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一月 03

 私はちんこの様子、そしてちんこを助けたいということを伝えた。その言葉を天狗が神代の言葉に変え、桂に伝える。


「――!? ――」

「『デージーマー!? ヘンタイだったねー』と言っておる」

「すみません、嵐山様。二重通訳をお願いします。私はバブルの空気に疎いのです。あと『言っておる』は結構です」

「ふん」


 嵐山が毎度のごとく不機嫌にその長い鼻を鳴らすが、知ったことではない。


『その方の訴え、あいわかった。だが、神と関わった者の末路を思い出せ。多くの者が、屈辱を与えられ、呪いを受け、心を壊され、命を失い、永遠の苦しみを与えられ、化け物にされ――。討性黒子男神キサノクロコマラオとの接点を失った今こそ、なれ幽世かくりよから現世うつしよへと戻るための良い機会であると知れ』

「ちんこは私の危機を身を挺して助けてくれました。貸し借りと言うわだかまりを後に残さないのが彼岸の決まりだとか。ならば私がちんこの危機を身を挺して救って五分五分です」

『そのために我に助けを乞うのか。対価がいかほどの物になるかも知らずに』

「ちんこを救えるのなら、どんなことでもやります。……死ぬこと以外。痛いのと苦しいのも遠慮したいです。しんどい程度なら、なんとか」

「お前は阿呆か……茨城の弟子らしいと言えば弟子らしいが……。『神産みにも匹敵することへの対価がその程度で済むわけもない』……当然だ」

「それでは、痛いのも苦しいのも……ほんの少しなら」

『だが貸し借りを残さぬ、という覚悟は褒めて遣わす』


 そう口にすると――私にわかるよう口にしたのは天狗だが――桂は平安貴族風の衣装――狩衣と呼ぶのだろうか――の袖から小さな徳利を出し、


討性黒子男神キサノクロコマラオの巫女よ、その方に東洲斎写楽の春画を手に入れた褒美を遣わす。討性黒子男神は褒美としての我が神酒を受け取ることを固辞し、かの者の巫女に権利を譲ることを望んだ。今こそ、これを受け取るがよい』


 と嵐山の口を介して言った。

 ちんこは神通力を生むという神酒を受け取っていなかったのか。私がルールご意見問答一切無用の超時空麻雀を制して、手に入れた神酒を。ちんこのために手に入れた神酒を受け取ってもらっていなかったことに対する、ちょっとした不満を感じた。

 私を甘やかそうとするにもほどがある!!

 私はちんこを喜ばせたかったのに。

 なぜ、私を喜ばせるのだ。

 動かなくなってまで。

 不意に視界が滲んだ。

 涙で滲んだのか、と思ったが違うに決まっている。悲しくも嬉しくも悔しくも惨めでもないのに泣くなどと!!

 彼岸の存在のための酒場は、ただの人間である私にとっては不可思議なことだらけだ。

 私はもう冷たいちんこの暖かい優しさに包まれて――やっぱり泣いていた。

 不可思議にもほどがある!!


       ○


 神通力が沸くという神酒を受け取った後、私は桂と嵐山に丁重に礼を言い、来た道を引き返す。この神酒を飲ませればきっとちんこは蘇る。そう思えば、自然、私の足は軽やかになった。義務的に「ありがとうございました」との声をかけるバーテンダーの横を走り抜け、外への扉を開くと、再び冬の京都の寒さと夜の繁華街の喧騒が私を包んだ。振り返るとバー『秘密基地』につながる地下への階段は消えている。私はもう一度、その何もない空間に向かって礼をした。

 そして私は四条通でタクシーを拾って下宿まで帰る。地下鉄で帰ってもよかったが、少しでも早くちんこの待つ部屋に帰りたかった。

 下宿につき、草履を脱ぎ捨てて六畳間に駆け込む。


「ちんこ!! もう大丈夫だ、神酒を持ってきたぞ」


 神酒を適当なコップについでちんこへと傾ける。だが――ちんこは神酒を飲むこともなく、酒の雫がぽたぽたと畳の上にこぼれるだけだった。


「ちんこ……どうして飲んでくれないのだ」


 私の声が寒々しい部屋に寒々しく響いた。いつもならば私の声にちんこが反応して「貴君、どうしたのだ。酒とはもっと楽しんで飲むものだ」などと言ってくれるはずなのに。


 ――ここで今一度断っておく必要がある。

 私は阿呆である。それは認めよう。阿呆であるから以下のことに気が付かなかったことは仕方がない。だが阿呆でなかったとして、以下のことに気付くことはないだろう。以下のことに気付くことのできた人物は大変な変態である。私は今ここで、自分で気づいてしまったが、それはちんこと一緒にずっと過ごしていた私の「あれ? そういえば」というかすかな違和感からくるものであり、変態的洞察力によるものではない。

 

 ――ちんこは酒を飲まない。

 ここで言うちんことは討性黒子男神キサノクロコマラオのことではなく、世間一般の男性の股間にぶら下がっているモノの総称である。これらのモノが自分の意思を持ち、自ら動き、飲み食いをするだろうか? するわけがない。そして討性黒子男神キサノクロコマラオは神通力を失い、ただのちんことなっているのだ。やっぱり酒を飲むわけがない。


 ならば。ならばどうするか。

 私は一息に神酒を呷った。

 酒が喉を通り、胃の中に収まった瞬間、今まで自分で感じたことのないほど力強いモノが体の奥底から湧き出てくる。それは熱を持ち、私の鼓動と共に体中を駆け巡っていく。これが神通力というものか。六畳間の押入れの前に設置している姿見の中の私はうっすらと光を放っている。人類の至宝ともいえる黒髪の乙女の美しさは限界突破し、まるで女神のようである。いや。実際女神だ。私はとうとう神通力を得て神となった。

 私の体の中を全能感が満たしていく。そこいらの人間に腕っぷしで負けるようなこともないし、頭の回転でだって負けやしない。街を歩けば札束で膨らんだ財布を拾い、勝負事では百戦百勝。試験で『優』評価も楽勝でとれる。

 そして――ちんこと再び合体し男に戻ることも。そればかりでなく、薔薇色のキャンパスライフと黒髪の乙女との嬉し恥ずかしの純粋及び不純異性交遊まで手に入れられる!!

 私はちんこに手を伸ばし、抱え上げた。今、今こそ。


 私は下戸だ。酒に強くはない。アルコールのせいで顔が火照って仕方がない。

 ――いや。そんなものではないことに本当はとうに気づいていた。

 誤解を恐れず、端的簡潔率直忌憚なく正直に堂々と言うならば。

 私はちんこにいつしか――惚れていたのだ。


 抱え上げたちんこに顔を寄せる。私は今や神だ。美しき女神だ。何をどうすればいいのかわかっている。

 体中を駆け巡っている熱を丹田に集めるイメージで。下腹がこれ以上ないほどに熱を帯びていく。

 そして我が愛棒に口づけを。

 唇を通し、神通力をじかに彼に流し込む。私の体からほんの少しだけ力が失われた感触を受け、ぞくりとした。


「ぷはっ」


 息継ぎのためにちんこから口を離してから、息を止めていた自分に気付く。酒の酔いと自分への気恥ずかしさで頭がくらくらとする。くらくらとする頭で「自分は何をやっているのか」と考え、「ちんこを救うためだ仕方がない」と反論し、「私はちんこに惚れたのだ、文句あるか」と開き直った。そして開き直った私は何度も何度もちんこに神通力を分け与える。最初のうちは慣れておらず、一度に神通力を分け与える時間も量も少なかったが、繰り返すうちに息継ぎのコツを覚え、大量の神通力の譲渡と長い時間のキスを行うことができるようになっていく。

 力を分け与えすぎたせいで立っていられなくなった。すとんと布団の上に腰が落ちる。ちんこを取り落とさないよう、若干焦った。

 ほっと溜息をついて胸に抱えたちんこを見やれば、ぴくりぴくりと動き始めている。冬の寒さで冷えた私の手に、ほのかなちんこの熱が伝わってくる。だがまだだ。彼はまだ復活しない。


「心配するな」


 私は彼に感謝の念を込めて撫でながら言った。


「まだ私の下腹には神通力の熱が渦巻いている。私の全てをやろう」


 ちんこは私を彼の全てをかけて救ってくれた。ならば私が私の全てをかけて、ちんこを救うのは当然である。私たちは最早文字通りの一心同体ではないので、これがちんこの望んでいることかどうかはわからない。

 だがこれが私なりの愛なのだ。「愛とは押し付けることと見つけたり」と葉隠はがくれが記していたかどうかは定かではないが、そういうものなのだ。何を言っているのだ、と呆れたように言う人もいるだろう。だがここで私の大脳小脳延髄神経筋肉骨格爪の先に髪の一本々々まで総動員して導き出した答えが意味を持つ。

 即ち、「私はちんこに惚れたのだ、文句あるか!!」。


 私は再び神通力を愛棒に分け与え始める。力を分け与えすぎて、座っていられなくなったので、布団に倒れこみ、それでもちんこに唇を通して神通力を譲渡する。ふと、露出していた肌に伝わる爽やかなシーツの感触に気付いた。酸っぱい匂いもしない。私のゲロにまみれていたはずのシーツは新しいものに代えられていた。

 誰が代えてくれたのか。言うまでもない。

 そのことに気付き、私はさらに激しくちんこに口づけをする。

 神通力を渡すのだ!! 私の愛を示すのだ!!


       ○


 目覚めると高校時代から愛用している机の上にちんこが座していた。こちらに裏筋を向けているため印象は異なるが、カリ首の少し下にチャームポイントとでもいうべき小さな黒子ほくろがあるそれは、およそ二十一年間苦楽を共にしてきた私のちんこであった。

 一方、私の部屋の北側に置かれている姿見には黒髪の美少女が写っている。

 それはまさに私が夢にまで見ていた理想の乙女であった。

 黒く濡れたような長い髪を腰まで垂らし、スラリとした肉体を惜しげもなく西向きの窓からぼんやりと入ってくる朝の光の中に晒している。

 ――ちんこが戻ってきた。私の下に。いや、私はちんこに仕える巫女なのだから、上になのか?

 そのとりとめもない休むに似たりの考えは待ち望んでいた一言によって中断された。


「おはよう。突然だが私は神となった」


 他でもない私のちんこの一言によってである。


「知っている」


 私はちんこに抱きついて口づけをした。

 ハッピーエンドと言うものはキスで締めくくられるのである。

もうちょっとだけ続くんじゃ。

エピローグ一話だけですが。

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