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怪異探究行

怪異健忘症

作者: 藤代京

 

 ほとんど怪異というものを経験したことはないが、一つだけそれらしい経験があるらしい。


らしいというのは、大人になってから親から聞いた話だからだ。


昔、我が家の道向かいには地蔵さまの祠があったのだと言う。


その祠なにか怖いものがいると、弟と二人で怖がって泣いていたらしい。


まったく記憶にない。


弟とは三才差だ。その弟と騒いでいた、つまり弟も喋れるくらいに成長していたということは、俺は五、六歳にはなっていただろう。

なのに欠片も覚えがない。

歳がバレるが、家の前の電柱が木製で暑い夏になると松脂が滲み出ていたことや、祠が敷地内にあった農機具屋のおばあちゃんに可愛がってもらったことは覚えているのに、なにか怖いものについてはまったく記憶がない。



消ゴムでそこだけ記憶が消されたように。


そもそも、なにか怖いものとはなんなのだろう。



当時はゲゲゲから始まる妖怪アニメが流行りだったし、テレビはいまよりずっとオカルトや心霊に寛容でその手の番組はあふれていた。


子どもとは言え、お化け、幽霊、妖怪の語彙はあったはずなのだ。

だが、なにか怖いものとしか表現していない。


グレートオールドワンズ?


どうも、何かとかしか言いようのないものがいたらしい。


そもそも、怪異どころか地蔵さまの祠自体見たことがない。


家の向かいにあって、農機具屋が夜逃げしてそのあとに来た住人が更地にした時に一緒に祠も壊したらしいのだが、俺そのときは小学四年生なのよ。


その歳になるまで毎日見ていたはずの祠の記憶がない。


あり得ない話だ。


しかし、親からその話を聞いた頃は、一通りオカルトを嗜んで飽きた時期だったので、変な話もあるもんだ程度で深く考えはしなかった。


地蔵さまだしな。


地蔵像というのは供養で置かれることが多いので、地蔵像があるところは結構な確率でろくでもないことがあった土地だったりする。


見ても知らんふりをするに限る。


一時期、ディープにオカルトにはまっていた癖に、その頃は心霊スポットだとかフィクションではない怪異に近づくなんてもってのほか病が発症していたので、変な話だ以上に追求する気はさらさらなかった。



いまでも、フィクションとしてのホラーは好物だが、心霊スポットの類いは断固お断りである。

ニュートリノが検出できる時代なのに、幽霊を検出できないのはいない証拠と物理現象としての幽霊は完全否定してるのにも関わらず。



それから数年は何事もなく過ぎた。


まったく関係のない所から、動きは出た。


ある友人と話していて、その友人から勧められて読んだ、これとっても怖くで厭だからっていうほらー小説をまったく覚えてないことが判明した。


友人からはなんで忘れられるの? と言われたがタイトルしか覚えてないや。確か山でなんかするんだっけか?


そんな気がする。



あれ、俺もしかして怪異に対して健忘症になってないか?



前述の地蔵さまの祠だけではなく、オカルト好きなのにいつの間にか発症していた心霊スポットお断り病。



トラウマになるような怪異を経験したけど、まったく記憶にないだけ?


怪異の記憶はないけど、トラウマだけが残ってる?



検証はできない。



もしそうなら、きれいさっぱり記憶がないがないのだから、検証のしようもない。


日記を書いたりもしないにで、昔の日記を読み返したら乱れた筆記で、窓に! 窓に! なんてこともない。



逆行性催眠にかけると被験者は誘導のままに、自分の記憶を材料に偽に記憶を作り上げることがあると言う。


その伝でいくと、過去は変容する。


現代の主観から過去は観測され、いかようにでも変容する。


それで終わる筈だった。


俺、怪異に対しては健忘症なのかもしれない、で終わるはずだった。


また友人と話すまでは。


遠方の友人に対して冗談で、俺の町は昔は廓で古い怨念が渦巻く町だから、遊びに来なよ。


そう言った時、不意に繋がった。


昔、俺が祠で見ていたものは、ぼろぼろの紅い襦袢をまとって、人とは言えないほどぐずぐずに崩れ変容して蠢く、何か、だったの、だろう。








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― 新着の感想 ―
[一言] 海老さまがおすすめされていたので、拝読しにまいりました。 最後の方、ご友人に話したところですが、その土地のいわれについては忘れてらっしゃらなかったのですか? それなのに、忘れていたというのは…
[良い点] 最後の文で全身が粟立ちました。何よりも恐ろしいのは、この文章を読み終えた後、自分の記憶にある祠に"何か"がいたような気がしてくることです。 僕の生家の近くには道祖神の像の祠がありました。晴…
[一言] 途中までは、普通に読めました。 しかし、最後の最後でゾッときた。 心底ゾッときた。 なんといいますか。最後の最後までそういう雰囲気が無かったからこその、寒け、怖気だったように思います。 …
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