魔法の「鏡」
美しい宝石が、ずらりと並ぶ真ん中に。ぽつんとひとつ、つるりと妖しく光る鏡があった。
《はじめまして……わたしは「鏡」……美しい全てを映し、美しい全てを受け入れる魔法の「鏡」……》
頭の中に、柔らかく声は響く。その「鏡」の前に、ひとつ、影が落ちた。
《あなたの姿を映し出す……あなたの美しい姿を……あなたは世界1美しい……》
蕩けるようなその「鏡」は、優しく優しく褒めてくれる。
《あなたの髪……あなたの瞳……あなたの唇……あなたの肌……あなたの鼻……あなたの首筋……あなたの……》
優しく、優しく。全てを褒めてくれる。美しいものの美しいところを映す、魔法の「鏡」の声が、心地良く響く。
《あなたの思いやりに溢れた心……あなたの意志……あなたの気品……あなたの冷めても冷めきらぬ熱情……あなたのどんなことがあっても動じぬ冷徹さ……》
うっとりとしている声が、ひとつふたつと例を挙げるにつれ艶めいて、聞く者を魅入らせる。
《あなたは、とても美しい……世界1美しい……》
──自分は世界1である。
次第に、次第に自惚れていく。誰もが、自惚れていく。
柔らかな優しい声は、全てを受け入れる。1番だと褒めてくれる。外見も中身もあなたの全てを映し出し、それを美しいと褒める。
あなたの全てが、美しいと褒める。
《あなたは美しい……とても美しい……》
優しい、優しい声。
それは、あなたの好きな声。なんだか聞いたことのあるような、聞いたことも無いような、でも確かにあなたの大好きな声。
あなたが飢えていたものを満たしてくれる。あなたが忘れていたものを思い出させてくれる。あなたの心を落ち着けて、あなたの奥深くに眠っていた他の誰よりも優れた素晴らしい自分を教えてくれる。
そして、「鏡」は、なおもあなたを褒める。
褒めて、褒めて、褒めて、褒めて……蕩けるようなその甘さに、完全に毒されたら。
《……と、褒めてあげるわたしは、宇宙1素敵な「鏡」》
先程まで頭の中に響いていた優しい声が消え、代わりに嗤うような「鏡」の声がして。
魔法の「鏡」は、2度とあなたを褒めてはくれなくなるのです。