13.魔力変換
「リアナ、走れ!
一刻も早くイーストポリティアから援軍を呼んでこい。
俺はここに残る。」
迫るエンダードラゴンを視認してすぐミランが剣を構えてリアナに指示を出した。
焦燥を含んだミランの指示に反論しようとしたリアナが口を開いて僅かな躊躇いのあと肯定を示す。
この状況で援軍を呼びに行くというのはまさしく正しい行為で援軍を呼べるミランとリアナの内エンダードラゴンとの戦闘で"足手まとい"になる方がその役目を担うべきなのは明確な事実だ。
慈善活動を当然だと考える甘い思考回路と裏腹に俺たちとここまで進むことを選んだ時もそうであった様にリアナは感情のままに判断を誤ったりしない奴らしい。
馬鹿だけど愚かじゃないってことか、なんて思いながら走り出したリアナを見送ってからチラリとミランの背中を確認する。
ミランの背中には未だ目を覚まさないネオンが寝ていて、まだ一度も言葉すら交わしていない彼がどう考えてもこの場で最も"足手まとい"だ。
「行くんですよね、レイン。
このままミランだけを残して逃げても稼げる時間なんてたかが知れてます。
俺も、ここに残って時間稼ぎをするのでネオンを連れて行ってもらえませんか?」
この僅かな会話の間にも迫り来るエンダードラゴンから目を話すことなくレインに言う。
見えてはいないがおそらく驚いているだろうレインが難色を示す前に畳み掛ける様にしてさらに言葉を続ける。
「俺はここで死ぬつもりはありませんよ。正直自信はありませんが根拠がない賭けじゃないとは思います。
……レインの妹を救うのに、俺が必要なんですよね?
なら全力で俺を助けるためにリアナが援軍を呼びに行く手助けをしてください。ついでに邪魔なネオンを連れて。
俺は、俺の幸運に一先ず命を賭けてみようと思います。
まぁ、無理そうでしたら遠慮なくミランを盾に逃げますけどね。」
肩を竦めて苦笑いして見せれば俺のステータスを思い出したらしいレインが頷く。
「わかった。
俺もお前の幸運に全て賭けて全力で対処しよう。」
ミランからネオンを引き取ってレインが走り出す。
その速度はリアナの様な全力疾走ではなく、けれど決して遅くはない。
頭がいいレインのことだすぐに距離と疲労とのせめぎ合いを考えて恐らく最も効率がいい速度で走り出したのだろう。
ここに残る、だなんて愚かな選択だと思うがレインには未だ外に連れ出してもらったお礼をしていない。
「君が自分から残ると言い出すとは意外だな。
死にたくないんじゃなかったのか?
なにか生きて助かる妙案があるのか?
まさか本当に全てを運任せにするつもりってわけじゃなさそうだが。」
リアナとレインが走り去った方向を背にしてエンダードラゴンに向かって剣を構えたままのミランが観察するように俺を見て言う。
既にエンダードラゴンの翼がはためく度に生まれる爆風が感じられる程度には近づいている。
ゴオッと鳴る風の音に反射的に反応して尻尾が揺れているのが分かる。
自分では落ち着いているつもりだが今までにないくらいネコとしての本能が危険を察知して神経をとがらせていた。
俺はミランに返事をする代わりに空中で十字を切る。
ソリエでレインに教えてもらい初めて確認した時と同じように音もなく現れたステータス画面に目を滑らせる。
ーハークス・ストラトフルー
Lv.10
職業:なし
クラス:天候魔術師・魔道先駆者
称号:なし
加護:神樹イグラルの祝福
属性:天
適性:なし
天職:拳闘士
種族:獣人
ステータス:
体力 90
魔力 100
生命力 430
能力 1000
知力 1300
ユニークステータス:
幸運値 99999over
保有スキル
ー能力スキルー
・天候魔術(Lv2)
・真・魔法魔術(Lv3)
ーオートスキルー
・初心者の幸運
・生来の幸運
・偶然の幸運
・魔道先駆者
ステータスを初めて確認してから3日でそこそこ上がったレベルとステータスはここまでの戦闘のなかでも主にフルーラビットのおかげだろう。
上から順に数値をなぞり幸運が未だ99999overと表示されていることを確認する。
この"幸運"が一体どういうことを指すのかはっきり言ってもうあまり信用ならないが、それでもこの幸運などというあやふやなものに自分の生存の確証を求めるしか状況は許されていない。
それからさらに視線を下げてオートスキルの欄で再び視線を止める。
並んだ三つの幸運のうち正確に意味がわかるのは初心者の幸運だけだ。
だけど本当に俺が幸運を持っているなら、命を諦めなければきっと何とかなる筈だ。
パッと空中で手を払い俺がステータス画面を消したのとエンダードラゴンが俺とミランの前に衝撃とともに降り立ったのは同時だった。
ただ地面に降りてきただけのドラゴンから放たれたのはそれだけで窒息死しそうなほどの圧倒的な衝撃波。
地面から足が離れてしまえばあっという間に命共々吹き飛ばされてしまうと容易に想像できる。
咄嗟に強く足を地面に押し込んで固定し身を屈めて対応するがズルズルと後ろに押し込まれる。
当然、獣人とはいえ5才児の軽い体などドラゴンからすれば無いも同じだろう。
僅か数秒の着地の間に押し込まれた距離は100メートル近く。吹き飛ばされなかったのは奇跡といっても過言では無いかもしれない。
圧倒的な着地を終えた圧倒的なエンダードラゴンがこれまた圧倒的な咆哮を上げた。
同時に振り上げられた鋭く巨大な鉤爪は俺よりエンダードラゴンに近い位置に立つミランに向かって躊躇なく振り下ろされる。
ミランが回避を試みるが間に合わない。
咄嗟に受け止めようと掲げた鋼の剣があっさりと小枝のごとく粉砕し、そのままドラゴンの爪がミランの胸元を抉った。
ミランが目を見開いて後ろに倒れこみながら血を吐き出す。
数十メートルはある巨体に似合わないそのドラゴンのスピードは余りに早く予想外の事態だ。
ミランがハッと息を吐いて俺を視界に入れる。
「む、りだ……。
逃げろ!」
掠れた声でハッキリと告げられた言葉に呆然と光景を見守っていた頭が冷静に冴えていく感覚を覚える。
何をバカな、と胸中でため息を吐く。
逃げれるのなら最初から全員で逃げればいい。
それができないから、俺とミランが残るという選択肢をしたというのにミランは既にドラゴンに対し勝利を諦めているようだった。
いや、勝利を諦めているのは俺も同じだが、少なくとも俺は時間稼ぎの方は諦めちゃいない。
巨体に似合うとんでもないパワーに巨体に似合わないとんでもないスピード、纏う瘴気は相変わらず濃く死の匂いを漂わせている。
けれど、スピードだけならおれの方が上だ。
圧倒するほどの差は無いが攻撃を回避するにはそれで十分。
最初の先制攻撃がこれっぽっちも聞いていなかったのだから、俺の魔法攻撃はまったく効果が無いのだろう。
剣での攻撃がどれほど効か無いのか確かめたかったが既にこの場には使える剣は無い。
鉄が容易く折れるのだから少なくとも鉤爪の方は鉄より遥かに高度を持つ物質なのだろう。
ひとまずミランに対しさらに攻撃を加えようとするエンダードラゴンの注意を自分に引きつける。
可能な限り接近し、瘴気よけに纏っていた魔力の量を増やす。
今度はミランを踏みつぶそうと振り下ろした前脚をピタリと止めてエンダードラゴンが俺を目に止めた。
「ミラン、下がれ。
できるだけイーストポリティアの方向にだ。」
動くのもやっとだろうミランに指示を出せば、ふらふらと立ち上がって俺の後ろに下がる。
俺の数歩後ろで立ち止まったミランを気配だけで察する。
エンダードラゴンは俺を見据えたまままだ動かない。
「もっとだ。
あと100mは下がれ。このままちょっとずつイーストポリティアに誘導する。」
ミランの息を飲む声が聞こえる。
俺のやりたいことを察したらしい。
あぁ、そういえば敬語をつけ忘れたと的外れなことを考えながら俺もジリジリと後退を始めた。
目測18メートル。
開いた距離が恐らくドラゴンのリーチを超えた。
ドラゴンは未だ俺を見ているが動き出す気配はない。
なぜドラゴンが動か無いのか、もしこのまま動か無いようなら誘導作戦は失敗になるがしかし助かる可能性も上がる。
冷静を装って考える思考を囃すようにばくばくと音を立てる心臓が煩わしい。
不意にドラゴンが天を仰いだ。
キイィィィィーー
聞いたことない細い奇妙な音が辺りを包む。
ドラゴンの僅かに開いた口に紫色の光が集まっていく。
死の瘴気と同じ色のそれはどう見てもドラゴンの魔力の塊であり死の瘴気と同じ効果を持つのだろう。
「竜の吐息……。」
最早感嘆の響きを持って零れ落ちた言葉に俺よりまだかなり後ろにいるミランがサッと顔を青ざめる。
その魔力の塊の範囲は一体どれほどに及ぶのか想像してしまったのだろう。
かなり巨大な塊になって尚収束をやめ無い魔力の塊は煌々と光をたたえている。
幅はどれほどになるだろう。
距離はどこまで届くだろう。
持続時間はどれくらいだろう。
その貫通力はどれほどを誇るのか知ら無いがただ魔力を纏った程度で防げる瘴気とは比較になら無いのが目に見えている。
恐らく回避行動は間に合わない。
何故エンダードラゴンが俺を見て動かなかったのかようやく理由を理解した。
ドラゴンは往々知能が低い生き物である魔物にして、その知能の高さと知恵の量は時に人類を凌駕する生き物である。
当然個体差は存在するが、現在対峙するエンダードラゴンは非常に頭がいいらしい。
着地したエンダードラゴンは目の前のミランに遠慮なくその爪を振るい、けれど注意を引きつけようとした俺の存在を観察した。
俺の頭でピクピクと動いて音を拾い続けるネコミミが俺の背でユラユラと揺れて敏感に反応を示すネコのシッポがドラゴンにその観察という選択をもたらした。
俺を正しく獣人であると理解し人間と協力し何かを企んでいる放置するべきでないものと考え、そしてネコの獣人ですら回避不可能のブレスを選択した。
避けれない、受けたら即死、迎え撃つのはほぼ不可能。
なら残る選択肢は一つ。
「……撃たせない!!」
ふっと息を吐いて周りの魔力に全神経を張り巡らせる。
フルーラビットを大量に屠った時と同じにーーけれどそれより遥かに速く冷たくーー僅かな自分の魔力で持って大気中の魔力に干渉し全てを冷気に変換していく。
パキパキと俺自身の周りから氷始めた草原が勢いよく広がってエンダードラゴンを捉える。
エンダードラゴンの体内から溢れ続ける瘴気すらも巻き込んで冷気に変換しながらあっという間にエンダードラゴンを氷の世界へと閉じ込めた。
冷気でドラゴンが傷つくことがないのは百も承知で足止めにさえなればなんでもいい。
とにかくエンダードラゴンがブレスを撃てない様にひたすらエンダードラゴンの周りにあらゆる魔力を冷気に変えて集めていく。
ドラゴンが動こうとしてヒビが入るたびにヒビを埋める様にして冷気が動き空気中の水分から氷を生み出す。
少しでも気を抜けばドラゴンに耐えられなかった氷に入るヒビの修復が追いつかずに氷は一瞬で砕け散る。
魔力は最初に大気の魔力に干渉するために使った以外使用しないがそれでも集中力がずっと続くわけではないし、ましてレインとリアナが戻ってくるまで3日4日はかかるしこの位置でエンダードラゴンを足止めし続けるのはあまりに勝算が少なすぎる。
エンダードラゴンが俺たちを殺して食べるつもりならどうしたってイーストポリティアに誘導するより他に生き残る道はない。
なら、このまま氷漬けにするのではなくブレスをなんとかする方法を考えたほうがいいに決まっている。
どうすべきか、考えて、ふと思い至る。
今現在エンダードラゴンの象徴とも言える死の瘴気はまったく存在しない。
俺が瘴気を冷気に変換し利用したから。
瘴気はエンダードラゴンの魔力そのもので、ブレスもまたエンダードラゴンの魔力そのものだ。
ならブレスに直接魔力で干渉してしまえば何か別の有害ではないものに変換できるのではないか。
有害ではないもの、恐らく"魔属性"である死の魔力を変換する。
魔属性の反対は聖属性の魔力だ。
それがどんなものかは知らないが加護持ちが光属性の魔法を使えば聖属性になるとレインは言っていた。
ならーー。
まとまった考えを実行するために凍りついたエンダードラゴンを見上げる。
エンダードラゴンの口には未だ魔力の塊が存在し解放の時を今か今かと待ち望む。
バキンッ
意図的に氷の拘束を緩めた瞬間、氷の世界が音を立てて砕け散りエンダードラゴンのブレスは俺とミラン両方に向かって放たれた。
その速度は決して目に捉えられる速度ではなかったが、放たれて俺とミランに届くまでの間にその魔力の塊は性質を変える。
エンダードラゴンの魔力の解放と僅かな魔力で干渉するのはほぼ同時で、干渉から変換に至るまでその過程もそれが自分に到達するまでに間に合うかどうかも運任せだったがしっかり幸運は働いたらしい。
濃い紫色の魔力は白い光へと形を変え、それは確かに聖属性の魔力となって俺とミランに降り注いだ。
聖属性の魔力がどんなものかは知らなかったが光を受けたミランからはエンダードラゴンから受けた胸の傷が綺麗さっぱり消え去り、死を誘う魔の魔力の反対の効果が発揮されたとすぐに理解できた。
どうやら、ブレスの回避どころかブレスの魔力を利用することに成功したらしい。
これならば、恐らく俺はあらゆる魔法攻撃を無効化どころか癒しの光に変換することができるだろう。
そしてそれをエンダードラゴンも理解した様だった。
ブレスのために空いていた距離をあっという間に縮めて振り下ろされる鉤爪をすれすれの位置で最低限の動きで回避し、さらに俺を飲み込もうとする迫る口からバックステップをとって遠ざかる。
ガチンと鈍い音と共に空を噛んだエンダードラゴンが低いうなり声を上げて遠ざかった俺に追いすがる。
最初に臨んだ誘導の形にようやく持ってこれた。
エンダードラゴンとの開戦から数分しか立っていないのか数時間経ったのか、考えることに集中していたせいですっかりわからなくなったが後はただひたすら回避と後退に専念すればいいだけだ。
まだ喋ってもないですがネオンのステータスです。
ーネオンー
Lv.41
職業:騎士、冒険者
クラス:魔導師
称号:「蒼穹の騎士団」第三隊副隊長
加護:剣聖の栄光の余
属性:光、水
適性:魔術
天職:魔導師
種族:人間
ステータス:
体力 890
魔力 1600
生命力 600
能力 500
知力 2100




