食券を夢見る
さて、このようにフィルたちが協議を重ねている間、陰謀を企むものがいる。
それはロッテンマイヤー家の手のものであった。
ロッテンマイヤー家とはセレズニア侯爵家の政敵である。王の弟を担ぎ出し、次期王位簒奪を狙う悪の一派なのだ。
彼らはことあるごとにセレズニア侯爵家に嫌がらせをするが、今回もまたろくでもないことを考えていた。
「カーナーヴォン卿、王立学院に王の落胤がいるという噂は本当ですか」
ロッテンマイヤー一派の貴族はその中でも有力者であるカーナーヴォン卿に尋ねた。
卿は鷹揚にうなずくと言った。
「その噂はある。セレズニアの末娘、セリカが後見人を務める娘が、実は王女であると言う噂が」
「まさか、大昔に侍女が産んだ子が生きていたのか」
「ああ、俺が闇に葬り去ったはずなのだが、子供のほうは生きていた可能性がある」
「ならば今のうちに始末しなければ」
「それがそうたやすくはな。もしかしたらこれは罠やもしれない」
「と言いますと」
「王女はすでに死んでいて、セレズニア家が偽の王女を担ぎ出し、それを再び暗殺させることで、過去の事件を糾弾させる手かもしれない」
「王はいまだに貴殿を怪しんでいるのか」
「そのようだ」
「ならばうかつに手を出せないか」
悪党貴族は悩ましい表情をするが、カーナーヴォン卿は言う。
「しかし、我に考えがある。直接、手を出せないのであれば、間接的に手を出せばいい」
「と言いますと?」
「貴殿は七つの大罪の悪魔を知っているか」
「知っております」
「その悪魔のうち、何匹かは我らの手中にある。それをあの学院で解放する。さすればどうなると思う」
「七つの悪魔は王家の血を欲している。もしもその小娘が本物ならば殺されるということか」
「その通り。しかももしも偽物でも王家に近い血筋のものを殺すはず。つまり、セレズニア家の末娘を狙う」
「つまり、どちらにしろ、我らの政敵を駆逐できると。しかも、我らの手を汚さず」
「その通りだ」
その言葉を聞いた悪党貴族は、にんまりと微笑み、「さすがカーナーヴォン卿、悪魔のような知恵です」と褒め称えた。カーナーヴォン卿は「うぬほどではないわ」と返すと、さっそく、手下に学院で悪魔を開放するように言いつけた。
このようにして三匹目の悪魔がこの世界に解き放たれるのだが、フィルたち一行はまだそのことを知らなかった。のんきに新しいスクール水着を調達し、弁論大会の原稿を作っていた。
一方、さらに別の場所。王立学院の戦士科の寮の一室にひとりの少女がいた。彼女はとても巨漢というか、ふくよかというか、デブっていた。
まるでマリモのような体型をしており、スライムのようなお腹を持っていた。つまり、デブである。デブであるが、なかなかに愛嬌があって可愛らしい。くせっ毛を両脇で結んでおり、なかなかにお洒落なのだが、彼女はここ最近、引き籠もっていた。理由は同じ学科の男子生徒に振られてしまったのだ。
理由は話してくれなかったが、後日、風の噂で彼がスレンダーな女子が好きだという噂を聞く。
巨漢の少女シュリンとは対極の少女である。そのことを知ったシュリンは三日三晩泣き続けた。その間、なにも食べずにいたが、三日くらいの絶食では痩せる気配がなかった。
絶望するシュリンだが、そんな彼女をあざ笑うかのようにカーテンが揺れる。そこからなにか得体の知れないものが近づいてくる。
黒い影は言う。
「……力がほしいか?」
「……力?」
問い返すシュリンに悪魔は微笑む。
「我が名は暴食のグラトニー。あらゆる快楽を知り尽くし、あらゆる愉悦を知る存在。お前はオレにもっとも近しい。もしもオレを受け入れるのならば、その腹にある肉を食らい尽くしてくれよう」
「それってつまり、わたしは痩せられるということ?」
「その通りだ」
「ではお願いします! わたしは痩せたい! 痩せてわたしを馬鹿にした子たちを見返したい。好きな人を見返したい」
「承知した。今、この瞬間、契約は成立だ。お前の脂肪を喰らい、我は具現化する。この世界に実体を持つ」
悪魔はそう言い切ると、シュリンの贅肉を掴み、それをむさぼった。
血こそでないが、生きたまま悪魔に食われるのは、とても気分が悪いものだった。
このような陰謀劇の現場とは無縁の場所で弁論大会のスピーチ原稿を読み上げるフィルであったが、フィルは厭な予感を覚えた。
フィルの銀髪の一部がぴこんと立っているのだ。なにか強力な妖気を感じる。とてつもない霊圧を感じたのだ。
フィルが真剣な表情をすると、セリカが尋ねてくる。
「あら、フィル様、おぐしが乱れていますわ」
櫛を取り出すと髪を整えてくれる。
「今朝は乱れていなかったのですが、どうしてでしょうか」
フィルはなにか強力な力を感じたことをセリカに話すか迷ったが、結局話さなかった。妖気は消えていたし、セリカを心配させたくなかったからだ。
それにもしかしたらフィルの勘違いということもある。今朝はブラシングをサボったから、それで髪が乱れた可能性も十分にあった。フィルは相変わらずお洒落とは無縁な女の子なのだ。
ただ、ミスコンに参加するからにはそうは言っていられない。フィルは水着審査のときにする化粧を習う。ナチュラル・メイクというらしいが、ほんのりと薄化粧をし、審査委員に好感を持たせるらしい。
美しさを競うのに、なぜ、変装を? と思わなくもないが、街の女性はこのようにして美しさを保っているようだ。
セリカは白粉を塗りながら、「フィル様には無縁ですが、いつか覚えてくださいね」と笑顔で言う。
「がんばる」
と、生返事をすると、フィルは精神のチャンネルを切り替える。
さて、明後日にはミスコンだ。頑張って原稿を読んで、スク水に着替えて、一位を取らなければ。フィルは闘志を燃やしながら、一位を取ったあとについて考える。
(一位を取れば500シル分の食券、最初になにを食べよう……)
やろうと思えば学食のメニューを左から右に全部も可能であった。一度やってみたかった行為だが、好きなものを厳選して、それをいっぱい頼む方法もある。
あるいは一点豪華主義で、教員用食堂に潜り込んで、満漢全席を頼む方法もある。東方の皇帝が愛したという宮廷料理を一夜で食べ尽くすのだ。
フィルは、ほわわーん、と幸せな未来図を予想しながらその日に備えた。