03
ギルドをでると往来は活気であふれていた。馬車が行きかい、道端には露店が並んでいる。コンクリートの道も自動車もコンビニも、もうどれくらい見ていないだろうか。
なぜだろう。今日は、ふと”昔”のことを考えてばかりだ。最近思い返すこともなかったのに。
「あの、すみません」ぼんやりと考え事をしていたら、再び声をかけられた。さっきの少年がついてきたのか。「道をお尋ねしてもいいでしょうか」
振り返ると、別の人物だった。
すらりとした細身の長身。頭から黒いローブをかぶって……男、いや女か。うっすらと笑みをたたえ表情を崩さずに話している。「酒場に行きたいんですが」
おかしなことを聞く、この街で酒場といえば、大通りに面した大きな店で看板もでかでかと掲げられている。不思議に思いながらも指で看板を指しながら「あの看板の店ですよ」僕が言い終わる前に食い気味に「いや、もうひとつのほうですよ」まるで僕の返答を予想していたかのような物言いだ。しかも微笑を一切崩さしていない。穏やかなのに気味が悪い。
もうひとつの酒場というのは、裏通りの店のことだろう。あまり評判はよくない。お尋ね者や、宿無しの連中がたむろしているようなところだ。別の街から来てあの店に行こうとするなんて、あまり係わり合いにならないほうがいい類の人間なのかもしれない。
「それなら向こうだ」入り組んだ裏路地の道順まで丁寧に説明した。
「ありがとう」深々と頭を下げたあと、僕の顔をじっと覗き込んできた。「あの……つかぬことをお聞きしますが、以前どちらかでお会いしたことは、ありませんか」
「いや」顔を改めて見ても、覚えはない。隣の町から来たのなら、以前、僕が金持ちを助けたときに、御礼だと言われて銅像を作られてしまったことがあった。そこでそれを見て、僕のことを知ったのだろうか。
「いや私に見覚えがないのならそれで結構です。覚えていないのであれば、まだ大丈夫かもしれない」一人で納得したように首を振っている。「思い出したら、もしくはなにか既視感のようなものを覚えたら。声をかけてください。私は酒場にいますから」
そう言って、彼か、彼女か……そいつは裏路地へと消えていった。
立ち去る後姿を見ながら、羽織っている衣服が気にかかった。フックもついていない。不思議な縫製をしていた。“ここ“では見かけないような服装だった。
それにしても本当に今日は、“むこう”のことばかり考えている。もしかしてホームシックだろうか。”ホーム”には気にかけるようなこともないのに。ふと、自分の右手でこぶし作り強く握りこむ、爪の先が掌に食い込む感覚がある。手を開いてじっと見つめる。僕はここにいる。間違いなくここが僕の居場所だ。
感傷的になる必要なんてない。そんなことより、家に戻って、彼女たちに依頼内容を話さないと。