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二月 07

 古代や北欧では服を着たまま入る文化もあるが、ここは現代日本。一般的常識及び後始末の手間を考慮し、風呂に入るために私は巫女装束を脱ぐ。

 決して裸を見たい、などという下卑た欲望からではないのだ。


 若干ブラジャーを外すことに手間取りながらも全て脱ぎ去った後、私は何気なく、あくまで自身の肉体の状態を確かめるため洗面台の鏡と向き合う。

 ――やはり理想の乙女である。

 腰まで伸ばした黒絹のような髪。深く吸い込まれるような神秘的な瞳。色々あった一日の疲れからか朝のような凛とした美しさはないが、見え隠れする隙のある表情は、男ならば情欲を刺激されるであろう。


 男子外に出れば七人の敵がいるという。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 備えあれば憂いなし。

 今の私は黒髪の乙女であり、この乙女と敵対したいなどと思うような不届き者はいないだろうが、あって困る備えでもない。私はなおも続けて、つぶさに情報収集に努める。


 視線を少し下へ。

 肉体も格別である。透き通るほどの真っ白で瑞々《みずみず》しい肌。華奢な体つき。

 慎ましやかにも存在を主張するなだらかな丘の上には、桜色の突端がつんと上を向いており、観光名所としてアピールしたならば、どんなさびれた限界集落でさえも活気を取り戻すこと請け合いだ。


 さらには鳩尾みぞおちから下腹部へのライン。素晴らしい。無駄な贅肉ぜいにくが一切ない。目を凝らせばうっすらと、本当にうっすらと腹筋が確認できるのが健康さを感じさせ、ことさらに悩ましい。そのラインの終点に当たる下腹部にはかすかという表現がぴたりとくる草原がひっそりと茂っている。


 さらに万全を期すため後方確認。

 ほっそりとした肩から続く小さな弓のようなラインを描く背中は、前半身と対照的にどこか大人の魅力をたたえている。そのままゆっくりと視線を下げていくと、健康的な臀部でんぶへと辿り着く。それは艶めかしい男性を感じさせる。試しに掴むと、指先が程よくその肉にめり込んだ。


 なんという絶世の美女であろうか。男ならば猛獣のように雄たけびを上げ、万策を尽くしてでもこの乙女を征服したいと願ってやまないであろう。

 だがしかし。見た目はともかく精神は男であるはずの私には何の銃欲も湧かなかった。

「ちんこよちんこ」と私と共に風呂に入るため脱衣場について来ていたちんこに問いかける。 


「理想の乙女ではあるが、性的探究心が毛ほども湧かない。これはどうしたことだろう」

「ふむ。これは仮説ではあるが――、貴君は性欲の権化であり、第二の脳として下半身でものを考えていた。その下半身――つまり私が貴君から切り離されたことによって思考の伝達がうまくいっていないのではないか」


 なるほど。突拍子もない仮設ではあるが、ちんこが神となり、冴えない私が黒髪の乙女となる世の中である。そういうこともあるやも痴れない。 

 脳内桃色遊戯もしばらくは自粛すべきであろう。性欲が伴わないのであれば、それはただ自分をむなしくするだけの行為であり、行き場を失った神経伝達物質が交通渋滞を引き起こし、いずれは脳溢血となるかもしれない。


「そんなことより貴君。二月の京都は特に冷える。速やかに風呂に入り体を温めた方がいい」


 そうちんこに促され風呂場へと続く扉を開ける。

 冷えた乙女の肌を湯気が優しく包み込んだ。すぐさま湯船に入り体を芯まで温めたい欲求を抑え込んで、私は髪を洗うこととする。髪を濡らしシャンプーを掌に出してわしゃわしゃと洗っていると、ちんこが見かねたように注意をしてきた。


「いかん。シャンプーは髪を洗うのではなく頭皮を洗うようにするのだ。そんな洗い方では傷んでしまう」


 そう言って、私の頭によじ登ると丁寧に頭皮マッサージをしてくる神。

 これは神だ。決して乙女がちんこを頭に載せているのではない。

 しかしなんということか。とてつもなく心地よい。神の多芸さにうっとりとしていると神が泡を洗い流すように言ってきた。彼の言う通りに優しく泡をぬるま湯で揉み落とすようにしてすすぐ。洗い終わると神は全身を使って跳ねながらも私の髪を器用にまとめ、クリップで留める。


「これはどうしたのか」と問うとちんこは「茨木殿から借りてきた」と答えた。

 私の知らぬ髪の手入れ法を知り、必要な物品を前もって準備する。それはまるで――。


「ちんこよちんこ。お前はもしや私のおかんではないか?」

「馬鹿なことを言うな。私は貴君の氏神だ」


 そんなやり取りをしながら、丁寧に体を洗う。この体は乙女の肉体だ。乱暴に扱って白磁のごとき肌を痛めるわけにはいかない。

 丁寧に洗った結果、猥褻無修正作品とは似ても似つかぬ処女性をたたえた神秘を目の当たりにしたが、ここで語るには値しない。


 やっと体を洗い終え、乙女の肢体を湯船に沈める。

 男の体であった頃は、背中を丸め膝を抱えるようにしなければ全身を湯につけることはかなわなかったが、華奢な乙女の体となった今は足を伸ばすことさえできる。

 自然、全身の空気が抜けるようなため息が出た。


「今回は私がやって進ぜたが、貴君も髪の洗い方やまとめ方を早急に覚えた方がいい」


 ちんこが私と共に湯船にぷかぷかと浮かびながら語り掛ける。

 なるほど。乙女となった私の髪は特に長い。湯船に浸かれば私の髪はサルガッソ海の海藻のごとく、浴槽いっぱいに広がってしまうだろう。それは見た目的にもよろしくないし、衛生的にもよろしくない


 ちんこの忠告に感謝する。そんなことまで見通しての至れり尽くせりっぷり。

 私が神に仕えているのか、神が私に仕えているのか。

 とりとめのない考えを疲れた体と共に湯船の底に沈める。この心地よさ、今は何も考えたくない――。

 そんな私にちんこがさらに声をかけた。


「替えの下着をコンビニで購入してきたので、後でそれを身につけるといい」


 ちんこよちんこ。

 お前の慧眼には頭が下がる。そして他者の目を恐れぬその度胸にも。

 私は一人歩くちんこを目の当たりにしたコンビニに居た人々の様子を想像して苦笑した。

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