ワイバーン退治
「うぉりゃああああああ!!」
今日もフィルの元気な声が山々にこだまする。
フィルはワイバーンを狩るため、山を駆け回っているのだ。
ワイバーンの別名は小飛竜、厳密に言えば飛竜ではないと爺ちゃんは言っていたが、フィルには難しいことはわからない。
ただ、ワイバーンはこの山にたくさん住んでおり、その肝は滋養強壮に満ちていた。
その肝を食べればたちどころに病など治る。と爺ちゃんは幼き頃、フィルにその肝を食べさせてくれた。
とても苦くて不味かったことを覚えているが、今度は爺ちゃんにその肝を食べて貰う番である。
フィルは空にワイバーンが飛んでいることを確認すると、ワイバーンが木の梢に掴まる瞬間を待った。
小一時間ほど待つが、なかなか降り立たない。
なんでだろう?
疑問に思っていると、フィルは爺ちゃんの言葉を思い出す。
「いいか、フィルよ。ワイバーンの別名は小飛竜。その名やその姿から空飛ぶ竜に分類されるが、実は違う。ワイバーンは竜ではなく、トカゲの一種なのじゃ」
爺ちゃんの研究によると、ワイバーンには手足がないため、ずっと空を飛んでいないといけないらしい。なんでも空中で交配し、子供も空で産んでいるとか。
当時、いや、今も『交配』という言葉の意味は分からないが、それでもワイバーンがずっと空を飛んでいることの意味は分かる。
ワイバーンはここで待っていても決して木の梢で羽を休めないということだ。
その辺は鳥のたぐいとは根本的に違うのだろう。
「困ったぞ」と腕を組む。
木々で羽を休めているところを捕まえようと思ったが、その手は使えないらしい。
ならば《浮遊》の魔法を使おうか。
昔、爺ちゃんが浮遊の魔法を唱え、鳥を空中で捕まえていた姿を思い出す。
「ああ、でも、ボクは浮遊の魔法が苦手なんだよな」
攻撃魔法は大得意であるが、細々とした魔法は苦手なフィル。たぶん、今、浮遊を使うと宇宙という場所まで行ってしまうような気がする。
ならば黙ってこのまま空を見上げているしかないのだろうか。
非効率だが、ここから魔法を放って射落とすという戦法もあるが。
「だめだめ、ボクの魔法じゃ、そんな繊細なコントロールはできない」
その通りだった。魔法で倒すことはできるかもしれないが、こんなに離れているのだ。ピンポイントで命中させる自信はない。放射系の魔法ならば当たるかもしれないが、消し炭にしてしまうかも。
フィルが欲しいのはワイバーンの丸焼きではなく、生きた肝なのだ。
原形をとどめ、できれば新鮮なまま肝を抜きたいところ。
「ならやっぱあれっきゃないか」
ぼつりとつぶやく。
爺ちゃんには危険だから駄目と言われているが、まあ、やるしかない。
幸いと爺ちゃんは病気で寝ているし、怒られることはないだろう。
そう思ったフィルは、己の両足に《飛翔》の魔法を掛ける。
この魔法は浮遊の魔法とは違い高く飛び上がるだけであるが、フィルが使うと力加減がわからず星々の彼方まで飛んで行ってしまいそうだと禁止魔法に指定されているのだ。
「まったく、ボクを見くびりすぎだよね」
そう吐息を漏らすが、爺ちゃんの先見の明はありすぎた。
飛翔の魔法を掛けたフィルの跳躍力は文字通り桁違いで空の彼方まで飛んでいってしまったのだ。
「げ、やばい。というか、ワイバーンが遙か下にいる」
これじゃワイバーンを捕まえられない。と嘆くが、フィルはふと周りの光景を見る。
雲まで届かんとするその場所は、なにごとにも代えがたい絶景であった。
遙か眼前を見下ろす。
フィルと爺ちゃんが住んでいる山々。その麓には平原があり、その先には街があった。
「あそこには多くの人が住んでるんだよね」
人っていうのは爺ちゃんやフィルと同じような格好をした二足歩行の人たち。
猿とは違って人間の言葉を話すらしい。
一度、見てみたいかな。そんなことを思ったが、好奇心はここまで。
フィルにはやらなければいけないことがある。
それは爺ちゃんにワイバーンの肝を食べさせることだった。
跳躍力の頂点に達したフィル。やがて重力に囚われ、落下を始めるが、落下場所にちょうどワイバーンがいた。
ワイバーンと同じ高さまで落下した瞬間、フィルは右手をぐるぐる回す。
魔法で仕留めてもいいが、ここまで接近できたのだ。近接攻撃をすることにした。
フィルは腕の回転をやめるとワイバーンに話しかける。
「ワイバーンさん、ごめんね。今からぶん殴って君を倒すけど、ちゃんと全部食べてあげるから」
爺ちゃんの言葉を思い出す。生き物を殺していいのは食べるときと自分の身を守るときだけという言葉を。
ワイバーンの肝は薬になるし、その肉はフィルが美味しくいただく。爺ちゃんが回復すれば爺ちゃんにも振る舞う。そうすればなんの問題もないだろう。
そう思ったフィルは拳を振り下ろした。
刹那の速度で振り下ろされる拳。
ぶおん、という音が遅れてやってくる。
あまりのスピード、あまりの光景にワイバーンは言葉を失っている。
そもそもこのような空中で奇襲を受けるなどとは思っていなかったのだろう。ワイバーンは文字通り目を丸くしていた。
そのワイバーンにめり込むフィルの拳。
バコーン!!
という音とともにワイバーンの頭蓋骨はひしゃげる。
その一撃によってワイバーンは一瞬で気絶した。いや、絶命した。
もしかしたらワイバーンは殴られたことさえ自覚していないかもしれない。フィルの拳はそれくらい速かった。
フィルの拳をまともに受けたワイバーンは数百メートルほど先まで飛ばされる。
遠くまで飛ばされ、点になるワイバーン。
フィルとワイバーンの戦いはこれで終わった。周囲にいたワイバーンの仲間は、一瞬、仲間の敵討ちをしようか迷ったようだが、その実力差に恐れをなしたのだろう。
一目散に退散していった。