セリカと図書館
ミス王立学院へのエントリーが決まったフィルは、事後報告のため、向かうセリカのところへ。
一回、魔法科の中等部の教室へ向かってしまったのはご愛敬。
「そういえばセリカは今、同じクラスだった」
てへっ、と戻ると教室にはセリカはいなかった。家に帰ってしまったのだろうか、と悩んでいると、クラスメイトが教えてくれた。
「セリカ様は調べ物のため、図書館に向かいました」
「まじで!」
フィルはクラスメイトに礼を述べると、図書館に向かう。
「そういえば図書館って行ったことないの」
本好きのフィルであるが、王立学院に入学しても図書館にはいったことがなかった。山から持ってきた本だけで十分だったからだ。足りない分はセリカに貸してもらったり、買ってもらったりしていたのだ。
学院には本がたくさんある場所、図書館があるとは聞いていたが、ベッドサイドの本だけで満足していたフィルは図書館には近寄らなかった。
フィルは敷地内にある図書館にまっすぐ行くと、度肝を抜かれる。
「な、なにこれ!?」
フィルの眼前に迫ってきたのは、古代建築様式の巨大な建物だった。まるで神様でも祀ってある神殿のようだ。
「すごい。小説の挿絵みたい」
フィルは圧倒される。
「まさか、この建物すべてに本が置かれてるのかな」
フィルはびくびくしながら確認するが、その想像は当たった。
「すげえええええ!」
これがフィルが図書館に一歩足を踏み入れたときの感想である。
図書館の中には本があふれていた。フィルの三倍はある書架、そこにびっしり詰められた本、むせ返るような紙の匂い。
まさにここは本の桃源郷、知の集積地だった。
「ボクの家の工房もすごかったけど、ここは何倍もすごい」
爺ちゃんの工房は誰から見てもすごい蔵書量だったが、この図書館はそれの百倍はあるだろうか。
一生を掛けても読み切れない量の本がそこにあった。
「すごいの。これはエル・アザルの書、あれは氷竜の書なの。あれは爺ちゃんの家にもなかったの」
ショウケースに入った稀覯本をじいっと見る。まあ、これは特別読みたくないので、他の書架を見る。
「おー、これはタハ・ケスリョーの新刊なの。3巻で打ち切りになったかと思ったけど、こんなところにあるなんて」
フィルは書架から小説を取り出すと、食いいるように見る。
小一時間ほど読みふけってしまう。
途中、とあることに気が付き、本を元の位置に戻す。
「夢中で読んでしまったけど、ボクはセリカを探しにきたんだった」
ミイラ取りがミイラになるという言葉を思い出したフィルは、本への未練を断ち切り、セリカを探す。
さて、決意を新たにしたはいいが、この広い館内でどうやって探すか、フィルは悩む。
ぽくぽくぽく、ちーん、と頭をひねらせると、フィルは思いついた作戦を実行する。
フィルは館内の中心まで走ると、すうっと息を飲み込む。そしてそれを吐き出す。
「おおーい! セリカー! ここにいるー? いるなら返事してー! いなくても返事してもいいよー!」
館内にいる人はなにごとかとフィルを見る。鼓膜を突き破らんばかりの大声だったからである。
数秒で館内の注目を一身に集めるフィルだが、司書たちはぎろりと睨む。
どうしてだろうと頭をひねっていると、フィルは張り紙を見つける。
「館内ではお静かに。私語厳禁」
と書いてあった。
思わず「あちゃあ」としてしまうが、フィル以上に「あちゃあ!」となっているのは、その保護者だろう。
セリカは脱兎のような勢いでやってくると、フィルと一緒に頭を下げた。
「すみません、言って聞かせますので」
と、何度も頭を下げる。セリカにまで迷惑を掛けたフィルは申し訳なくなり、深く頭を下げる。以後、図書館では絶対に静かにしようと誓った。
一通り謝ると、セリカはフィルのほうへ振り向き、なに用ですか、と図書館に併設されたカフェに向かう。
そこではおしゃべりをしてもいいようだ。
フィルはオレンジジュース、セリカは紅茶を頼むと、フィルは語り始める。
「あのね、セリカ。実はボク、ミスなんとかに出るの」
「もしかしてそれはミス王立学院では」
「そうそう、それ」
「まあ、どのような経緯で」
「実行委員っていう人に誘われた」
「たしかイリーナさんでしたっけ」
「知ってるの?」
「ええ、何度か誘われたことがありますから。その都度、断っていましたが」
「なんで? 勿体ない」
「あまりそういうのに興味はなくて。しかし、フィル様はどうして参加されようと」
「ええと、うんと、世界平和と恵まれない子供たちのため?」
「それはチラシに書いてある口上ですね」
ミス王立学院のチラシには収益金は寄付されると書いてある。
「ごめん、本当は賞金に釣られた。優勝すると食券をもらえるの」
「まあ、そうでしたか。それは猫にマタタビ状態ですね」
「そうなの。狡猾な罠なの」
フィルは軽く憤るが、その姿を見てセリカは笑う。
「まあ、仕方ありませんわ。目立つなとはいいましたが、フィル様はどうせなにもしなくても目立ちます。学校行事には参加しても大丈夫でしょう」
「おお、さすがはセリカ、優しいの。話がわかるの」
「ですが、どうせ参加するからには優勝したいところですね」
「そうなの。500シルの食券は優勝しないともらえないの。だから特訓しようと思って」
「特訓?」
「無詠唱で禁呪魔法を同時にみっつ使う練習をするの。そうすれば最強になれるの」
「……フィル様、もしかしてミスコンテストと武道大会を勘違いしていません?」
「もっとも強い人が勝つ大会だって言ってたの」
「違います。ミスコンテストはもっとも美しい人が勝つのです」
にゃんですと!? という顔をするフィル。
「それは聞いていないの。ボクはてっきり力勝負かと」
「いいえ、違います。ですが、美しさを争う勝負でも問題ないかと」
「どうして?」
「なぜってフィル様はこの学院で一番美しいからです。ですので、よほどの失敗をしない限り、フィル様が優勝するでしょう」
セリカはにっこりと、だが、はっきりとそう断言した。