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白い犬小屋

 セリカもビアンカも帰るとフィルはキバガミとふたりきりになる。


 フィルの寮はふたり部屋だが、まだ相方がいないのだ。それは寂しくはあったが、このようなときは役に立つ。


 もしも同部屋のルームメイトがいれば、犬を一晩泊めるなど許してはくれなかっただろう。


 フィルはキバガミを持ち上げるとベッドでごろんとなる。


「山にいたときもオオカミとは仲良かったけど、ベッドに乗せると爺ちゃんに怒られた」


 いわく、狼の足は汚れているので泥だらけになるそうだ。幸いとキバガミは綺麗好きなのであまり汚れていなかった。


 キバガミは言う。


「せっかく街にきたのです。野良犬のようにはならない」


 身ぎれいにしているのは牙狼族の矜持らしいが、チワワのようにちいちゃいとなんだかアンバランスだ。


 まあ、いいか、とフィルは明かりを消す。


 明日には学院長のもとへおもむいて、キバガミを飼う許可をもらわなければいけない。夜更かしは厳禁だろう。


 そう思ったフィルはそのまま大の字になって寝る。布団の中にはキバガミを入れて暖を取る。


 やはり犬がいるととても温かい。冬場などは暖房代わりになるだろう。これは是非、学院長にアピールせねば。


 フィルはそんなことを思いながら眠りについたが、睡魔は思いのほか早く訪れる。


 どうやら一連のイベント、特にビアンカとの無人島での暮らしの疲れがここにきてあふれてしまったようだ。


 楽しい日々であったが、海に潜ったり、山を駆け回ったり、ゴブリンと戦ったのは本当に疲れた。


 フィルはその疲れを癒やすため、チワワモードのキバガミをぬいぐるみのように抱きしめるとそのまま寝た。


 一秒もかからず寝た。


「すぅ……」という寝息が部屋に響く。


 抱きしめられたキバガミは寝苦しかったが、主に抱かれているととても心地が良い。すぐに眠れそうだった。


 事実、キバガミも数分で眠りにつくと、フィルとキバガミは朝までぐっすりと寝た。


 いや、途中、フィルがむくりと起き上がり、「おしっこ」と言った。先ほど牛乳を飲み過ぎたのだろう。部屋に備え付けられているトイレで用を済ませると、そのまま寝た。


 以後、フィルは朝まで熟睡する。明け方、鶏がコケッコッコーと叫んでも起きなかった。


 それくらい疲れていたのだろう。

 となると連休明けからさっそく遅刻であるが、そうはならなかった。


 昨晩、セリカはシャロンにフィルを起こすようにお願いしていたのだ。快くとはならなかったが、シャロンは実行してくれた。


 フィルの部屋に忍び寄ると、そうっと箒の柄でフィルを突く。ケダモノことキバガミに触れないようにするための処置だが、主を棒で襲われたと思ったキバガミは「きゃんきゃん」吠える。


 シャロンは「ひぃ」と身をよじらせるが、すぐに敵意がないと分かったので大人しくなるキバガミ。そうなってくると案外可愛く見えてくるから不思議である。


 フィルが起きる前に少し触ってみるか、そんな好奇心を覚えたシャロンはおそるおそるキバガミに触れる。


 動物に好かれるには動物を恐れず、手のひらをグーの形にして匂いを嗅がせるのがベターであるが、シャロンにそんな知識はない。


 焦点の定まらぬ瞳、手もパーにしてぐいっと近づける。普通の犬ならばがぶりといくところだが、キバガミは本当に優秀な犬だった。シャロンのことを気遣って子犬の振りに徹し、「くーん」とシャロンの手を舐める。生まれて初めて動物に好かれたシャロンは気をよくし、キバガミを抱くが、その瞬間、キバガミは大きくなる。どうやら《縮小》の魔法効果がなくなってしまったようだ。


 どすりと大型犬が乗っかってきたが、それでもシャロンはキバガミと戯れる。その後しばらくなでなでし、もふもふ感を堪能すると、エプロンドレスに付いた毛を払いフィルを起こす。なんだかんだでいい時間になっていた。今、起こさなければ遅刻してしまう。


 その後、フィルをゆさゆさと起こす。五分ほどで目覚めさせると髪をとかし、制服を着るように指導する。シャロンはフィル専属メイドではないので着替えさせてあげることはできないのだ。


 フィルは自分で身支度すると、遅れて食堂に向かった。彼女がなんだかんだで遅刻しないのは、遅刻すると朝食が食べられないからだと思っている。


 フィルは朝からパスタ二人前を詰め込むと、ごちそうさまでした、とそのまま学院に向かう。


 朝、授業を受け、それが終ったら学院長に直談判するつもりだった。それまでキバガミは部屋でお留守番である。シャロンはよろしく頼まれたが、今朝のこともありあまり厭ではなかった。


 それどころか定期的に顔を出してはもふもふする。調理場の余り物の肉を食べさせる。


 こうなってくればシャロンは完全に味方。キバガミ飼う派の心強い同志となるが、さて、この学院の学院長様は許してくれるだろうか。それは未知数だった。


 午前と午後、フィルはキバガミのことばかり考えながら授業を受けた。

 白百合寮の庭に置く予定の犬小屋をどうやって作るか、そればかり考えていた。


 授業中、ミス・オクモニックに、 

「淑女はお茶を飲むときに小指を立てます。なぜだか分かりますか?」

 と尋ねられたときにフィルはこんな台詞を発してしまう。


「ギバガミのおうちは白いペンキで塗ろうと思っています」


 きょとんとする担当教師のフラウ・オクモニック。他の生徒も同様だ。


 取りあえずフィルはいつものように廊下に立たされると、そこでバケツを持ちながら、犬小屋の木材はどこで入手しよう、と考えていた。


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