討性黒子男神、出雲珍道中 03
鬼ヶ島。島というからには目的地は海である。
梅田の案内で大通りに抜けた後、適当なタクシーを拾い海辺を目指す。
「ところであのような場所で何をしていたのだ?」
道中、ちんこは自分の隣に座った元オス狐に問いかけた。
「ぼくは鬼におちんちんを取られてしまってから化けることができなくなったッス。無くして初めて、ぼくにとっておちんちんは大事なものだったと気付いたんス」
と少女の姿をした狐は答える。
「かといって取り返そうにも鬼はとんでもなく強いッスから……今のままではとてもじゃあないけれど勝てないッス。それでもなんとか逆襲するための化け力を手に入れるために、誰かからおちんちんを借りようと……」
「明らかに強奪する気満々だったように思えるのだがな」
「それは誤解ッス。ケンカイのソーイってやつッス」
「……物事は奥深く多面的なものであることは承知しているし、回り込む角度によって思いがけぬ側面が見えてくるものとはいえ、それは……」
「セッシュー? とかいうやつッス。いつか返すつもりなので問題なしッス」
「阿呆、いや傍若無人の極みだな」
「へへ」
梅田はいたずらっぽく頬を掻いて微笑んだ。
男性器を盗む。その行為は見る者によっては問答詮議容赦慈悲、一切無用の極悪人である。しかしその一方で、彼女の笑顔には彼女の悪事を「仕方がない」で済まさせてしまう愛嬌がある。
「しかし……鬼はどうして貴君の男性器を奪っていったのだ?」
「さ、さささ、さあ? でもなんとかして取り戻さないと……。もみじおろしとポン酢で食べられてからでは遅いッス」
「鬼は男性器をそのようにして食べるのか……」
「さあ? でもぼくは白子をそうやって食べるのが好きッス」
その味を思い出したのか、軽く舌なめずりをしながら答える梅田にちんこはため息をつき、もう一つ気になっていたことを訊ねることにした。
「しかし貴君。その格好にふさわしい行動というものがあると思うのだが」
タクシーの後部座席に大股を開いて座っている梅田が気になって仕方がなかったのだ。
可愛らしい少女の姿となったからには、可愛らしい少女の姿にふさわしい行動仕草を心がけるべきである。それが乙女に対する当然の礼儀であろう。
少なくとも、彼の巫女である大宮はそう主張していた。そう心得ていた。
一方、梅田は理想の少女としてのあるべき姿からはかけ離れている。
エリートちんこたる、討性黒子男神も大宮の特殊阿呆思考回路に毒されてきているのだ、という意見は横に置いておこう。
さらには。
梅田のワンピースの肩紐はだらしなく垂れ下がり、脇からはなだらかな丘の桃色神秘が見え隠れしている。
もしも映像で表現をしたならば、少女趣味者は喜び庭駆け回り、法律家は案件を抱えて丸くなるであろう。
よってちんこはあくまでいやらしい気持ちからではなく、純粋な心配から声をかけた。
「ふさわしい行動ッスか?」
「大股を開いたり、白ワンピースを下着も着けずに着たり……いささか不用心ではないか?」
「ぼくはオスッスよ?」
「だが今は可愛らしい少女だろう。その姿に見合った格好と行動をするべきではないだろうか」
「何スか、それ? わざわざそんなことをする奴がいるんスか? 阿呆じゃないッスか?」
「いや、そうではなく……」
ちんこは梅田と同じ状況――男が女になってしまったという事態に陥っている、彼の巫女のことを考えた。
――黒髪の乙女たる私がこの美しい姿を不用意に惜しげもなく晒したならば、京の街は大混乱に陥るだろう。そして私はどうなるか。それはもう言葉にも映像にもできないような物凄い目に遭ってしまうのではないか。
もしかしたら京都の闇に潜む秘密組織に拉致されてしまうかもしれない。もしかしたらこの乙女の美貌を巡って再び乱世が始まってしまうかもしれない。もしかしたら私を本尊とする一大宗教のムーブメントがまきおこるかもしれない。もしかしたらもしかしたら――
彼の巫女はこう臆面もなく発言していた。その言動は紛れもなく――
「……いや、阿呆だな」
こう言い表すしかなかった。
○
タクシーの運転手の「畑を荒らすサルの撃退方法」や「キジ鍋のおいしい作り方」などといった雑談に何かしらフラグの折れていく音を聞きながら、ちんこと梅田狐は海辺へと着いた。料金を支払い、タクシーを降りてから「これが海か」と、コンクリート製の堤防の上で思わずちんこは小さく呟いた。
もちろんちんこは海がどのようなものか知っている。大宮が男であった頃に夜ごと使用していた桃色書籍の中でも美女たちが海を背景ににこやかに笑っていたのだ。さらには塩辛い、地球上の七割を覆っている、生命が始まった場所、水産鉱物資源が豊富である、などの学術的知識も持っている。
だが実際に五感で感じる海は想像していた以上の迫力を持ってちんこに差し迫ってきた。
季節外れの海水浴場に静かな瀬戸内海から思いがけないほどの強い風が吹いてくる。その風に乗って何やらきゃあきゃあという声が聞こえてきた。声のする方向に目を向けてみれば、砂浜で幾人かの子供たちが何かを囲んで騒いでいる。
何事かとちんこが梅田を引き連れて、彼らの後ろからひょいとのぞき込むとそれは大きな亀であった。子供たちは亀を囲み、棒で打っているのである。
「もしもし亀をいじめてはいけないよ」
ちんこは子供たちを諭すように言った。子供たちはちんこを見て一瞬ギョッとしたような顔をしたが、一緒にいる可憐な少女姿の梅田を見て「彼女にみっともないところを見せたくない」と思ったのだろう。若干ひきつったような顔をしながらも「亀をいじめてはいけないのはわかってるよ」と子供たちは答えた。そしてこうも続ける。
「でもこの亀はミシシッピアカミミガメなんだ。外来生物法によって、生態系への被害を防止するためにはこれもやむなし。自分たちの都合で持ち込んだぼくたち人間のエゴではあるけれども仕方のないことなんだ」
「確かにそのような法律はあるが、あくまで外来種の繁殖・分散につながるような行動には注意が必要ということだ。その場ですぐ放すのであれば問題ない。むやみに殺してしまうこともあるまい」
「えー……でも……」
「仕方ない。ここに樋口一葉が一人いる。これでその亀を……」
「どうぞどうぞ」
「うむ」
子供たちはちんこから五千円札を受け取ると、この金で何を買うかを相談しながら去っていった。
砂浜に残ったのはちんこと狐と亀である。
やがて子供たちの声が完全に聞こえなくなった頃、亀は甲羅からひっこめていた頭を出して、ちんこと梅田に語り掛けた。
「どこのどなたか存じませんがありがとうございます。お礼と申しましてはなんですが、竜宮城へとご招待したいと思うのですが」
「マジッスか!? あの竜宮城ッスか? 全国妖怪の行ってみたいリゾート第一位のあの? ありがたいッス!!」
「いや、結構だ」
「なんでッスか!? 討性様、あの竜宮城ッスよ!? ほんの二、三日滞在するだけで数百年歳経ることができるという妖怪垂涎のパワースポットッスよ!?」
「……このうるさいやつの言うことは無視していてくれ。実は亀殿に頼みたいことがある。私たちを鬼ヶ島まで連れて行ってはくれないだろうか」
「お安い御用です」
「え、ちょっと待つッスよ、竜宮城は……? タイは? ヒラメは? 乙姫様は?」
こうしてちんこたちは鬼ヶ島を目指して海へと乗り出したのだ。
ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)が外来生物法の対象になるのは2020年からですが……細かいことはまあいいじゃないか。




