大宮式乙女道 ~入門編~
一応「完結」としてますが、ネタができ次第、また順次投稿していきますよう。
自画自賛するつもりは毛頭ないが、私の姿は押しも押されぬ乙女である。
腰まで伸びた黒髪は絹のよう。見ようによってはあどけない少女にも妖艶な女にも見える顔立ち。すらりと伸びた手足に、無駄な贅肉の一つもなく完璧に均整の取れた肉体。
端的に言って絶世の美女である。
もしも私の姿について道行く百人にアンケートをとったならば、百人が百人、理想の乙女と答えるであろう。もしそう答えない人物がいたならば、それは美を解さない無粋者、変態、もしくは妖怪変化非人間だ。
ところで。意外に思うかもしれないが、私は生来のこのような麗しの乙女であったわけではない。この二月まで、ストイックかつ悲観的に、他力本願かつ自虐的に、憧れていた薔薇色のキャンパスライフというものを得ることができない状況を想っては、古い木造六畳間の下宿で腐り続けていた男子大生だったのだ。
そんな代り映えのしない虚しき灰色青春を送っていたある日、神となった我が分身――端的に言えば私のちんこによって、私はこの黒髪の乙女の姿に変えられてしまったのだ。
約二十と半年もの間、男として生まれてきたにも関わらず、男としての喜び――異性との運命的な出会い、健全な交際、そして桃色合体遊戯――などなどのおそらくマシュマロのようであろう妙味を味わうことのない青春を送ってきた私は涙した。
私が思い描いてきた薔薇色のキャンパスライフ、そして乙女と手を取り合って迎える栄光の未来、その悉くを手に入れる機会を逃してしまったからだ。
よって再び男の姿を取り戻し、今度こそ薔薇色生活を味わうために、私の氏神――ちんこ――の下で修業中の身である。
つまり誤解のないように言っておくならば。
このような理想の乙女の姿の私ではあるが、精神はれっきとした男であるということだ。
それはそれとして。
確かに私は男であることを自認しているが、容姿は美しい黒髪の乙女である。
このような乙女がガニ股で歩いたり、下着を何日も洗わずに履き続けたり、ハナクソをほじっていたりしてはいけない。そんなことをしたが最後、現代社会に現れた奇跡とも言うべき乙女の美しさと神秘性は雲散霧消してしまうであろう。それは世界の損失である。黒髪の乙女は世界遺産に勝るとも劣らない人類の至宝である。ユネスコからも怒られるに違いない。
よって私は人類の至宝を預かる身として乙女らしくある必要がある。これは乙女の義務である。
以下に乙女道心得をまとめよう。
○
・一、乙女たるもの、美を提供することは公共の義務である。
貧すれば鈍するという言葉がある。物質的・精神的余裕がなければ、物事を楽しむ感性も鈍くなってしまうという意味だ。
乙女の美という潤いの無い世界は砂漠も同然。世紀末核戦争後もかくやという荒廃世界になってしまうに違いない。人心は荒れ、作物は育たず、一杯の水を求めて骨肉の争いが繰り広げられることになってしまうのではないか。なってしまうに違いない。なるのだ。それは避けねばならない。
ならば。この私が世界に恵みの雨にも等しい美をもたらそう。
黒髪の乙女である私がその美しさを慈愛の心をもって提供したならば、人類は世界平和に一歩前進すること請け合いである。
その為、私は黒絹の髪を梳り、身だしなみを整え、自らの美をさらに磨きながら、乙女らしい神秘性を秘めた巫女装束に身を包み日々を生きている。
・二、乙女たるもの、美の提供を適切に行わねばならない。
乙女の美を世界に提供することの重要性は上に述べたとおりである。だが過ぎたるは猶及ばざるが如し。やりすぎはいけない。
乙女の美という潤いを世界に与えすぎればどうなるか。際限なく与えられ続ける潤いに世界は溺れ、沈み、窒息し、ゆっくりと美に浸りながら腐り崩れていくに違いない。美は過ぎれば毒ともなるのだ。助かるのは箱舟を作り、それに乗ることができた善人の家族だけになるだろう。
またこの美で世界を沈めるようなことがなかったとしても、その美の独占を求めようとする人々によって街は混乱することは必然。
男はこの乙女の神秘と美を征服するため、如何なる犠牲をも顧みずに詭弁と暴力をまき散らし。
女はこの乙女の神秘と美に嫉妬の炎を燃やし、京の街を修羅場の炎で燃え上がらせることは確実である。
よって過度なお洒落は禁物である。もしも私のような麗しの乙女が積極的に自身の体を装飾することにしたならば、それは必ずや男を悩殺し女を悋気に狂わせる。
かと言って装飾しなさすぎるのも問題である。ビキニミニスカ下着姿、半裸全裸の肌色過多。これは油田でキャンプファイヤーをして遊ぶようなものだ。わざわざ飢えた男のエサになる必要性もあるまい。
これで私がいつも身を包んでいる、巫女装束というものの優秀性がわかるだろう。
決して、私自身のファッションセンスを誤魔化すために着ているわけではないのだ。
・三、乙女たるもの、自分を取り巻く環境に気を使うべきである。
自分を取り巻く環境というものは、例えるならば商品のパッケージのようなものである。たとえ商品内容に問題が無かろうと、パッケージが破損汚損していたならば一歩劣った不良品と見られるであろう。
上記の通り、乙女の美というものは世界平和、社会の安寧、人倫の保持に大きく寄与している。
このような世界の命運をも左右する大役を、不良品に預けたいと思うものがいるだろうか。
もちろん私は不良品などではない。どこに出しても恥ずかしくない超一級品の黒髪の乙女である。
だが見ず知らずの他者が、麗しの乙女である私を、私を取り巻く環境から三級品だと誤解することは些か腹に据えかねるものがある。
私の今住んでいる場所は三条会商店街近くの古い木造アパートである。
私の美意識によると、この古アパート、若干乙女にはふさわしくない。私のような麗しの乙女に似合うのは古趣溢れる洋館や、数寄屋造りの武家屋敷などであろう。
だが。この世は万事が金である。無い袖は触れない。
ならばたとえカビ臭かろうと、六畳間を最低限乙女にふさわしき空間に保たねばならない。
散らかり放題の書物を片づけ、畳の上に誇りがたまらないように気を配り、台所が腐海の様相を呈すのを防ぐべきだ。
私は数か月ぶりに開けた炊飯器の中に、黒い綿状の胞子と白と緑の斑点が織り成す新しい生態系を確認して、再度決意を新たにした。
・四、乙女たるもの、ふさわしき能力を身に着けておくべきである。
今現在黒髪の乙女となっているとは言え、私はついこの間まで男であった。
男であった頃の私が、妄想の中で出会う乙女に期待していたこと。それは手料理である。
時代錯誤の固定観念だとせせら笑う者もいるだろう。今時、料理ができなくとも生きていく上では何の問題もない。街に出れば、自分でインスタント食品を用意する以上の手軽さで、多種多様の料理を楽しめる時代となっているのだ。
だが。そこに美学浪漫風流典雅さの欠片もあるものか。
少し思い浮かべてみていただきたい。
窓から差し込む朝の光の中で、包丁を使っている乙女の姿のなんと美しきことか。
作っている料理は難しいものでなくともいいのだ。乙女にふさわしき情景の一つである。
だが何度も述べているように、私は男であった。
男子厨房に入るべからず。この格言をおよそ二十年間守り続けてきた私にとって、料理とは未知の分野である。
だがいつまでも尻込みしているわけにもいくまい。フタを開け、かやくとソースの素を入れ、お湯を注いで三分待つばかりではいけないだろう。
まずは米を炊くところから始めよう。それにはカビの楽園となっている炊飯器をなんとかせねば――。
・五、乙女たるもの、内面をも磨くべきである。
世の中に美しいものは多い。
例えば、朝靄の中に沈みながらも、東山から昇る朝日で照らし出された京の街。
例えば、桃色図書の中で、南国の海辺でにこやかに笑っているゴージャスな肉体の美女。
例えば、私がこのような黒髪の乙女の姿となったとしても、変わらずに付き合い続けてくれる友人。
だが見た目が美しいからと言って、その中身本質も美しいといえるであろうか。
冬の京の街は美しくとも、そこに住む京都人たちはどうであろうか? 慇懃無礼で面倒くさくはないだろうか。
桃色図書女優は美しくとも、モザイクの向こう側の神秘部分はどうであろうか? 美を感じるよりも、むしろ衝撃を受けるのではないだろうか。
変わらずに私に付き合ってくれる友情は美しくとも、その友情の発露が、悉く私に害をなすような悪戯なのはどうであろうか?
――高槻め、ぶっ殺してやる。ポストにゴキブリ郵便なるものを投函しやがって!
話を戻す。
私は紳士である。
安易な出会いを求めて、むやみやたらと女性に手を出すようなこともせず、これまで過ごしてきた。たとえ私の性欲が狂宴を求めて体中を駆け巡ろうとも、猥褻作品を鑑賞することで、それをコントロールしてきた。
女性に対して一歩踏み出すことができず、それによって増幅された桃色好奇心と悶々と鬱屈したエネルギーを発散するためにこのような行為をしているのではない。そのような捻くれた感性を持つ者に対して、私は軽蔑の念を抱く。
自身の獣性を桃色作品で律してきた理由。それはいつか運命的女性と運命的出会いを果たし、運命的桃色遊戯を果たすためである。
我ながら誠実極まりないと思う。
至誠通天。私がちんこと合体するために神となるには、この美しき誠実さを貫いていかねばならないだろう。
以上。簡単ではあるが、この先私が乙女として生きていくための心構えをまとめてみた。
私は黒髪の乙女である。人類の至宝である。
ならば乙女道を邁進することこそ、人類の利益となるだろう。
「色々と言いたいことはあるが、とりあえず一つ。インスタント焼きそばを作る際に、お湯とソースを一緒に入れては駄目だろう。やり直し」
「あ」




