2.最初の一歩
二度目の生を受けてから丁度5年が経った。
既に4年と5ヶ月ほど前からハイハイではあるが動けるようになり、3年と4ヶ月前にはこの世界の3つある言語すべてを読み書き含めてしっかりと習得した。
そして、この1年でわかったことが幾つか存在する。
そのうちの一つは俺や俺の両親の"種族"に関することだ。
一つ、俺は"獣人"と呼ばれる種族である。
獣人は基本的にベースとなる動物が存在し、そのベースとなる動物は両親からの遺伝に影響を受ける。
二つ、俺の父親はツバメ、母親は狼がベースの獣人であり、俺は"猫"である。
三つ、両親とかけ離れたベースの子供は"先祖返り"であり、珍しいがいないこともない。
が、基本的に迫害対象となることが多い。
四つ、俺は先祖返りに加えて"猫"であり、"猫"は獣人という種族において神聖と邪悪の両方を司る特殊な立ち位置に存在する。
こちらも、基本的に迫害対象となる。
即ち、"俺"はこの世界のこの種族の中では、歓迎に値されない存在であるらしい。
さらに言うと、この1年、俺は両親以外の存在と会っていない。
周りから隔離されているのか隠されているのか。
詳しくは分からないが、それは俺が"猫"の"先祖返り"であることが関係しているのだろう。
たいていの場合、朝早くから父さんは家を出て、夜まで母さんと俺の二人っきりになる。
すると、母さんはどうやら俺があまり好きではないらしく、父さんが家を出てすぐに一人で部屋に篭ってしまう。
そのため、一日のほとんどを家で一人という状況で、俺は書架に籠ることで時間を消費する。
この書架は、中々面白いもので、小説、おとぎ話、歴史書、レシピ本、地図帳、医学書、それに魔法書など、ありとあらゆる分野の本が約10畳ほどの部屋に所狭しと並んでいる。
最初は、小説やおとぎ話を読んで言語を習得し、それから次に歴史書を読んだ。
すると、この歴史書がファンタジーの設定でも読んでいるかのようで非常に面白く、しかも先に読んでいた小説やおとぎ話に照らし合わせると何と無く通じるものがあって楽しい。
それから、地図帳。
これは、まだこの世界に生まれて5年しか経っておらず、一度だって家の外に出たことのない俺に、非常に多くの情報を与えてくれた。
地図帳は完全ではないものの、この世界の世界地図が載っている。
現在、俺が住んでいる場所は、獣人達の国がある"大森林"。
世界の極東に位置する場所だ。
その南には人界、すなわち人間の国々が広がり、それは世界の半分以上を占めている。
逆に、大森林の北側は魔の大陸ー、魔人、魔物、あるいはそれに準ずる者たちの巣窟である。
世界の面積は、割合にして、58%が人間の国、39%が魔の大陸、残りの3%が獣人が統べる大森林だ。
つまり、獣人はこの世界では少数の"種族"であり、それ故にこの世界には3つの言語が存在する。
人間の言語、魔族の言語、獣人の言語。
さらに様々な専門書などを読んで、最後に、魔法書を読んだ。
魔法。
それはかつての世界で誰もが一度は夢見たファンタジーな空想の産物である。
この世界では、魔法書を読んだからといって魔法が使えるようになるわけではない。
かといって、魔法には必ずしも適性が必要というわけではない。
この世界で魔法に必要なのは多大な理解である。
まず、魔法を使うのに一番最初に理解しなければいけないのは、魔法という存在そのものだ。
魔法書には、こうある。
ーー魔法とは、自らの内なるエネルギーである魔力を用いてあらゆる現象を引き起こす技術、あるいは引き起こされた現象そのものを指すーー
最初、俺はこの言葉を丸っと信用して魔法の練習を始めた。
初めは小さい水の球を作ることから始め、次第に形を自由に出来るようになり、だんだん違う属性でも出来るように練習する。
体内の魔力が、変質し、水になったり火になったり。
そして、ある日突然、ふと、気がついた。
魔法とは、体内の魔力を利用し、この世に存在するあらゆるエネルギーに変質させ、操作し、あらゆる現象を作り出す技術、あるいは作り出された現象そのものを指す。
特にきっかけがあるわけでもなく、俺の中での魔法の認識が変わった途端、今まで練習していた魔法は使えなくなった。
独学なので詳しくはわからないが、今まで使っていた魔法の理解がなくなったからだろう。
そして、ならば新しい理解の下で新たな魔法が使えるはずだと、新しい魔法の練習を始めた。
魔法書を見て、発想をもらい、自分の魔法の定義に当てはまるように魔法を使う。
今までは自分の魔法を水に変えていた。
けれど、それはできないから、自分の魔力で周りの空間にある魔力を操作し、空気中を冷やして水をつくる。
自分の魔力→水というたった二つだけだった工程は、自分の魔法→周りの空間の魔力→空気中の水蒸気→水という4つの工程に分割され、けれど、今までとは比べ物にならない莫大な結果をもたらした。
なにせ、周りの空間の魔力を操るために必要な魔力は少量で、しかもどれだけの規模、どんな魔法を使っても使用量は変わらない。
魔法使いに魔法適性がある人しかいない、という常識は、俺の中でその瞬間に崩れ去った。
それが、俺の異世界での明確な、最初の一歩である。