような一本道を馬車でゆっくりと進む。
セリカは不安げに言う。
「谷の上に巨石があります。あれが落ちれば我々は陸の孤島に孤立しますね」
「よく推理小説にあるやつだな」
対面に座るランスロートが同意する。
「クローズド・サークル……」
ミステリー用語をつぶやき、真剣な表情をするが、真剣なのはセリカだけだった。
ランスロートとフィルは指相撲をしている。
「おりゃ!」
「なかなかやるな、フィル殿」
次いでランスロートは用意したジャーキーを取り出すと、それをフィルに分け与える。
「なにこれ、ちょーうまいの」
酒を口に含ませながら、ランスロートは応える。
「これは暴れ鳥のジャーキーじゃな。牛と鶏の合の子のような魔物の干し肉じゃ」
「珍味なの!」
もぐもぐと食べる。
「…………」
まったく、緊張感がないふたりである。
しかし、それに染まるのはよくない、彼女たちに迎合してはいけなかった。
セリカはひとり気を吐くと、遠くに見えてきたモルネット家の邸宅を見つめた。
まるでドラキュラが住んでいそうな怪しげな洋館であった。
セリカがごくりと唾を呑んだ瞬間、雷鳴が轟いた。
セリカはびくりと身体を震わせるが、フィルは陽気に「おへそを取られる~」と狭い馬車の中を動き回っていた。
セリカだけひとり、シリアスモードになっていると、馬車がモルネット男爵邸に到着する。
玄関前まで乗り入れると、メイドを引き連れた執事がやってくる。
セリカはその執事の姿を見て驚愕する。
「――な!?」
思わず息を呑んでしまったのは、その執事が眼帯を付けているからだ。
黒髪の執事は、怪しげな眼帯を付けていた。
まるで殺し屋のようであるが、彼は気にせず、礼儀正しく、頭を垂れる。
「――フィル様にセリカ様、それにランスロート様ですね」
その声は低いが甲高いところもある。なにか作り物めいて感じる。
セリカがそう考察していると、彼は怪しげに瞳の奥を光らせたような気がした。
「――今宵は我が主、サイモン様の主催する宴に参加くださり、ありがとうございます」
「招待状が届きました。我々以外も参加するようですね」
「――その通りです。フィル様が主賓ですが、今宵は我が主の旧友が集います。毎年、四人の男女がこの地に集うのです。今年はフィル様たちも入れて七名ですが」
「旧友ですか――」
セリカは心の中で続ける。――その中のひとりは今宵行われる惨劇の犯人なのではないか、と。
考えすぎかもしれないが、このドラキュラが住んでいそうな洋館、それに眼帯の執事は怪しすぎた。
絶対、なにか事件が起る前振りのような気がするが、肝心のフィルとランスロートは当たり前のように受け入れてるから頼りにならない。
フィルは「眼帯格好いい」と物欲しそうに見て、ランスロートは執事と世間話をしている。
「…………」
ここで頼りになるは自分だけ、セリカはそう自分に言い聞かせながら、モルネット邸の中に入った。