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アーリマンの依頼

 授業が終るとセリカがやってくる。

 約束通り、一緒に学院長に談判してくれるのだろう。

 中庭の噴水で作戦タイム。


「前も言いましたが、学院長アーリマン様は一見、ちゃらんぽらんに見えて、案外厳しいお方。一生徒を特別扱いすることはないでしょう」


「ボクの爺ちゃんとは知り合いみたいだけど」


「だからこそです。公私混同はしないでしょう。彼はザンドルフ様の友人であると同時に教育者なのですから」


「なら頼んでも無駄なのかな」


「無駄ではないでしょうが、タフな交渉を強いられると思います」


 と言うとセリカは鞄からメイドの衣装を取り出した。


「それは?」


「前回、転移の間を使うときに使ったメイド服です。あのときと同じ手を使おうと思います」


「アリマーンの前でメイドになって、手でハートを作ってきゅぴんってやるんだね」


「アーリマン様です。しかし、その作戦は有効でしょう。彼は若い女が好きですから」


「そんなんで犬が飼えるならば安いものなの」


 フィルはその場で制服を脱ごうとするが、さすがにそれは止めると、運動部の更衣室を借り、出陣に備える。


 フィルとセリカは立派なメイドさんになるとそのまま学院長室へ向かった。


 学院長室へ入ると、学院長はケースの中にいる怪物を可愛がっていた。バジリスクの赤ちゃんである。


 ただの蛇のようにも見えるが、王冠のような鶏冠があった。


「しいっ、今やっとコオロギを食べるところじゃ」


 するとバジリスクはピンセットで与えたコオロギを丸呑みする。


「バジリスクはただの蛇に似ておるからあまり研究対象として人気がない。しかし、東洋の鈎蛇、ツチノコなどとも近縁とされる珍しい生き物なのじゃ」


「へー、爺ちゃんにそっくり。うちの爺ちゃんもコッカトリスの赤ちゃんを飼っていた」


「ちっこい頃から尻尾の蛇もちゃんとあっただろう?」


「あった。同じ籠で飼うと仲間割れしちゃうから、一匹ずつ飼うの」


「そう、魔物は大抵、飼うのは困難だ。ダンジョンで出会えば強靱な癖に、いざ、飼おうとすると問題が積み上がってくる」


「だよね、ところでアーリマン、寮で犬を飼ってもいい?」


「駄目じゃ」


「はぐう、今の流れならいけるでしょ!」


 逆ギレするフィル。


「流れなど関係ない。わしはこの学院の責任者。その職責は依怙贔屓をすることでなく、学院生に決まりを守らせることだ。実験動物以外の動物は私的に飼えない」


「じゃあ、キバガミは実験動物ってことに」


「将来、解剖されるぞ」


「それは困る」


「ならば元いた場所に戻してくるのだな」


 学院長アーリマンはそう言い放つと、二匹目のコオロギをピンセットで与えていた。


 見かねたセリカが助けに入る。


「アーリマン様、私どもの頼みは恣意的なものだと分かっています。しかし、キバガミはとても良い犬なのです。ペットではなく、寮を守る番犬として飼うのはいかがでしょうか」


 最近、寮を狙う下着泥棒が出るという噂です。と続ける。


「下着泥棒かそれはけしからんな。対策を練らねば」


「そこでキバガミの登場です」


「悪くない手だが、問題がある。犬を飼ったら下着泥棒がかじられる」


「下着泥棒に容赦は必要ないかと」


「いや、といってもわしは犬に噛まれたくない」


「…………」


 学院長が犯人なのですか! という突っ込みもできない。


「冗談じゃよ、侯爵家の娘。まあ、たしかに番犬という名目ならば飼うのも悪くないだろう。しかし、わしはこの学院を預かるもの。親友の孫娘に便宜をはかったと後ろ指指されるはその孫娘のためにもよくない」


「孫娘ってボクのこと?」


「そう、フィルのことじゃ。だが、お前らの言い分にも一理ある。だからここはわしの願いを聞いてくれまいか。それを解決してくれたら、キバガミとやらを番犬にしてみせよう」


「おお、話が分かるの」


「願いを聞く前に解決した気分になるでない」


「でも、アーリマンは優しいの。そんな意地悪しないの」


「それはどうかな」


 アーリマンは自嘲気味に笑うと、さっそく、フィルたちに与えるクエストを口にした。


「お前たちにはとある囚人を捕まえてもらいたいと思う」


「とある囚人ですか?」


「そうじゃ。実は王立刑務所からモルドフという男が逃げ出したのだ」


「そういうのは王都の護民官の仕事ではないのですか?」


「もちろん、そうなのだが、そのモルドフとわしはちょっとした知り合いでの。護民官に捕まるよりも先に出頭してほしいのじゃ」


「さすれば罪が軽くなると言うわけですね」


「ああ、懲役3100年が2398年になるだけで済む」


「……いったい、どんな大罪を犯したのですか」


「人殺しだけはしていない、と言って置こうか。道義に反することはなにもしていないよ」


「はあ……」


 納得したようなしていないようなセリカ、一方、フィルは捕まえる気満々だった。

 要は鬼ごっこでしょう、と、はしゃいでいる。


「まあ、フィルの言うとおり、大人の鬼ごっこだな。モルドフはこの学院の地下に潜り込んだという噂がある。そこに向かってくれ」


「この学院に地下があるのですか」


「この学院は古代魔法文明の遺跡の上に立てられた。99階層まであるダンジョンがある」


「初耳です」


「秘匿事項だからな」


「分かりました。それでモルドフを捕まえるのに時間が掛かりそうですが、その間は欠席扱いになるのでしょうか」


「そうだな。特別扱いはできない」


「それは困りました。フィルさんは落第ギリギリの劣等生。出席日数命なのです」


「出席日数は心配無用。学院の地下に広がる不思議なダンジョンは地上とは時の流れが違う。不思議のダンジョンでの一日はこちらで一時間に相当する」


「なんと不思議ですね」


「だから不思議のダンジョンなのだ」


 ザンドルフが締めくくると、詳細は礼節科の学科長に尋ねよ、と結んだ。


「礼節科と言えばカミラ夫人ですよね。普通、戦士科や魔法科が担当するのではないでしょうか」


 セリカは首をひねったが、フィルは気にした様子もなく、「カミラ夫人のとこに行くの」とセリカの手を引っ張る。


 帰り際、「じゃあねー、アーリマン」と手を振る。アーリマンもそれに答えるが、彼女たちがいなくなるとこう漏らした。


「さてはて、ザンドルフの忘れ形見は見事仕事を果たせるかな。実力は申し分ないが、モルドフの過去を知れば手心を加えてしまうかもしれない。それが心配じゃ」


 アーリマンは三匹目のコオロギをバジリスクに与えると、深くため息をついた。

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