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06


酒場の前を何度も行き来してようやく、決心が付いた。

中は閑散としていた。まだ日が傾きかけたころで、客が来る時間でもないのだろう。

店主が、壁際の長いすで眠っている。

カウンターに一人でいるのは、今朝出会ったあいつだ。


「やあ、待ってたよ。いや待ってなかったというのが正確かもしれないな」不可解なことばかり言うやつだ。「まあまあ、座って。何か飲むかな?」そう言って、カウンターの中に入り込んでグラスを取り出す。僕が店主を一瞥すると「大丈夫だって、目を覚ましたりしないから、今はそういう設定にしておいたんだ」そういって、蒸留酒のビンから酒を注いだ。「とりあえず一杯飲もうよ」自分のグラスを掲げ乾杯を促してくる。「よき出会い。もしくは悪しき再会に」そういってグラスを無理やり合わせてきた。


「再会って俺とお前は会ったことがあるのか、お前は何者なんだ?」僕の声は上ずっていた。


「そうだな。そこが問題なんだ。会ったことがあるのか、ないのか。私のことは、そうだな、ひとまず、ノーマッドと呼んでくれ」

ノーマッド。ひとまず、というくらいだから間に合わせの仮の名というところだろう。


「端的に事実だけを言うと、私と君は以前に会ったことがある。しかし、意図的にその記憶は消しているんだ。不具合があるからね。しかし、最近になって君に不安定なところがあるのを見て、ここに現れたのさ。もしかしたら、予兆があるのかと思ってね」


「予兆?なにがあるっていうんだ」思い出そうしても、その消された記憶とやらがよみがえってりはしない。だが、回りくどい芝居がかったしゃべりかたはどこか覚えがあるような気がした。


「そうだな。世界が崩壊する、といって差し支えない」


「この世界が、崩壊するって言うのか」


「そう、それを説明するために、私と君の出会い、それとこの世界の成り立ちをかいつまんで解説しよう。まずは、私のこの服を見てほしい」

そういうと、ローブを首元を見せてきた。いやこれはローブじゃない。


「これはパーカーだよ。ファスナーつきの。この世界には似つかわしくない」

まるで“別の世界”のものみたいだ。


「たぶんもうわかったきたと思う。君と私は、“以前”会ったことがある」ノーマッドはとたんに笑みを崩し、真剣そのものといった顔に変わる。酒を飲み干して、重々しく口を開いた。「詳しくは省こう。もしかしたら、思い出すかもしれないしね。エンジニアだった私は君の境遇に同情した。そこで、提案したんだ。私の実験の被験者にならないかと。端的に言えば、新種の仮想現実だよ。正確には夢と仮想のハイブリッドといったところかな。その革新的なマシンに君はつながれているんだ。夢を見ながらね」


「夢。俺は今、夢を見ているのか」いや、そんなはずはない。「この世界が夢だっていうのか」


「現実には存在しないという意味では、イエスだよ。君の持っていた記憶と想像力をベースに、シミュレーターと連動してこの世界を作り上げているんだ。本来は、夢を仮想現実のベースにすることによって、肉体から離れて、インタフェースなしで自由に動き回れるようにする技術だったんだ。でもそれを応用して、夢を操作し、その中に閉じこもることもできるようになったんだ。自分だけのオリジナルのゲームのなかにね」


「それじゃあ。今までおれが異世界だと思ってすごしてきたこの世界は作り物だって言うのか」口の中がひりひりと乾いてきた。体が重い。地中から伸びた無数の手に引っ張られるかのようだ。「でも感覚があるじゃないか」右手と左手を組んで思い切り握る。指先の感覚がある。反対の手がそれを感じる。


「そう。そこが革新的なんだ。痛みを再現する必要はない。夢なら、痛みがあると錯覚することもできるんだ。リアルである必要はない。リアリティを感じればいいんだ。ようは、妙に現実味のある夢をみているってことだよ」


「そ……」そんなことって。思わず声にならなかった。


「同情はする。こんな居心地のいい場所で、それがうそなんて聞かされてはたまったもんじゃない。でも私は、君を不幸に貶めたくて会いに来たんじゃないんだ。君の感じた違和感について伝えておかないといけないことがあったんだ」


今日の魔物退治のことを思い出す。「既視感のことか」


「そうだな。わかりやすい例を挙げるとしよう。今飲んでいるお酒、どんな味がする?」


「それは」一口飲んでみる。ウィスキーみたいな。いやウィスキーなんてそんなに飲んだことはない。「どこかで飲んだような」


「そうだよ。このお酒は、ある日ある場所で飲んだ君の記憶の中のウィスキーと、全く同じ味がするんだ。以前までは、世界観にあわせて、飲んだことのない味がしたはずだよ。ところが今はそうじゃないんだ。既視感は、前触れ。似ている出来事ってのはとても危険な兆候なんだよ。君が夢を見始めた当初は、私の仮想現実と夢を連動させる……発音しづらい略称のマシンはまっさらな状態だった。この世界に必要なもので君の記憶でまかなえないものは、マシンで補ってきたんだ。そのデータを蓄積して、この世界は、君の夢は広がってきた。しかし、マシンにも限界がある。メモリーが足りなくなってしまい。今までのデータをリフレインすることで何とか機能しているんだ。幸いにも近頃の君の生活は単調な繰り返しが多かった。しかし新しい展開なんて欲したときは危険が大きくなる。もうマシンのほうで世界を広げることはできない。君の脳を圧迫し、おそらく、いやいずれは確実に死に至る」


言われて、酒をもう一口飲んで見る。確かに妙に飲みやすい。小汚い酒場には不釣合いな、工場で精製されたような味だ。途端にすべてが作り物のように思えてきた。「でも、それがなんの問題だっていうんだ。今日だって、お前に会わなかったら、魔物を倒した時だって、ただの似たような出来事で済ませられたはずだ」余計なお世話だ。「死ぬ?この僕が。この世界はどうなるんだ」話は理解しているが、頭が回らない。自分のことか、この世界のことか、いったいどちらを心配するべきかもわからなくなっていた。


「新しく組成を替えるようなことはできなくなっているんだ。新たなシミュレートをやめて、きみの記憶のなかから引っ張りだしてくるような動作になっている。だから、どんどんと既視感が増していき、いずれはまったく同じシチュエーションを何度も何度も体験するようになる。世界が崩壊するというよりは、君の精神がもたないだろう。いずれにせよ、君の心とこの世界とは一体だ。運命を共にするしかない。君も世界もいずれは両方が崩れていくんだ」


「僕は死ぬしかないっていうのか」


「いや、選択肢はある」




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