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討性黒子男神、出雲珍道中 04

 瀬戸内海は潮の流れが強いとはいえ穏やかな海である。ちんこ一行は大過なく航海を済ませ、目的地である鬼ヶ島へと到着した。

 その島は大きな岩山がそびえたち、おどろおどろしい雰囲気をあたりに放っている。岩山には大きな洞窟があり、その入り口は海に向かってまるで鬼の口のように開いていた。さらには先ほどまで瀬戸内性気候そのままに晴れ渡っていた空もいつの間にか暗雲立ち込め、時折稲光まで走り、まるで嵐の到来を予感させる。

 鬼の住む、鬼の顔を連想させる岩山を持った島。それが鬼ヶ島である。

 ちんこは海岸でミシシッピアカミミガメに別れを告げ、尻込みをする梅田狐を強引に引きずって鬼の砦であろう洞窟の中へと忍び込んだ。

 

 中では大きな人影が集まって酒盛りをしていた。みな人間に近い姿をしているが、一見しただけでも彼らが人間でないことはすぐにわかる。彼らは皆、虎皮の腰巻をつけ、赤銅色の肌に、頭から突き出た牛のような角を持っているのだ。彼らこそが鬼である。

 皆が皆、たくましく、巨岩すら簡単に砕けそうな体躯をしている。天下神拳テンガちんけんを習得しているちんこならともかく、か弱い少女の姿である梅田はあっという間にミンチにされてしまうであろう。というか彼らの鼻息ですら吹き飛ばされてしまいそうだ。

 本能的に生物としての格の違いを思い知ったのだろう。梅田狐はガタガタと震えながら、ちんこに戦術的撤退を具申した。


「やっぱやめないッスか……。日本一の大英雄、桃太郎でさえも犬、猿、雉の三匹の家来を連れての鬼退治だったんスよ? それなのにぼくたちには仲間の一人もいないじゃないッスか!! 無理無理の無理ッスよ!!」

「貴君、奪われた誇り(ちんこ)は自分で取り戻さなければいつまでも負け犬のままだぞ?」

「命あっての誇りッスよぉぉおおお!! ぼくが悪かったッス!! もう鬼を女の子の姿でからかったりしないッス!! もうオスに逆ナンされて喜ぶなんて情けないッスねなんて言わないッス! もういつも半裸でファッションセンス皆無ッスね、モテないっしょ? とか言わないッス!! だからおうちに帰してえええ!!」


 梅田狐は阿呆であった。ちんこの巫女と同等どころではない。彼の巫女は己の行動が引き起こすであろう危険性についての考えは巡らせていたのだ。

 もっとも、それは自らの美しさによって男のことごとくを魅了し女の悉くから嫉妬を受け、京都の町が大混乱に陥るに違いない、との見当違いの阿呆論理なのが欠点なのではあるが。

 一方、梅田は目に見えている危険の真上でタップダンスを踊り、足を踏み外す突き抜けた阿呆であった。

 

 だがちんこは簡易的とはいえ、彼女の化け力の源を取り戻す手助けをすると約束したのだ。彼女への加勢を引き受けたからには途中で投げ出すわけにもいかない。

 神や妖怪などという存在にとって契約や貸し借りと言うものは、非常に重要なものなのだ。もしも彼らがこれをないがしろにすると、ある日突然『自分』が自分でなくなる。空から落ちる、岩の中に閉じ込められる、名前や姿を変えられる、挙句の果てには、いつしか忘れ去られ後にはて塵すら残らない。それは死とは縁遠い彼岸の存在の恐れるものだ。

 ちんこは約束を果たすために梅田狐の目を見て、落ち着かせるようにゆっくりと訊ねた。


「貴君、狐は何科だ?」

「へ?」

「貴君は狐。イヌ科。つまりはそういうことだ」

「どういうことッスか? 三匹分頑張れってことッスか!?」

「まあ待て。彼らがなぜあそこまでの活躍ができたのか」

「なんスかそれ。何が言いたいんスか?」

「ここにキビ団子がある。神である私のキビ団子だ」

「まさか……」

「食べるだけで不思議な力がわいてくる。どんなに弱い奴でもキビ団子の力で悪即斬である。それがここに一箱だ」

「おおっ! さすがは神様! チートアイテムッスね!!」


 梅田狐はぴたりと震えるのをやめ、キビ団子を貪り食った。そして「よーしやるっすよ!」と鼻息も荒く飛び出した。

 ところで。

 偽薬効果プラシーボという言葉がある。嘘でも思い込めばとんでもない効果が出る、というものだ。

 ただの小麦粉で治らぬはずの病を治したり、針で刺されたと思い込むことで内出血を起こしたり、桃色遊戯をしたいがために心にもない「愛している」を繰り返した結果、いつの間にか相手に惚れていた、などの例もある。

 だが。

 相手は天狗と並び立つ日本の二大妖怪の鬼である。岡山駅周辺で買い求めた土産物のキビ団子では、鬼とちんけな化け狐である梅田との絶対的な力の差は埋めることなど到底できず。

 結果として、梅田狐はズタボロにされただけだったのだ。


「やっぱり無理だったか……」


 ちんこは倒れ伏したままピクリとも動かない梅田の体を乗り越えて、ゆらりと闘気を立ち昇らせながら鬼たちの前に姿を見せた。その姿を認め、一体の鬼が飛びかかってくる。

 だが、ちんこの挙動の方が一手早かった。するりと懐に潜り込み、


天下テンガ有情破珍拳うじょうはちんけん!」

「あへ……き、気持ちにゃっ……!!」


 鬼の虎皮の腰巻の下のある部分が膨れ捩れ破裂し、後にはちんこを失った鬼の姿が残された。その姿は半裸の女性の姿となっている。

 外部から秘孔へと神通力を送り込み、敵の肉体を改造する。それが天下神拳、柔の拳の一つ、天下有情破珍拳である。


 こうしてちんこ一行は強大な力を持つ鬼たちへと最後の戦いを挑んだ。その力の差は絶望的であり、仲間が倒れていく中――「ホンット、絶望的な力の差ッスねー」とは倒れた仲間の言である――ちんこは最後の攻撃を鬼へと……。


       ○


「これで最後だ……!」


 ちんこの攻撃を受け、最後に立っていた鬼が地に沈む。


「どうッスか? 降参するッスよ?」

「貴君は……いや、もういい」


 いつの間にか復活していた梅田狐の厚かましいとも言える発言に対し、ため息をついて返すちんこ。この突き抜けた阿呆と一々関わりあっていては疲れる、話がまともに進まないと学習したのだ。

 よってちんこは彼女を無視し、一体の鬼に気付けをして起き上がらせた。


「……はっ、俺は……いったい……?」

「よし目が覚めたな。貴君に聞きたいことが……」

「お、俺の体が!? 何が起こったんだ!?」

「心配ない。少々男性器が神通力で弾け飛んで、女性になっただけだ。そんなことよりも――」

「そんなことじゃあ済まないだろう! 俺のちんこ! 俺のちんこがぁっ!!」

「あるものを返してくれたならば、すぐにでも戻すさ。造作もないことだから心配するな。この狐――梅田殿の男性器はどこにある?」

「ちんこぉ……俺のちんこぉ……! まだ新品だったのにぃぃぃ……」


 宝物殿の中だ、と言って鬼は鍵をちんこに差し出し、再びその場にくずおれる。

 もはや見る影もなく、たおやかになってしまった肩を震わせながら男泣きに泣く鬼。もっともその姿は虎皮の腰巻一枚の乙女である。赤銅色のむき出しの背中を震わせる様子がなんともなまめかしい。

 そんな鬼に対して狐が憎まれ口を叩く。


「よかったッスね、これで女に不自由することもないんじゃないッスかー? うぷぷぷぷぷー」

「くたばれ! そのちんこはともかく、クソ狐はくたばれ!」

「どちらも乙女にあるまじき言葉を使うものではない」


 だがそんなちんこの声は、みっともない言い争いを続ける現狐娘と現鬼娘との間には聞こえないようであった。


       ○


 鬼から受け取った鍵を差し込むと、重い音を立てて扉が両開きに開いた。中の様子を確認して梅田狐が素っ頓狂な声を上げる。


「うおっ、金銀財宝がざっくざくッスよ? 七代遊んで暮らせるっスよ?」

「貴君、押し込み強盗のようなことをするんじゃない、貴君の男性器を取り戻したら帰るぞ」

「えー……ここまで頑張ったのに……」


 頑張ったのはちんこである。


「ところでこれは何スかね?」


 金銀財宝に目を輝かせていた梅田が宝物殿の奥の壁に取り付けてあった赤いボタンを見て声を上げた。

 そのボタンにはドクロマークが描かれており、さらに黄色と黒のストライプからなる警戒色で縁取られている。いかにも危険である。


「これは押すものなんスかね?」

「貴君、押すな。絶対に押すなよ!?」


 ちんこは極めつけの阿呆に釘を刺した。


「押忍! え…押す…?」


 だが。

 まるでポチッとな、といった具合に。そして当然のように。梅田はそのボタンを押してしまった。

 

 阿呆相手に下手な声掛けをしてはならない。行動を無理に抑制してはならない。彼らにとってそれは阿呆行為の後押しをする燃料となるのだ。近年、阿呆によって引き起こされる事件が増加傾向にあるため、国会でも阿呆に対する取り締まりの強化が議論され始めているほどである。

 

 梅田狐がボタンを押した途端に、けたたましい警報の音が「自爆モード作動」といった人工音声のアナウンスと共に周囲に鳴り響いた。

 その不安を煽る警報音の中、「やるなあ」とちんこは辛うじてその言葉だけをひねり出し。

 ――次の瞬間、鬼ヶ島は白い光に包まれ、そして一拍遅れて轟音と共に吹き飛んだのだ。


       ○


「瀬戸内海には性転換してしまった鬼がたくさんいるのだ。鬼ヶ島も財宝も神通力も珍宝も何もかも吹っ飛んでしまったが、元オス狐と共に新しい一大観光地を築こうと頑張っているところらしい。男心のわかる乙女の花園アミューズメントと銘打って来春オープンを目指しているとか」

「ちんこよちんこ。今時、爆発オチが通用するなどと思うなよ? それに私は土産話をしてほしいとは言ったが、ホラ話をしてほしいといった覚えはない」

「私が貴君に対して嘘をついたことがあったか? ところで豆腐が煮えすぎて崩れてしまう頃だ。さっさと鍋から上げてしまった方がいい」

「ん。壬生菜みぶなはいるか?」

「もらおう」


 黒髪の乙女とその氏神は古い木造六畳間で、湯気の中、離れ離れであった十月の間にあった出来事を肴に鍋をつつく。

 こうしてめっきり寒くなった京都の夜は更けていくのだ。

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