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ビー玉とセリカ

 寮に戻る。

 すでに朝日は昇りきり、皆、登校の準備に勤しんでいた。

 取りあえず食堂で朝食を食べ、今後のスケジュールを調整する。


「妖精界と人間界では時間の流れが違うと言っていましたが、それでも平日の授業はサボれません」


「だね。ボクは劣等生。出席率が命!」


「分かっているようですね。ですが、幸い明日からは連休、放課後になったら温室に向かいましょう」


「ラジャー!」


 と言うとフィルはガツガツと朝食を食べ始めた。


 オートミールにふかした芋だ。ちょっと質素であるが、今日は安息日と呼ばれる日なので仕方ない。


 しかし、フィルは文句言うことなく食べる。彼女は決して味覚音痴ではないが、基本的に量を食べれれば文句を言わないのだ。


 なのでオートミールを三杯お代わりすると、そのままゲップを漏らし、「お腹いっぱいなの」と幸せそうに微笑んだ。


 ちょっと品がないが、まあ、寮の食堂と言うことで大目に見る。


 ふたりはその後、一緒に登校し、一緒に授業を受けるが、放課後までフィルは妖精界で頭がいっぱいのようだ。


 授業中、常にノートに猫の絵をいっぱい書いていた。

 絵を描いていないときも、「にゃーにゃー」つぶやいている。

 どうやらかなりの猫好きのようだ。

 理由を尋ねる。


「うんとね」


 フィルはそう前置きすると元気よく答えてくれる。


「ボクの家も昔、猫を飼っていたの。黒いやつ」


「まあ、意外――でもないですわね。フィルさんの山には動物が一杯です」


「いや、意外だよ。動物さんとは友達だけど、同じ家には住んでいなかったの。同じ家に住んでいたのは黒猫のギギだけ」


「黒猫さんを飼っていたのですね。――あ、もしかしてザンドルフ様が使い魔にしていたのですか?」


「そう、魔法使いの定番だから。黒猫の使い魔は。それに穀物を食べにくる鼠も捕まえてくれるの」


「まさしく最強のペットですね」


「うん。ふさふさで、もわもわで、おなかに顔を埋めると太陽の匂いがするの。だからボクは猫さんが好き」


「その猫さんの国の窮地を救いたいということですね」


「うん、そう。ギギはもう死んじゃったけど、ポペットの国の人たちが困っているのならば、一肌脱ぎたいの」


「本当、フィル様はとてもお優しい」


 ――などと会話をしていると、このクラスの担任であるミス・オクモニックがやってくる。


 彼女は温和な表情をしているが、こめかみをピクピクとさせていた。


 念話で話していたことがばれてしまったようだ。それにフィルがノートを取っていないことも。


 優しいフラウ・オクモニック先生も厳正に対処せざるを得ない。

 ふたりは廊下にバケツを持って立たされる。


 セリカはひとつで済んだが、サボりの常習犯であるフィルは、両手で四個、頭に一個という具合だった。


「よっ! ひょっ! はっ!!」


 と上手くバランスを取りながら、フィルは一五分間、一滴も水をこぼさなかった。

 セリカは自分を戒めると同時に、フィルに呆れる。


「……この様子だと何度も立たされてその芸を覚えてしまったようですね」


 フィルはにっこりと笑うと、

「そうだよ」

 と断言した。



 そのようなトラブルがあったが、その後はちゃんと授業受ける。


 セリカの本来の目的はフィルを遊ばせることではない。立派な淑女にするのがセリカの目的なのだ。


 立派な淑女は授業をサボらないし、廊下に立たされたりはしない。


 というわけで厳しめにフィルに接するが、さすがのフィルも一日に二回も廊下に立たされるような真似はしないので、あまり指摘することなく、時間が進む。


 唯一、ランチのときにゲップをしないように諭したが、


「分かった。――げっぷ」


 と返されたことが淑女道に反していたが、こと食事に関してはなかなか教育はできないと諦めているので、吐息を漏らすに留めた。


 授業がすべて終ると、フィルの部屋に向かって冒険の準備。

 冒険に必要なものを鞄に詰め込む。


 ただ、フィルはでっかいリュックに何もかも詰めようとする。本を三十冊くらい入れている。


「フィル様、それはいささか多いのでは?」


「多いかな?」


 きょとんとする。


「行商人でもそんなに持ち歩きません」


「フィルは行商人にジョブチェンジした!」


「していません。短い旅でしょうし、必要なものだけ」


 と言うわけで、段ボールをふたつ用意すると、

「いるもの」「いらないもの」を分ける。

 本は取りあえずいらないもの。


「ええ! まじで!? 旅の途中で退屈したらどうするの?」


「すぐに終らせます。――ですが、まあ、一冊くらいならば」


「一冊か。じゃあ、最近、シャロンに借りた。この本でいいかな」


 フィルが自然に扱うので、危うくタイトルを逃してしまうところだったが、セリカはその不穏な背表紙の本を見逃さなかった。


「……男同士の愛し合い方」


 題名を口にすると、セリカは慌てて取り上げる。


「な、なんという本を読んでいるんですか!」


「ほえ? まだ読んでないよ。旅の途中で読もうかと思って」


「……なんという本を貸すんですか」


 あのメイドは、と、笑顔を浮かべるシャロンを思い浮かべる。


「ともかく、この本は駄目です。あとでシャロンのところに返却します」


「ええ? 面白そうなのに」


「面白くありません。ともかく、今後、シャロンさんに本は借りないように」


「はーい」


 生返事をするフィル。これは大本であるシャロンを封じなければ駄目か、と思ったが、それを行動に移す時間はない。セリカは一番道徳的と思われる本を「いるもの」に入れると、てきぱきと冒険の準備をする。


 まずは下着類。それにナイフやランタン。あとは保存食だろうか。「いらないもの」は金魚の餌やビー玉やおはじきである。


 フィルは「いらないもの」の箱を見ると、「ええー!?」という顔をする。

「途中で金魚に餌をあげるときはどうするの?」


「あげません。というか、金魚は持っていきません。留守中はシャロンさんに餌をあげてもらいます」


「じゃ、じゃあ、ビー玉は?」


 その歳でビー玉遊びですか、とは言わない。フィルの中でマイブームなのを知っているからだ。


「これは遠足ではなく、冒険なのですから、不要です」


「え? そのふたつって違うの?」


「違うのです。というか、フィル様、当初の目的を忘れていませんか?」


「当初ってなんだっけ?」


「我々の短期的な目的は、妖精界におもむいて、ケットシーの王国を救うこと」


「そうだった」


「それにはビー玉は不要です」


「そうかなー。役に立つよ。ボクが本気でビー玉を投げれば超痛い」


「魔法で代用できます」


 と言うと「いらないもの」箱にテープを貼って、奥にしまい込む。

 有無を言わせない態度、これがフィルには必要なのだ。


「うう……」


 と名残惜しげにするフィルを無視すると必要なものをまとめ始める。

 ――ただ、最後の最後で黙ってビー玉をひとつ差し出すが。


 ビー玉をもらったフィルは幼児のように顔をほころばせ、セリカに抱きつき言った。


「これだからセリカは大好き!!」


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