ダンスパーリィ!
ドレスアップが終わったフィルとセリカ、それぞれに髪を結い、盛り、一人前の淑女となると、侍女に案内され、パーティー会場に向かう。
部屋の外に一歩出ると、すでにそこから陽気な音楽が漏れ伝わってきた。
どうやらケットシーの楽団もきているようだ。
「三味線はあるのかな?」
と不吉なことを言いながらフィルは会場に向かう。無論、三味線はなかったが、器用にリュートを弾く猫はいた。肉球でよくもまああんなに器用に弾けるものだと思うが、気にせず会場に入ると、どよめきを感じる。
「おお!」
「にゃんという美女だ!」
「お月様みたいにゃ!」
と皆、フィルの美しさに感動しているようだ。
フィルは少し照れながら、
「えへへ、昔から猫さんに好かれるの」
と言った。
「猫さんだけではありませんわ。きっとここが人間世界でも同じような反応になったでしょう」
セリカも昔は、
「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
と社交界を賑わせたものだが、ここ最近はフィルにその立場を奪われつつある。
先日も夜会を主催したのだが、
「先日の銀髪の少女は来ないのですかな?」
「あの可愛らしいレディは急用ですか?」
「フィル様はいずこに?」
と尋ねられまくった。そのときはたしかフィルが居残りを言いつけられていたので、出席できなかったのだが、まさかそのようなことを伝えることもできず。
「次は出席できますわ」
とお茶を濁したが、フィルがこの国の有力者たちの心を掴みつつあるのはたしかだった。
それはフィルのこれまでの努力の成果――。
山から学院にやってきたときは、誰彼かまわずぱんぱんするし、ナイフとフォークでテーブルごと突き破る少女だったが、今はやってきた当初よりましになりつつある。
いや、もうそれなりの淑女になっていた。
ひとりで社交界に送り出すことはできないが、横で見張っていれば、それなりに安心しながら見ていることができる。
今もフィルをダンスに誘うケットシーの貴族がきてもなんの問題もなくフィルを送り出せる。
マンチカンぽい貴族の青年と楽しくダンスを踊るフィル。
この前に教えた社交ダンスを見事にこなす。
猫の足を踏むことなく、最後まで無難に踊る。
セリカの隣にいる貴族も、
「なかなかにダンスの上手い娘にゃ」
と褒めていた。
ケットシーは軽やかにダンスを踊れる種族。そんな種族が褒めてくれるのだから、フィルの腕前はなかなかだろう。
しかもフィルは社交ダンス以外も上手かった。
突然、音楽が変わる。
軽やかな宮廷音楽から、激しい民族音楽に。
すると会場の猫たちはうきうきとステップを踏みだし、陽気に踊り出す。
ケットシーたちは楽しげにステップを刻む。
あるいはこちらのほうが彼ら元来の踊りなのかもしれない。
猫たちは心の底から楽しそうに踊る。思わずセリカまでステップを踏みたくなるが、踊りはフィルに任せようか。
今のセリカはあくまでフィルの監督官、彼女の後見人。そんな自分が一時の感情に身を任せて踊るわけにはいかなかった。
――が、そんなこと気にしなくていいよ。
と言いたげなような表情をしながらフィルがやってくる。
彼女はセリカに手を差し出すと言った。
「セリカも僕たちと一緒に踊るの。この音楽は型がなくて好きに踊っていいんだって」
と言うとフィルは「おーれ!」と言いながらステップを始める。
彼女のオリジナルの舞はなかなかに美しい。いや、社交ダンスよりも何倍も様になっている。
フィルは音楽と同化するようにステップし、上半身をひねる。
その様は贔屓目なしにプロの舞踏家のようであった。
セリカはその舞、それに彼女の屈託のない笑顔に屈する。
身体の芯が疼き出し、自然と足が音楽に合わせて動き出していたのだ。
音楽とは音を楽しむと書く。
もしかしてセリカは、今日初めて音楽というものを本当に理解したのかもしれない。
フィルと一緒に踊りながらそんなことを思った。