名探偵フィル
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「アーリマンのトイレは長い。う○こ?」
なんの遠慮もなく言うフィル。セリカは軽く咳払いをする。
普段から下品なことは言っては駄目、と言われていることを思い出したフィルは言い方を変える。
「アーリマンは踏ん張ってるのかな? 便秘?」
「…………」
同じような気もするが、幾分ましになっているな、と判断したセリカは言う。
「さて、それは分かりませんが、人様のトイレの時間をあれこれ言ってはいけません」
「女はみんな遅いよね」
「それはお化粧直しとかがあるからでしょう」
「そうなのか、僕はてっきり、みんな、うん――、便秘だと思っていた」
「…………」
そのようなやりとりをしていると、アーリマンは悪びれずにやってくる。
「待たせたの」
「ほんとに待ったよ。アーリマン、トイレで死んでるかと思った」
「フィル様!」
セリカが注意するので言葉を変える。
「――えへへ、まあいいの。さっそく、粉雪草のあるところへ案内してほしいの」
「わかっておるわい」
と言うとアーリマンは案内してくれる。
道中、粉雪草の特徴について教えてくれる。
「粉雪草は変わった草花でな。粉雪が舞う日にしか花を咲かせないのだ。春に雪が降るような日にのみ花を咲かせる」
「風流というか、生命力が強い花なのですね」
「そうじゃな。だから霊薬の素材として重宝されているのかもしれん」
「しかし、そのような環境を再現するのは難しくないですか」
「まあ、温室を作るよりも難しい。だから農家で量産はできないな。粉雪草の温室も雪を降らせながら暖めるという七面倒くさいことをしている」
「苦労が忍ばれます」
とセリカとアーリマンがやりとりしていると、粉雪草の温室へ訪れる。
アーリマンは施錠を確認する。
「……ふむ、破られたような形跡はないな」
「不思議ですね。確実にここから盗まれたものだと思うのですが」
「この辺で毎日咲いているのはここだけだからの。それに最近、粉雪草がつまれたような痕があるという報告もある」
「やはり」
「だな。確実にこの温室に忍び込んでいるものがいるということだろう」
「――なのに施錠はしっかりしている」
「となると答えはあそこかな」
アーリマンは天井を見上げると、通気口を見つめる。
そこにあるのは子リスが一匹入るか入らないかの穴であった。
「まさかあそこから出入り? 犯人はリスでしょうか」
「さあ、それは分からんが、普通の人間ではなさそうだ」
アーリマンとセリカのやりとりを聞いていたフィルは、突然、声を張り上げる。
「分かったの!!」
ぴっこーん、という電球が頭に灯ったようだ。
フィルは元気よく、自信を持って挙手をする。
「はい、フィルさん」
セリカが指名すると、フィルは語り出す。
「ボク、犯人が分かっちゃったの」
「本当ですか」
「うん、ちょー自信あるの」
聞いて聞いて、とフィル。
彼女は名探偵を気取るかのように、どや顔で語る。
「ボクの下駄箱に毎日置かれる粉雪草。この周辺であるのはここだけ」
「その推理はさっきわしが……」
アーリマンは軽く抗議するが、フィルはどん無視する。
「つまり、犯人はここから粉雪草を持ち出したの」
「そりゃそうじゃろ」
「――問題はどうやって鍵の掛かった温室から粉雪草を持ち出したかなの」
「ふむ、どうやってやったと思う? あそこにある穴は小さいぞ」
「答えは簡単なの! あの大きさくらいの人間があそこから出入りしているの!」
しーん……。
と周囲は静まりかえる。
「はれ……?」
とフィルは周囲を見渡す。
「もしかしてボク、またなんかやっちゃいました?」
「……フィル様、その推理は単純すぎるというか、あえりえないと思いますよ。そうそう都合良く小人族も現れないでしょう」
「えー、そうかな。じゃあ、タコさんがやってきたんだよ」
「た、たこさん?」
「うん、オクトパス。タコさんは頭が入ればどこでも入れるんだよ」
「ここは地上ですよ」
指摘するとフィルは「うーん」と唸りながら両腕を組む。
「……むつかしいの。もしかしてこの事件は迷宮入り」
そう嘆いていると、アーリマンが「しっ!」と自分の唇に指を立てる。
「どうかされましたか? アーリマン様」
セリカは小声で尋ねる。
「どうやら粉雪草の窃盗犯がやってきたようじゃぞ。今からおまえたちを透明化するから、室内に忍び込んだら捕まえてくれ」
「らじゃー!」
フィルは元気よく言うが、ふたりに睨まれると「しー」と自分の口を封じた。
十数秒後、アーリマンの予言通り、犯人は現れる。
植物園の奥から現れたのは、長靴を履いた小さな人だった。
フィルは歓喜の表情をしながら口を開こうとするが、セリカが慌てて抑える。
「推理が当たったのは嬉しいでしょうが、お静かに」
「う、うん」
魔法による念話で交わされたわけであるが、やってきた犯人はたしかにフィルの推理通りの人物だった。
――ただし半分だけ。
犯人は小人のように小さいが、小人そのものではない。
二足歩行をし、長靴を履いているが、人ではないのだ。
ならば妖精か? といわれればそれも半分当たり。
温室から粉雪草を持ち出していた犯人は、「ケットシー」と呼ばれる妖精だった。
「あれはケットシーじゃな」
アーリマンが念話で教えてくれる。
「ケットシー? あれって猫さんじゃないの?」
「半分猫じゃな。ケットシーの別名は長靴を履いた猫、二足歩行の猫の妖精じゃ」
「ほー、よく分からないけど可愛いの。友達になりたい」
「しかし、手癖の悪い猫じゃのお。盗みをするなんて」
「なにか理由があるのかも」
「そうかもしれませんわね。粉雪草は盗みますが、それをフィルさんに渡していたわけですし。――とりあえず捕まえ事情を聞きましょうか」
セリカの提案に無言で賛成したフィルは、そろーりと歩き出す。
いそいそと穴の中に入っていくケットシー、アーリマンもそうっとドアに近寄ると鍵を開け、セリカとフィルを温室に入れる。
そしてドアを閉めると、穴を魔法で塞ぐ。
これでケットシーに逃げ道はなくなった。
あとは後ろからこっそり近づいて、襟首を掴むだけだ。
フィルは山で山猫と戯れていた。セリカも実家で猫を飼っているので、猫の扱い方は熟知しているのである。
ただ、ケットシーはやはり普通の猫と違った。穴を封じられたことを悟ると、周囲を警戒する。
たらーり、と大粒の汗を流し、
「そ、そこに誰かいるニャ!?」
と言った。
この期に及んで透明になっている意味はない、と悟ったフィルは透明化の魔法を解くと言った。
「……ふっふっふ、よくぞ見破った」
その口調は悪役そのものであったが、セリカは気にしなかった。
取りあえずケットシーを捕まえる。
それが今、セリカたちのすべきことであった。
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