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はじめてのお買い物

 宿場町に着く。

 フィルにとっては初の人間の町であったが、その感想は人が一杯だった。


「うわー、二足歩行の人がたくさんいる」


 安直な感想を漏らす。

 セリカのような女がたくさんいた。髪が長く、皆、スカートをはいている。

 フィルはパンパンして確かめようとしたが、それはセリカに止められる。


「基本、髪が長くて胸があるのが女だと思ってください」


 彼女は言い切るが、髪が長くて胸が小さい人間もいた。


 例えばあそこにいる髪が長くて鎧を着ているのは女なのだろうか、男なのだろうか。


 指を差して尋ねると、セリカは説明してくれる。


「あのものは男ですね。長髪の冒険者です」


「なんで男なのに髪が長いの?」


「冒険者は面倒くさがりが多いので、髪を伸ばす方が多いようですね」


「ぷーくすくす、なんか爺ちゃんみたい」


「そういえば大賢者ザンドルフ様も長髪ですね」


「うん、爺ちゃんは髪を切るのが面倒だから伸ばしてた。髭も伸び放題」


「長いお髭は魔法使いっぽいですね。あれはファッションかと思っていましたが、そんな理由があったのですね」


「まあ、冒険者は基本、冒険していますからね。床屋へ行く暇などありません」


 と自身のぼさぼさの髪を撫でながら叡智の騎士ローエンは説明してくれる。


「そうか、髪の長い男もいる。覚えた」


 と納得するフィル。しかし、しばらく歩くと違うパターンの人物が現れ、混乱する。 


 十数メートル先に、髪が短くて胸がある人物が歩いてきたのだ。そいつも鎧を着ていた。


 フィルはセリカの外套の袖を掴みながら尋ねた。


「ねえねえ、セリカ、あの人は男? 女?」


 その人物を指さすとセリカは答えてくれた。


「あの赤髪の方ですね。あの方は女性です。胸があるでしょう」


「でも、髪は短いよ」


「ショートヘアーの女性もいます。あの方も冒険者のようですね。たぶんですが、男性が髪を伸ばすのと似た理由で短くしているのでしょう」


「どういう意味?」


「長い髪は手入れが大変なのです。冒険者ですとなかなか手入れができないので、思い切って短くしているのでしょう」


「へえ、そうなんだ。女も短くしていいんだね」


「もちろん、人それぞれ、自由ですわ」


「じゃあ、ボクも短くしようかな。ブラシするのが面倒」


 それを聞いたセリカは血相を変え、否定する。


「だめー! だめです。フィル様は短くしてはいけません」


「ええー!? どうして? 自由だっていったのに」


「それは庶民の話です。フィル様はこの国を統べる女王になるのですから、長髪であるべきです。淑女の髪は長いもの。長い髪は女の友」


 それに、とセリカは続ける。


「フィル様の銀色の髪はとても綺麗です。鋏を入れるなどもったいない」


「そうかなー。セリカのほうが綺麗だよ」


「ありがとうございます。ですが、王都に行けば気がつくでしょう。その髪の美しさに。王都の殿方は皆、ぞっこんになりますわ」


 ぞっこんってなんだろう。旨いのかな? そんな感想が浮かんだが、フィルは口にしなかった。


 それよりも町の風景が気になる。


 男のような女、女のような男、それにこの前説明してくれた馬という生き物もいる。


 建物は爺ちゃんの工房よりも小さいものが多かったが、それでも多種多様で同じものがひとつとしてなかった。


 それに石畳の道は山にはなかったものである。

 すべてが物珍しく、初めての感動がフィルの心を満たす。

 うきうきがとまらない。

 わくわくが尽きない。

 フィルは目新しいものすべてに指さす。

 セリカはそのたび、答えてくれる。


 数歩ごとに尋ねるので、なかなか進まないが、それでもセリカは厭な顔ひとつしなかった。


 なんでもフィルに常識を教えるのは自分の使命らしい。

 どんな質問もしてよいとのことだった。

 気になることを尋ねる。


「あそこで肉の串焼きを焼いてる人はなんなの? キャンプ?」


「肉の串焼き?」


 セリカはフィルの指さした方向を見る。


「ああ、たしかに売っていますね。あれは屋台です」


「ウル? ヤタイ?」


「そこから説明ですか……。こほん、あれは屋台と行って野外でものを売る商売です。この国では基本、金貨と物を交換できるんですよ」


「物を交換するのか」


「そうですね。金貨と呼ばれるもので商品を買えます」


 とセリカは腰の布袋から金貨を取り出す。


「これは王国金貨。通称ゴルと呼ばれています。そうですね。金貨は高額決済用ですから、シルと呼ばれる銀貨3枚くらいであの串焼きが買えます」


「すごい! こんな小さなコイン3枚で羊の肉がもらえるのか」


「よく羊だと分かりましたね」


 とセリカは褒めると、フィルは「えへへ」と喜ぶ。

 フィルの鼻は狼並みなのだ。


「それでは練習がてら、銀貨であの串焼きを買ってみましょうか」


 セリカはごそごそと布袋から3シル取り出すとそれを渡してくれる。


「いいの?」


 目を輝かせるフィル。


「ええ、王都に行けばお買い物も必要でしょう。今から訓練です」


「分かった! 買ってくる」


 と3シル受け取るとフィルはおそるおそる屋台の前に立つ。

 屋台3メートル手前でじいっと店主の顔を見つめる。


 髪が短いしごつごつしているのでたぶん男。パンパンして確かめようかと思ったけど、それはやめておいたほうが賢明だろう。あれはあまり人前ではしてはいけないらしい。

     

なので観察。爺ちゃんの言葉を思い出す。


「敵を知り己を知れば百戦危うからず」


 よく分からないが、相手をよく見ろという意味らしい。

 目の前いるのはたぶん、男、ローエンと同い歳くらい。

 手際よく串焼きを焼いている。


 羊肉を焼いている。羊の羊の間にタマネギが挟んである。香ばしい良い香りがする。


 見ているだけでよだれが垂れる。


 手のひらに握られている銀貨を渡すだけであれがもらえるらしいが、そのような都合のいい話、本当に有り得るのだろうか。


 フィルが住んでいた山奥は基本的に自給自足の生活だ。


 爺ちゃんが希に麓の村まで買い出しするが、本当に希で羊肉も自前で調達していた。


 何頭か羊を飼っており、手頃な大きさになると潰して食べていた。

 羊は貴重な肉。それをこんなに小さなコイン3枚で買えるとは奇っ怪な話である。


一瞬、セリカにかつがれているのでは、と彼女を見てしまうが、彼女は人の良い笑顔でこちらを見ているだけだった。


 とても嘘をついているようには見えない。

ならば真実?


 思わず生唾を飲んでしまうが、それが真実であるか、確認する方法はある。この銀貨をあの男に手渡すのだ。


 おそるおそる男の前まで行くと、銀貨を渡す。


 男は「らっしゃい!」と大きな声を出す、思わずのけぞってしまう。スカイドラゴンやロック鳥の雄叫びよりもびっくりしてしまう。


 だが、フィルの勇気は正しく酬われる。

 男は銀貨を受け取るとフィルに串焼きを手渡してきたのだ。


 思わず「食べていいの?」と聞いてしまうが、男は怪訝な顔をしつつも「当たり前だろ、それはもうお嬢ちゃんのだ」と言った。


 そうか、これは自分のなのか。


 工房での暮らしに自分のもの、他人のもの、という区別はあまりなかったので、新鮮な言葉だった。フィルはその新鮮さも味わいつつ羊肉を頬張る。


 炭火でじっくりと焼いたラム肉は、とてもジューシーで旨かった。

 味付けは岩塩だけだが、それゆえに羊本来の旨さが引き出されている。


 それに合間に挟んだタマネギがいいアクセントになっており、食欲を刺激してくれる。


「うまい!」


 と思わず口にすると目の前の男、店主というらしいが、気をよくしてくれたのか、もう一本おまけで串焼きをくれた。


「お嬢ちゃん、食いっぷりがいいね。それに可愛いから一本サービスだ」


「宿場町すごい!!」


 宿場町でこれなのだから、王都というところに行けばいったい、何本サービスしてくれるのか、今からわくわくがとまらなかった。

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