5.逃走劇
気象を操るのは初めての試みだ。
しかも、初めての試みはかなりの大規模で行われなければいけない。
集中して、考えながら、魔力を操る。
「霧を発生させる方法は幾つかある、空気を冷やして空気中に存在する水分を大量の水蒸気に変えるのが手っ取り早く一番簡単なやり方だ。
けど、それだと空気中に含まれる水分に限度がある。ここ暫く晴天続きだったこの大森林にそこまでの水分は存在しない。
必要なのはできるだけ大量の水分だ。
なら、周りから水分を持って来ればいい。
一番効率よく水分を回収できるのは、上から落とす方法だろう。
だけど、必要なのは雨ではなく、細かい粒子状でできるだけ視界を塞ぐ濃い霧。
雨として水分を持ってきて、それを霧に変える。
上空をできるだけ冷やせば雨は降る。
それを温めれば雨は水蒸気になって霧になる。
だけど、それだと視界を塞ぐような深い霧にはならないから、温めるのは地面すれすれで、空気中は冷やして水蒸気を留められるようにしておく必要がある。
だとすれば先に大森林全体の空気を冷やしてある程度霧を発生させてから雨を降らした方が効果的か。
地面すれすれの温度は空気中の霧を邪魔しない程度に上げておいて、ああ、温度調節と霧の発生に、ゆるく遅く大森林を巡回するように風を発生させておけばいいな。
それに、大森林には幾つか泉や湖があるし、その水を利用するのもいい。
水分が多いところでは霧が発生しやすい。
散らない程度に、霧が全体に濃く行き渡るように空気を操作して……。」
纏まった考えに目を開けて、僅かな魔力を使って大森林とその上空の魔力に干渉し、考えたとおりに変質を与える。
干渉した大森林と上空の魔力は、一瞬にしてその性質を俺の望み通りに変わり、大森林は俺の望んだとおりの濃い霧に包まれた。
あとは、干渉した魔力を細かく操りつつこの状態を維持するだけだ。
これ以上の魔力消費は必要ないし、大規模に何かをすることもなく、俺が干渉をやめない間は大森林は霧に包まれることになる。
完成した霧に満足して、レインに声をかける。
「これで、俺たちが大森林を抜けるまでは余裕で霧を維持できると思います。
元々、俺のいた街は大森林の端の方ですし、歩き通せば今日の夜過ぎには抜けれるはずです。」
俺の言葉に、レインは頷いて歩き出す。
それに、腕を繋いでる俺も必然的につられて歩き出した。
「なぁ、ハークス。
ちょっと、聞きたいんだけど、この霧を発生させる前、さっきお前ブツブツ言ってたけど、それってこの霧を発生させる原理を考えてた、んだよな?」
聞いてきたレインに、うなずき返す。
「あぁ、はい。
俺の持ってる魔法書には霧を発生させる魔法なんて載ってないですし、どうもこういう天候を操る魔法、とかは一般的に存在しないようです。
それに、俺の魔法はちょっと、魔法書の魔法とは違うといいますか、全部俺が考えた魔法です。
ああ、それと、ブツブツ言ってたのは、なんていうか、考えてるときの癖なんで、煩かったのでしたらすいません。」
ブツブツと呟いちゃうのは前世の時からの癖なので、どうも治せる気はしないなと思っていると、レインがどうも聞き逃せない言葉を発した。
「全部?全部ってことは、今の魔法以外にもハークスが考えた魔法があるってことだろ?
魔法を作るっていうことは、魔法使いにとって他の誰にも勝る最強の魔法を手に入れるってことで、魔法使いにの悲願だが、ほとんどの魔法はすでに存在する魔法で、新しい魔法が最後にできたのは約800年前だと聞いたことがある。
にも関わらず、あっさりと幾つも魔法を作って、しかも、この規模の魔法をずっと維持できるほどの魔力もある。
お前の魔法適性どうなってんだよ。
しかも、知力と魔力のステータス異常だろ。」
「ちょ、すいません、度重なる質問で悪いんですけど、ステータス?
ステータスって言いませんでした?
察するに、知力と魔力ってステータスの種類ですよね?
それに、魔法適性とか、え、そういうの確認する方法ってあるんですか?
と言うか、そんなシステムあるんですか?!
それに、新しい魔法を作るのがどうして最強の魔法を手に入ることになるんですか?
ちょっと、今の台詞知らないことが多すぎて理解し難いんですが。」
ステータスなんてものがあるなら、把握しておくに越したことはない。
というか、そんなシステムがあるなんて全くこれっぽっちも知らなかった。
これは相当な由々しき事態だ。
それに、魔法を作ることがそんなすごい効果を生み出すとは思えない。
どうも、俺はこの世界について知らないことが多すぎるように思う。
この際、おそらく長旅で暫く一緒に行動することになるだろうレインに、全て解消してもらおうと質問をする。
その俺の質問に、レインは一瞬聞いてる意味がわからない、と言う顔をした後、恐る恐るとでも言うように口を開く。
「おい、まさか、ステータスを知らない、とか言うなよ?
魔法については、まぁ、魔法使いか、魔法に多少興味ある冒険者でもなければ知らないのかもしれないが、ステータスは、まさか。
生きていれば常識だろ?」
常識、常識だと?
いやだが、俺はあまりに引きこもりすぎたのかもしれない。
あれだけたくさんの本を読んだのに、ステータスのことは全く分からなかった。
本には載せるまでもなく、常識、そういうことだろうか。
まぁ、普通は小さい頃に自然と親から学んだりする、とかあるのだろう。
不干渉の代償がこんなところで出ることになるとは思ってもみなかった。
俺が黙り込んでいると、レインが、少し考えてから、ありがたい申し出をしてくれる。
「ステータスは、大森林を抜けたら明日にでもじっくり話してやる。
魔法については、このまま歩きながら知ってることを話すが、あんまり詳しくは知らないからな?」
「お願いします!」
それから、レインの知っている魔法について聞いているうちに大森林を抜けた。
レインの魔法についての話を纏めると、魔法を作った後の効果は詳しく知らないらしいが、魔法を作るのに必要なのは、魔法の理解、新たな魔法の原理の開発、実際の発動、詠唱文の形成、名称の決定の5工程らしい。
しかも、新たな魔法を魔導士ギルドに売れば莫大な富が手に入るとか。
他にも、魔法学校があるだとか、種族固有魔法があるとか、有益な情報をほぼ常識だと言いながら教えてくれた。
とにかくそんな話を聞いて気がつけば大森林の外、だ。
かなりあっさりと、普通に抜けたことに拍子抜けするが、時間はしっかりと過ぎていて、すでに太陽は沈みきっている。
大森林を抜けた先は思いの外近くに人間の小さな町があり、大森林を抜けてからさらに3時間ほど歩いたところで深夜12時を回って、町にたどり着く。
獣人の俺が町に入ると騒ぎになるしどうするのかと思えば、準備のいいレインにフード付きのマントを被せられ、大森林に入る前にレインが借りっぱなしにしてきた宿に案内された。