謎の隠者
キバガミを追うこと数分、セリカたちが到着したのは、学院の進入禁止エリアだった。
学院の実験場などが集中する区画で、生徒は立ち入れないことになっている。
しかし、ここにきて犯人を確かめないなど有り得ない。セリカは、
「責任はわたくしが取ります」
と言い放った上で、中に潜入する。
キバガミはずいずい進み、ガラス張りの建物の前で止まった。
「ここは?」
キバガミの喉を撫でながらフィルが尋ねてくる。
セリカは答える。
「おそらくですが、ここは学院の植物園ですね」
「植物園!?」
フィルは驚くがすぐにこう付け加える。
「――植物園ってなに?」
「……そこからですか。こほん、植物園というのは世界中の珍しい草花を集めた施設です。植物から秘薬や霊薬を作る研究に用います」
「おお、大きなお花屋さんみたいなものか」
「そうですね。それの学院版です」
「……しかし、それにしても学院にこのような立派な植物園があるなんて」
セリカの疑問に答えたのはビアンカだった。
「王立学院は世界一の学院です。霊薬や秘薬の研究も進んでいます。これくらいあって当然です」
「そうね」
「わたしはこれを見て逆に納得しました」
「納得?」
「はい。謎の人物は粉雪草をどこから持ってくるのだろうと頭を悩ませていましたが、灯台もと暗しです。犯人は学院から持ってきていたんです」
「おそらくそうでしょうね。きっと、ここに粉雪草が生えているのでしょう」
「探りを入れますか?」
「ここまできたら毒を喰らえば皿までも、ですわ」
セリカがそう言うと、三人は中に入る。
不法侵入は淑女にあるまじき行為なのだが、今のセリカは好奇心が勝っていた。
植物園の中は想像通り温かい。温室になっているようだ。
薪をくべ、常に温度を一定にしている。
「粉雪草は寒い時期に咲く花のはずだけど」
ビアンカの疑問に推測で答える。
「奥にきっと温室ではなく、冷室もあるのでしょう」
「冷室って温室の反対版?」
「そうですね。氷精霊を閉じ込めて作ります。フィル様の家にあった冷蔵庫のでかい版です」
「おお、それは見たい」
フィルはわくわくするが、その冷室はすぐに見つかった。植物園は広いが、冷室は目立つ場所にあったからだ。
三人はそこに向かおうとするが、それを阻むものがいた。
そのものは暗がりから声を掛けてくる。
「――そこの娘たち、いったい、なにをしている?」
なにをしている、とはご挨拶であるが、声を掛けられる心当たりはありすぎる。セリカたちは不法に侵入しているのだ。
即座に謝罪をしようとするが、それはできなかった。暗がりにいる男が身体に魔力をまとわせたからだ。
フィルはとっさにセリカを押し倒す。
先ほどまでセリカがいた場所になにかが通り過ぎる。それが植物のツタであると悟ったのは、フィルが《発光》の魔法を唱え、発光物を浮遊させたからだ。
「この男、ドルイド?」
ドルイドとは自然信仰を極めた隠者、植物を操る魔法使いの総称である。
セリカたちはこの植物園の主を怒らせてしまったのかもしれない。
「そこのドルイド様、この建物に侵入したことは謝ります。わたくしたちに敵意はありません。攻撃はおやめください」
ドルイドは即答する。
「これは攻撃ではない。大自然の怒りだ」
「怒られるようなことはしてないよ?」
きょとんとするフィル。
「この植物園に侵入し、貴重な植物を盗もうとしておるだろう」
「まさか、我々は粉雪草の行方を追っているだけです」
「粉雪草は絶滅危惧種じゃ」
そう怒気を発するとドルイド翁は攻撃を加えてくる。
ぼこり、と老人の周りに植物が生まれる。
歩く植物だ。
根の代わりに四本の足があり、美しい花びらを持っている。――その花びらには牙があるが。
「これは南方の砂漠に住まいし、食虫植物。ぬしらのような泥棒の血肉が大好きじゃ」
「僕らは泥棒じゃないよ」
と食虫植物にワンパン入れる。
植物はぐしゃりとなり、破壊される。
「……む、見事な一撃じゃな。常人が喰らったら上半身から上が吹き飛ばされそうじゃ」
「これは化け物用のパワー。人間相手には手加減する」
「ならば最初から言っておこう。わしに手加減など不要」
と言うとドルイドは作ったもう一匹の食虫植物をフィルに襲いかからせる。
フィルはなんなくそれを撃退するが、それが老人の罠だった。
老人は杖に薔薇のツタをまとわせると、叫ぶ。
「隠者の幸福薔薇!!」
薔薇色の魔力が辺りを包み込むが、その穏やかな名前と違ってその一撃は強力そうだった。
このままではセリカが傷付いてしまうかもしれない。
そう思ったフィルは力を解放する。
「おじいちゃんに恨みはないけど、軽く本気で殴るよ!」
黄金色の魔力を身体にまとわせたフィルは、素早くドルイド翁の懐に飛び込み、腕を振り上げる。
武術の方としては未熟であったが、その分、フィルには力があった。
大賢者譲りの力が。
それを解放させた一撃、拳に込めた一撃はとても重い。
とても強力だった。
しかしドルイド翁はそれをまともに受けるような真似はせず、ふわっと後方に飛びながら、いなすように両手で受け止めると、そのまま後方宙返りを決め、すたっと着地する。
「フィル様のパンチを無効化した!?」
誰よりも驚愕したのはセリカであった。当の本人であるフィルもきょとんとしているが。
ドルイド翁は、
「ふぉふぉっふぉ、柔よく剛を制す」
と涼風が吹いたような余裕ある態度だった。
フィルとセリカは両者の顔を見る。
「……もしかしてこれって大ピンチ」
それが両者の共通認識であった。
ふたりはこの窮地を抜け出す作戦を考えたが、真っ先に思いついたのはフィルだった。
フィルはセリカに耳打ちをする。
彼女は耳を疑うような顔をしたが、結局は従ってくれた。
「……口惜しいですが、その作戦しか残されていないようですわね」
「……うん」
フィルも悲壮な決意をすると、ふたりでザンドルフ流究極奥義を放つ決心をした。
「獅子崖下天仰!!」
その必殺技の内容は――