オトメユリ
男友達の家で宅飲み。男友達は3人で、女は私だけだった。大学に入学してから3年一緒にいるからか、しょっちゅう「そういえばお前女だっけ?」とからかわれていた。私自身この友達たちのことを男として見たことはなかったからその扱いのほうが楽だったし、他の男友達と変わらず接してもらえるのが嬉しくもあった。今回の飲み会も女だから何かあるとか、そういう心配は何もなかったけど、20を超えた女が男3人と1つ屋根の下で一晩というのは、どうにも外聞が悪い。どうせ何もないのに、と思いながらも、周りが寝始めたら帰ろうと思っていた。
思っていたのに、どうも飲みすぎたらしい。気づくと部屋の電気は消えていて、床に寝た私には毛布がかけられ、横には男友達の1人の後頭部があった。記憶を辿ると、トイレで何回か吐いたことや友達に注がれた日本酒を一気飲みしたことを思い出してきた。
「あー......やっちゃった......」
小さく声に出てしまった。しんと静まった暗い部屋に私の声だけが響いた。誰も起こしていないだろうか。というか、吐くほど飲んだことで友達に迷惑をかけていないだろうか。考えれば考えるほど不安になってきた。
「んん......」
横で寝ていた男友達がこちらに顔を向けるようにゴロリと寝返りを打った。起こしていないかと不安になっていたところだったため、一瞬心臓が跳ね上がった。その後男友達の顔をまじまじと見つめていたが、目も開けなければ声も出さなかった。よかった、起こしてはいないらしい。
男友達の顔が自分の真横にあり、さらに十数センチの距離にあるのはかなり新鮮だった。普段ここまで近くなるような機会はない。この距離だと睫毛が長いなとか、口の周りにヒゲが生えてきてるなとか、この部屋の暗さでも目が慣れてくれば見えるのだなと思った。普段この男友達に自分との性別の違いを意識することはほとんどないが、ヒゲだけは女の私にはそこまで気になるものではなかった。
触ってみてもいいだろうか。そう思ったときには既に相手の口元に手が伸びていた。改めてまだお酒が抜けておらず、頭が回っていないのだなと思った。ヒゲは触るとちくちくとしていた。小さい頃に父親のヒゲを触ったような覚えが記憶の奥底にふわふわとあるような気がした。
「んん......?」
男友達の眉間に少しシワが寄って、少し睫毛が上に動いた。
「あ、ごめん、起こし、ちゃった......?」
ぱっ、と手を離し、小声で話しかけた。
普段大きい目を3分の1ほど開いた瞼から覗く彼のギラリと光る瞳がこちらを向いて、少し恐怖を感じた。普段は見たことのない顔だった。
「......ねぇ」
そう言いながら私が先ほどまで彼を触っていた手に彼の体温が触れた。小声で話しているためそう感じただけだと思うが、普段より低い声で、誰かわからなかった。
暗い中でも分かる鈍く光る瞳と、低い声で言葉を紡いだ薄く開いた唇と、手から伝わってくる私のものではない体温。
「あ......」
恐怖で口から声が漏れた。恐怖とは対称に、何故か顔が熱くなった。
彼の顔が少しずつ近づいてきているのに気づいたのは、もう彼の顔にピントが合わなくなったときだった。唇に少しざらっとした自分のモノではないものが触れた。胸の奥がズッと重くなる感じがした。
朝、彼はこのことを覚えているのだろうか。「覚えていたら、少し嬉しいかも」と、何故かそう思いながら、私は目を閉じた。