革命前夜
兄リオが出奔したのは彼が15歳、ルブが14歳の秋も終わりの頃だった。
帝都は冬になると寒さが厳しくなり、雪に閉ざされる。リオは冬が来る前に南に抜けたいと考えたのだろう。
「逃げるようで悪いが、俺には力が無い。外へ行き、この状況を打開できるだけの力をつけてくる」
最後にあった時、自分の力の無さを嘆きながら、そう呟くリオの姿にルブは何も言えなかった。
当時、帝都は酷い状況だった。
毎夜のごとく宮殿にて開催される華やかな宴。豪奢な服に身を包んだ貴族たちが、豪勢な料理に舌鼓を打ち、美しい音楽に酔いしれていた。
嘘と袖の下が幅を利かせる貴族社会の外から聞こえるのは、貧困にあえぐ人々の怨嗟の声。助けてくれと伸ばした腕を取るものは神官ではなく、大鎌を振り上げた死神だけで、それすらも「これで飢えから解放される」と安堵してしまうぐらいに腐っていた。
庶民を救うべき神官も、この地へ転属して1ヶ月も経たぬうちに、この地に染まる。庶民に背を向け、貴族にすり寄り、教会への報告書は虚構に溢れた。
そんな国でリオもルブも飢えも寒さも知らなかったのは、皇子という身分の為だろう。皇子と言っても、女狂いの皇帝のおかげで、異母兄弟は10人を下らない。異母姉妹も加えたら20人を超える数になる。
私利私欲に走る官僚や貴族は、皇帝の耳に聞こえのいいことしか言わず、それを鵜呑みにする皇帝。
20人以上いる彼の子供たちの大半が外戚である祖父の言葉を信じ、その威を笠に栄華を謳歌する。
それ以外は、権力に擦り寄る者と、何をしても力が足りないことを分からされる者たちだった。
「外から何かできないか」
リオはそう言って出て行った。
(ならば、自分は、『外』の兄が何かする時の為に、水面下で動きましょうか)
国内でまともな思考の持ち主を探し出し、集める。時間がかかるかもしれないが、何もしないよりましだとルブは動きだした。
幸運にも幾人かの協力者を見つけることが出来たルブは、時間をかけ、ゆっくりと確実に帝国全土に協力者の網を広げるのだった。
来るべき『いつか』の為に。
☆ ☆ ☆
「兄貴に連絡は付かないのか?」
扉を乱暴に開け、怒鳴る弟の声に舌打ちしそうになるのを堪えて、ルブは止まり木に留まった鷹の脚から手紙を取った。逸る心を抑えて手紙を開くと、願っていた言葉を見つけて安堵する。
「なぁ、ルブ兄……」
「落ち着きなさい、ネフ」
ネフは心配そうな弟に手紙を渡し、焦りながら手紙を広げる彼に「兄上は戻ってくる」と告げた。
文面を読んだルブは顔に笑みを浮かべる。
「やっと、だな」
会心の笑み。自分たちの8年の月日が報われるのは目の前だった。
しかし、ここで仕損じてはいけないと気を引き締める。
「ローズさんの方は、どうなっていますか?」
「あぁ、フィールダーの奥方が侍女に扮してついて守ってるから、無茶なことはないだろ」
「狂帝がおかしなことをする前に、彼女の身の安全を確保しないと、後が怖いですよ」
リオの怒りを予想して背筋が冷えたのか、ネフはガタイの良い身体をブルリと震わせる。
そう、何をトチ狂ったのか狂帝はリオの恋人を自分の側室にしようと攫っていったのだ。
「あの女狂いが……」
「でも、これで兄上の心が決まったでしょう」
愛してやまない想い人を拉致されて、手篭めにされそうになっている。この状況で兄の性格上、怒り狂わないはずがない。
結構時期としてはルブの予定より早かったが、ルブの予想以上の力を持って帰ってきた兄のおかげで、この革命は上手くいきそうだった。
「辺境の守備は?」
「もともと辺境伯は此方についてる。ただ念の為にボーツとかが居座ってる」
裏切られたら元も子もない。身内である弟たちが、裏切る可能性が少しでもある辺境伯を見張ってる。
今のところ、辺境伯の心変わりはないらしい。
「確か、兄上の求めに他の傭兵団も領地内に入っていますよね? 南と西に誘導できましたか?」
国外で力をつけたリオは、いつしか大きな傭兵団を率いるリーダーになっていた。その傭兵団と事を構えたくない傭兵団が、リオの求めに応じ援軍として駆け付けてくれる手はずになっていた。
後日必要経費だと請求されることになるだろうが、そうなった時はその時考えればいいとルブは割り切る。
「あぁ、きな臭えって言ったら、そっちの守備に回るって連絡が入った」
「そちらの辺境伯へは?」
「南はクロの祖父さんだろ。連絡済み。西は俺んとこの祖父さんだ。問題ない」
ネフの答えに万事計画通りだとルブは笑みを浮かべた。
「兄上の傭兵団は夕方にも帝都に到着するようです」
「宮殿は今晩もパーティだろ? ルークに確認したら、主催は皇帝だって話だから、確実に参加しているぜ」
「かなりの人数です。見つかるのも時間の問題でしょう―――決行は今晩ですね」
外を見る。まだ日が高く、青空が澄み切っている。
空を照らす太陽が沈んだ時、この国も一度沈むだろう。
「また、陽は昇る」
同じことを考えたのだろう。隣でネフが呟いた。
その日の夜。宮廷内は血で塗れ、帝国の内乱の火蓋が切って落とされた。
革命の首謀者は第8皇子リオを始めとする皇子5人と協力者たち。
皇帝を討ったその日に皇子リオは新皇帝を名乗り、名をヘリオライトと改めた。
その日以降、『帝国に光を』との思いから、革命に参加した皇子たちは自分の名前の最後に『ライト』を加え、兄ヘリオライト帝に恭順することを近い、臣下に下るのだった。