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セリカ猫化

 猫たちのダンスが一通り終わると、フィルはじーっと会場の隅を見つめる。

 そこには山盛りの料理が積まれていた。

 ケットシーの王宮の料理ゆえ、魚類に偏っているが、どれも美味しそうだった。



 白身魚のムニエル。

 スズキのパイ包み。

 スシ・テンプーラ。



 などどれも美味そうだ。立食用に作られたようで、クラッカーの上にチーズを乗せたものもある。


 フィルは物欲しそうに見ているが、そこには向かわない。セリカの許可がないからだ。


 セリカとしては一度、食事を与えると、コルセットが破れるほど食べるので、律しておきたかったが、あのように激しいダンスのあとならば少しは食べていいだろう、と許可を出す。


 するとフィルは喜んで立食スペースに向かおうとするが、それを止めるものがいた。


 それはこの国の王子、フィルたちをこの宮殿に連れてきた人物だった。


 マイケル王子は「にゃっにゃっにゃ」と大口を開きながら、上機嫌にやってくる。


 周囲の人間、貴族たちは王子に道を空け、うやうやしく頭を垂れる。


 この国の王子マイケルはなかなかに権威があるようだ。少なくとも貴族たちには敬意を持たれている。


 そんな考察をしていると、マイケルはフィルの前にやってきて、

「食事はもう少し待って、僕と踊って頂けますかな」

 と言った。


 そのような申し出をそのようにされればさすがに断ることはできない。

 そもそも料理の代金の出資者は彼なのだ。


 それくらいは常識知らずのフィルも知っていたので、


「分かったの。でもあそこにあるオマール海老が売り切れる前に踊りを終わらせたいの」


「承知。というか、予約(リザーブ)させておきましょう」


 とマイケル殿下はフィルの手を取る。


 フィルが手を差し出すと、手袋越しに軽くキスをし、踊り始める。

 マイケル王子はなかなかに風流な人らしく、その踊りは様になっていた。

 というか会場の誰よりも上手いのではないだろうか。


「おお、マイコーは踊りが上手いの」


「僕は剣を持つのが苦手だからね。その代わり踊りを極めたんだ」


「それがいい。平和が一番」


 くるりと回ると、マイケルは腰を支えてくれる。


「フィルさんの踊りも素晴らしい。ケットシーの美姫もかないますまい」


「ありがとうなの」


 と言うがフィルの意識はオマール海老にある。

 それを感じ取ったマイケルは苦笑を漏らしながら言った。


「花より団子なお年頃ですにゃ」


「団子より美味しい花なんてあるの?」


「あるかもしれませんぞ」


 と言うとマイケルはキラリ、と目を光らせる。


「――先ほどはウィルさんに求婚を断られましたが、このマイケル、まだ諦めていません」


「まじで!」


「まじです。実はこのマイケル、生まれてから一度も女性に振られたことはありません」


「それはすごいの。初めての経験をさせちゃってごめんね」


「なあに、大丈夫です。いつか、惚れさせて見せますから」


 と言うと、マイケルは「……ぐふふ」と小さく漏らし、ぱっちん、と肉球をはじく。


「フィル様、なにも今すぐ結婚しろとは言いませんが、その代わり僕の杯を受け取って頂けますかな?」


「さかずき?」


 と言うと執事が現れる。執事はお盆を持っており、その上にはワイングラスがふたつあった。


 なんでも男女でそれを飲み干すのがケットシー王国の習わしらしい、と力説される。


「習わしか。なら仕方ないよね」


 とワイングラスを受け取ろうとするが、それを止めたのはセリカだった。


「ちょっとお待ちを。それは看過できませんね」


 セリカの瞳がギラリと光る。


「これはこれは、フィルさんの従者の、ええと、リリカさん?」


「セリカですわ」


「杯のなにが不満なのですかな」


「フィル様は未成年です。未成年にお酒を飲まさないでください」


「爺ちゃんは山でガバガバ飲んでたよ?」


 ほえ? という顔をするフィル。


「ザンドルフ様はお年を召されていたでしょう。てゆうか、セレスティア王国でお酒を呑んで良いのは一五歳を超えてからです」


 と言うとセリカはワイングラスをひったくる。

 それを見たマイケルは明らかに「っち」とした顔をする。

 どうやらフィルを酔わせてそのままなし崩し的に結婚しようとしたようだ。

 そうは問屋が卸さない。


 先日、一五歳になったばかりのセリカは、ひょいとワイングラスを掲げるとそれを口に運ぶ。


「このようなものがあるからいけないのです。処分します」


 突き返すもの悪いし、ここはセリカが呑んでしまうのが一番平和的な解決になるだろう。そう思ったセリカはそれを実行するが、マイケルは慌ててそれを止めようとする。


「あ、小娘、それを呑んではいけにゃい」


「いけない?」


 そう問い返したときには、もう「ごっくん」と飲み込んでいた。セリカは意外とお酒がいける口なのだ。ワイン一杯くらいでどうにかなるとは思えないが。


 そう思っていると、セリカは自身の身体が熱くなるのを感じた。


 まるで工業用のアルコールを飲んだような感触。蒸留酒を飲み干したような感触がセリカの内側から湧き出る。しかし、その熱さはアルコールのそれではない。明らかになにか別の種類の熱さだった。


 それがなにかの薬の薬効だと分かったのは、身体に変化を感じた瞬間だった。

 背中がざわざわとし、うなじが逆立つ。両腕が熱く燃え上がる。


「……ど、毒?」


 そう思ったがそれは違うようだ。


 マイケル王子はこの期に及んで隠すつもりはないのだろう、セリカが呑んだ薬品について言及する。


「ええい、小娘め、邪魔しおって。せっかく、王家に伝わる秘薬をフィルさんに呑ませようと思ったのに」


「……フィル様にいったいなにを」


「この娘に呑ませようとしたのは王家に伝わるネコネコの実を煎じたものにゃ。ネコネコの実から作った秘薬を飲んだものは――」


 マイケルはすべて続けなかった。それよりも前にセリカの身体がネコネコの実の効果を発現したからだ。


 見ればセリカの両腕から毛が生えていた。ふさふさの毛だ。それが全身に生えると、ぴょこんと耳も生えてくる。当然のように尻尾も。


「わ、セリカが猫になっていく」


 フィルがそう言うと同時に獣人化したセリカは小さくなり、四本足の獣になる。

 真っ白な毛を全身に生やした動物、猫になる。


「にゃ、にゃー!?」


 急に縮み、フィルやマイケルを見上げる立場になったセリカ。彼女は自分が人間でなくなったと悟った。

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[一言] よし、ケットシーもとっちめよう。
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