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グラトニーの最後

 フィルは巨人の手をこじ開けると同時に、呪文を詠唱する。


「獄炎の中の獄炎、地下で裁きを待ちし咎人の群れよ、吠え立てろ、地獄の番犬の牙となれ!」


 フィルがそう言い終えると、炎の形をした獣が具現化する。ケルベロスのような形を作り上げると、それが走る。


 躍動するように生まれた炎の番犬はそのまま鉄巨人に突っ込む。獄温の獣は鉄巨人を飴細工のように溶かす。そして巨人の中心部にあった核を食いちぎる。


「どんなゴーレムも核によって動いているの。それを破壊すれば壊れる」


 これは祖父である大賢者ザンドルフに教わったことであった。祖父が昔、練習用に作ってくれたゴーレムと戦ったときのことを思い出す。


 あのときも苦戦したが、あのときも同じようにゴーレムを破壊した。

 この世に破壊できない物体はないのである。


 コアを破壊されたゴーレムは先ほどまでの脅威が嘘のように倒れる。ぐらりとその場で崩れ落ちると、身体がばらばらになる。鉄の身体はそれぞれのパーツで出来ており、魔力によって結合していたようだ。


 このようにして鉄巨人を破壊したフィルであったが、喜びはしなかった。


 セリカとシュリンのことが気になるのである。すぐに彼女たちの方向へ振り向くと、そこには彼女たちと思わしき少女がいた。


 思わしき――、と思ってしまったのは、シュリンが先ほどとは違っていたからである。彼女はとてもふくよかな少女になっていた。


 いや、戻っていたか。セリカが説明をする。


「どうやら私の飲ませた毒が暴食のグラトニーに効果てきめんだったようです。シュリンの体内から悪魔が出てきました」


「これがシュリンなの? さっきまでは「おーほっほっほ」って言いそうなお嬢様だったのに」


「どうやら暴食の悪魔の力を借り、痩身の姫君になっていたようです」


 セリカは穏やかに眠る少女の額に手を添える。


「きっと、美しく痩せたいがあまりに悪魔に心を奪われてしまったのでしょう。ですが、それは一時の迷い。明日からは心を入れ替え、真面目にダイエットしてくれるはず」


 いえ、とセリカは続ける。


「もともと、ダイエットなど不要なのです。誰が痩身の姫君が美しいと決めたのでしょう。わたくしは彼女のようにぽっちゃりとした女性が好きです」


 それにはフィルも賛同する。


「ボクも! まんまるいほうが抱き心地がいい」


 フィルはシュリンを抱きしめながら明言する。彼女はマシュマロのように柔らかかった。


 しかし、すぐにそれをやめる。


 不穏な空気を感じたからだ。後方に悪意の塊のような意思を感じると、フィルは即座に臨戦態勢に戻る。


 そこにいたのはシュリンの体内から排出された悪魔だった。

 暴食のグラトニーは生きていたのだ。毒だけでは殺すことはできなかった。

 グラトニーは悔しげに言う。


「おのれ、小娘どもめ、小賢しい真似を」


「賢いのはいいことです! それにわたくしたちは悪魔の存在を許さない。人々の弱い心につけ込み、人心を惑わす悪魔め!」


「それこそ、悪魔の本領よ。人を惑わさずなにが悪といえよう」


「ならばわたくしたちが悪を断つ。正義の御名のもと、すべての悪魔を駆逐する」


 そう言うとセリカは挨拶代わりのエネルギーボルトをぶつける。

 脂肪の塊のような悪魔はそれを右手で受け止めると、そのままむさぼり食う。


「まるで涼風のような魔法よ。婦女子が作った焼き菓子のようだ」


 グラトニーは腹の底から笑うと、さらに化け物じみた食欲を見せる。横に転がっている巨大な鉄塊。鉄巨人の残骸を喰らう。


 無機物の巨人を喰らう。鉄を喰らうと同時に身体を大きくさせる。脂肪の塊が雪だるまのように膨れ上がる。


「ぐはは、見よ、この力。喰らえば喰らうほど大きくなれるオレの身体を。やがてすべてを食らいつくしてくれる」


「全部食べたところで、その食欲は尽きないよ。やがて自分まで食べるというの?」

 フィルは悲しげに悪魔に言う。


「世界を食べ尽くしたあとはどうするの? 最後は自分まで食べることになっちゃうよ」


「うるさい! 小娘め! オレ様に説教など許さない。お前の悲鳴ごと喰らい尽くしてやろう」


 グラトニーはフィルの言葉に耳を貸さない。


 すべてを喰らい尽くそうと、脂肪たっぷりの腹をぱくりと開かせる。そこに現れたのは第二の口だった。とても大きな口で雄牛も一飲みできそうであった。


 その大口はすべてを飲み込むために吸引を始める。

 フィルはそれに向かって魔力を放つ。《火球》を喰らわせる。


 フィルの火球は腹に飛び込み、爆発するが。グラトニーはダメージを受けた様子がない。それどころかさらに身体を大きくさせる。


「ぐはは、見たか。これがオレ様の能力、『吸収』だ。あらゆる魔力を吸収し、己の糧とする」


「火球が駄目ならば氷、それが駄目ならば雷!」


 フィルは宣言通り、あらゆる魔法を使う。《氷嵐》《雷撃》《巨石》唱えられるあらゆる攻撃魔法を唱えたが、それらの魔法はすべてグラトニーの第二の口に入り、やつの栄養源となった。


「あほか、小娘、このままオレをどこまでも成長させる気か」


「爺ちゃんは言ったの。この世界には限りがあるの。どんなお金持ちになってもステーキを百枚も食べられないの。人間は起きて半畳、寝て一畳なの。この世界の黄金をすべて手に入れても棺にそれを入れることはできないの」


 フィルが言いたいことは、どのような欲望を抱いても、それには限りがあるということだった。それは悪魔も同じと言いたいらしい。


 グラトニーはその言葉の意味を理解しなかった。いや、理解しようともしなかった。


 それがやつの敗因だろう。

 セリカはそう思った。


 フィルの身体が黄金色に輝き始める。魔力が最高潮に達した証拠である。この状態のフィルはあらゆる不可能も可能にする。どのような存在も消し去る。文字通り世界最強の存在となるのだ。


 フィルは黄金色の魔力を一点に集中させる。

 魔力を極限まで集中させ、詠唱を始める。



「森羅万象の源、マナよ

 その穏やかな本性を隠せ、猛り狂う感情をむき出しにせよ

 万物の精霊の力を我に貸せ」



 その呪文を詠唱し終えると、フィルは腰から短剣を抜く。

 すべての魔力をそれに注ぎ込む。祖父の形見であるそれは、まばゆい光を放つ。

 フィルはその力を制御しながら、解放する。


「喰らえ、ボクの魔力力(まりょくぢから)! ハイパーエナジー斬りだぁーーー!!」


 フィルの極限までの魔力が短剣を通じて解放される。黄金の魔力がグラトニーを包み込む。


 しかし、フィルの最強の一撃さえ食らうグラトニー。黄金の光をそのまま飲み込む。


「そ、そんな、フィル様のハイパーエナジー斬りが通用しないというの?」


 セリカは息を飲み込むが、キバガミが「大丈夫だ!」と補足する。


「白百合の娘よ、あれを見るのだ」


 セリカはキバガミの指す方向を見る。そこにあったのは不自然なほど膨れ上がったグラトニーの腹だった。


「あの腹――、分かったわ。もう、グラトニーはあれ以上、魔力を吸収できないのね」


 キバガミはうなずく。


「そう、暴食の悪魔とはいえ、フィル様の魔力には敵わないと言うことだ」


 キバガミがそう発した瞬間、フィルからさらなる魔力が放出させる。新たな魔力がグラトニーの腹に向かうと同時に、グラトニーの腹が爆発する。


「ば、ばかな。この娘の魔力は底なしなのか?」


 それが暴食のグラトニーの最期の言葉となった。膨れ上がったウシガエルのような悪魔は、その言葉を発した瞬間、破裂する。


 土褐色の肌が裂け、肉が割れる。脂肪が露出する。


 まるで爆弾でも飲み込んだかのように爆発したグラトニーの身体。肉片や骨、脂肪が辺りに飛び散った。


 その様子を見てセリカは思う。


(……フィル様の強さには底がない)


 かつて勇者たちが必死で倒した悪魔でさえ、フィルの前では敵ではないのだ。

 その事実を改めて頼もしく思うが、フィルは少しだけアンニュイな顔をしていた。

 フィルという少女はたとえ悪魔といえ、倒すのに躊躇を覚える少女だった。


 それが彼女の強さの秘訣であると同時に、弱点のひとつでもあるのだが、セリカはフィルに完全無敵の賢者になってほしくなかった。


 敵にさえ情けを掛ける心優しい賢者であってほしかった。

 それが彼女を山奥から都会に連れてきた侯爵令嬢の偽らざる気持ちであった。

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