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フィルと犬小屋とミスコン

 モルドフ脱獄事件と呼ばれる騒動はこうして終ったが、結果はすべての人間の満足いくところであった。モルドフは願いを叶え、カミラ夫人は再び笑うようになった。ふたりが離ればなれなのは気に入らないが、それもいつか時間が解決してくれるような気がした。


 フィルはそうまとめると改めて学院長室へ行った。約束通り、キバガミを飼う許可をもらうのである。


 当然、学院長は許可をくれる。


「キバガミといったか、その犬を寮の番犬として飼うことを許そう」


 と言ってくれた。フィルは小躍りをしながら喜ぶが、学院長は一応、注意する。


「学院には犬が嫌いなものもいる。苦情が多かったら許可を取り消すからな」


「分かってるの。でも、大丈夫、キバガミは大人しい犬だから」


 フィルがアーリマン学院長の前に仔犬化させたキバガミをかざすと、キバガミは、


「く~ん」


 と鼻を鳴らした。その仕草はとても愛らしかった。


 フィルはさっそく、白百合寮に連れて帰ると、寮のみんなに説明をした。


「みんな、今日から犬を飼うことになったの。キバガミというの。よろしくなの」


 キバガミを見た他の寮生たちは黄色い声を上げる。



「キャー、可愛い!」

「もふもふ!」

「あ、男の子だ」



 と、キバガミをもみくちゃにする。やはり女の子は皆、動物が好きなようだ。

 キバガミもまんざらではなさそうだ。


 一方、先日はキバガミを嫌っていたシャロンもいつのまにか犬好きになっていたようで、面倒は任せてください、と腕をまくっていた。


「余り物の骨やすじ肉を与えますので、食費の心配は無用です」


「それは助かるの。お小遣いを買い食いに回せるの」


 フィルのお小遣いは一日5シル。そこからキバガミの餌代を抜けば餓死してしまう可能性もあったから、シャロンの協力は助かる。セリカもなるべく屋敷から余り物を持ってきてくれると約束してくれた。


 餌の問題はこうして解決すると、あとは住処であるが。


「さすがに寮の中では飼えません」


 シャロンはあらかじめ宣言する。


「分かっているの。それも想定済みなの」


 フィルはそう言うと、学院の用務員さんのところに行き、余っている木材をもらってくる。それで犬小屋を作るのだ。コンコンと金槌を振るう。


「あら、意外と器用ですね。一撃で木っ端微塵にしてしまうかと思いました」


「舐めないでほしいの。ボクはこう見えても山では大工仕事をしていたの。家の修理もやってたんだよ」


「へえ、すごいです」


 シャロンが素直に感心すると犬小屋が出来上がる。


「…………」


 不格好ではあるが、雨露はしのげそうである。フィルは満足げにそれを眺めると、町に行き、ペンキを買ってくる。真っ白なペンキを塗って見栄えをよくしようと思ったのだ。


「屋根は赤くするの。そうすれば可愛い」


 白いペンキと赤いペンキを買ってくるとそれらを塗り塗り、風魔法で乾かせると完成。


「おおすごいの。豪邸。これならば僕が住んでもいいの」


 と実際、小屋の中に入って寝る。くー、と3秒ほどで本当に眠る。キバガミは呆れながら主の姿を見ると、主が起きるのを待った。フィルは夕飯時になるとむくりと起きて、


「ご飯」


 と寮の中に入っていく。途中、くるりと振り向いて、「キバガミ、また明日ね~」ぶんぶんと大きく手を振る。このようにフィルの犬小屋作りは終わり、キバガミの番犬化は成功を収めた。



 フィルの懸念が晴れ、キバガミの居場所も決まった。万事めでたいことである。フィルはその日も「帰ったらキバガミと遊ぼう」と退屈な授業を受け終え、下校時間を待つ。


 最後の授業が終ると、即座に帰ろうと窓を開けるが、そこから飛び降りるとセリカに叱られることを思い出し、思いとどまる。


 はらりと舞ったスカートを抑えると、そのままきびすを返し、教室を出ようとするが、そのときクラスメイトに声を掛けられる。


「ああ、フィルさん、いいところにいました。今日は窓から降りないのですね」


「うん、セリカに叱られちゃうからね」


「それはいいことだと思いますわ」


「えへへ、自分でもそう思う」


 頭をかきながら照れるフィル。


「ところでなに用?」


「ああ、そうでした。用があるのでした。実は言付けというか、呼び出しの仲介をされていまして」


「おお、呼び出し! シエラに聞いたことがあるの。校舎裏に呼び出されたら、カミソリとチェーンを持った不良とバトルなの」


「いつの時代のお話なんですか。この学院にそんな不良はいません」


「残念なの」


「フィル様を呼び出したのは上級生ですわ。一般教養科の中等部生です」


「そんな学科があったのか」


「あったのです。それで一般教養科のイリーナという方が是非、フィル様にお取り次ぎを、と」


「なんのようだろう」


「それは分かりませんが、お急ぎのようでした」


「ならすぐにかないとね。ええと、うんと――」


 フィルはもじもじする。


「ふふふ、私の名前はエルですわ」


「お、そだった。んじゃ、エル、ありがとね。また明日ー!」


「また明日です。フィルさんもごきげんよう」


 とエルはお嬢様のようにスカートを持ち上げ、去って行く。まるで花嫁科の生徒のようだ。いや、花嫁科の生徒なのだけど。


 フィルも彼女の真似をすべく、廊下に出ると、イリーナと思わしき人物に挨拶をする。


「おおーい! イリーナ――じゃ、なかった。ええと、ごきげんよう、イリーナ!!」


 スカートの端を持ってちょこんと挨拶。おお、なんかお嬢様ぽい。


 イリーナもそれを認めてくれたようで、「素敵な挨拶ですね」と微笑んでくれる。

 ただ、そこで終らないのがフィルの本領。あまりに嬉しくてスカートを持ったまま「やったー!」と両手を挙げてしまう。


 つまりパンツ丸出しである。


 幸いなことにフィルのパンツを見たのはイリーナだけであったので、注意は彼女からだけしか受けなかったが、彼女は吐息を漏らす。


「……この子をエントリーして大丈夫かしら」


 と。


「エントリーってなに? なに?」


 フィルは興味深そうにイリーナの顔を覗き込む。彼女は黒髪の長髪でとても大人っぽかった。


「実はですが、今度、ミス王立学院を決めるコンテストがあるのですが、そこでフィルさんがノミネートされたのです」


「ミス王立学院って?」


「この学院で一番美しい女の子を決める大会です」


「おお、すげ。天下一武道会みたい」


「それの美容版と思ってください」


「分かった。あと、じゃあ、ノミネートってなに?」


「参加する資格を得たということです。フィルさんさえよろしければ、エントリーされ、大会当日、ステージに立ってもらいます」


「へー、なんか、面白そう」


「それでは参加する、ということでいいですか?」


「うん、いい――」


 と言い掛けた言葉が止まる。

 フィルはセリカの言葉を思い出す。


「フィル様、フィル様は特殊な生まれ、なるべく目立たず、静かに学院生活を送って下さいね」


 そういえばセリカはそんなことを言っていたような気がする。

 もしかしてフィルが今からやろうとしているやつは、目立つということなんじゃ。

 フィルが逡巡していると、イリーナは「忘れていました」と補足する。


「優勝者には、この学院の飲食店で使える食事券をプレゼントします。なんと500シル分ですよ」


「出る!」


 その言葉を聞いたフィルの反応は、稲妻よりも早かったという。

 こうしてフィルは参加シートに名前を書かされる。


 フィル

 13歳くらい

 王立学院礼節科 初等部

 好きな食べ物 全部

 嫌いな食べ物 なし

 将来の夢 山で爺ちゃんと暮らす


 これがフィルのパーソナル・データであった。

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